2009年06月30日

4周年パーティー

Ciao. spockです。

早いもので、LA FENICEをオープンしてから、もう4年になります。
明日から5年目に入るわけですが、よくやってこれたものだと思います。
これも、来て頂いたお客様のおかげだと、感謝しております。
これからも、よろしくお願いします。

まぁね、こんな儲けのない営業形態で始めたせいで、月末が近づくごとに、支払いは大丈夫か、ってハラハラしているんですが、それでも値上げをする事も無くやってきたのですから、まぁ、こんなものなんでしょう。
まぁね、もう少しお客さんが増えてくれるといいのですが・・・・

オレの考えとしては、本当の意味での Ristorante の料理を、リーズナブルな値段で食べてもらいたいと思ってやっているわけですが、にもかかわらず、敷居が高そうで行きにくい、なんて一部の人に言われるのが心外でしたねぇ・・・・

自分では、全く敷居の低い店だと思っているので、なんでそんなふうに思われるのか不思議で、気になっていたのですが、今はもう、そんな事を気にするのはやめました。
勝手に「敷居が高い」と思い込んでしまう人って、所詮ウチには相容れないと言うか、ウチのような他と違ったやり方の店では、楽しめないと思うんですよ。
だから、そんな人の事を考えるより、来て下さったお客さんに喜んでもらえる事を考える方が、ズーッと有意義ですね。
解る人に解ってもらえればいいんじゃないかと・・・・まぁね、そんな事を言っているからヒマなんですけど・・・・


そんなこんなで、今年も『4周年パーティー』を開催する事ができました。
去年は30人くらいのお客さんに声をかけたところ、殆どの方が来て下さったおかげで、椅子に座れない方も結構おられたので、今年は控えめに声をかけたのですが、人数的にはちょうど良かったみたいです。
去年は、東京での仕事を終わらせてから駆けつけて、声を聞かせてくれた水口 聡も、今年は本を執筆中のため、東京でカン詰めになっているそうで、不参加でした・・・・残念!!


花が届けられて、カウンターの上が賑やかになりました。

こういう時の花って、本当に嬉しいものですね。





定刻の6時に集まったのは10人ほど・・・・遅れるという連絡も何人かの人からあったので、とりあえず始める事にして乾杯!!
前菜を食べてもらいながら、しばらくは歓談してもらう事に。
ウチのお客さんには結構『濃い』人が多いせいか、初対面でも、趣味が合う人同士で話が盛り上がってますね。

6時半を過ぎ、お客さんが集まってきたところで、パスタを出し始め、後は、魚、鶏、肉と進めます。
今年のパーティーでお出しした料理は、次のとおりです。

前菜
 生ハムとメロン
 ミラノ風サラミ
 ソプレッサータ(辛口のサラミ)
 コッパ
 魚介のサラダ ニース風
 温野菜のバターソース
 かりかりトリッパとボイルドソーセージのアッラッビアータソース
パスタとリゾット
 ジャガイモのニョッキ ピエモンテ風バターソース
 ポルチーニ入りパルマ風リゾット
 オレッキエッテの辛口ミートソース
 ペンネリガーテの4種チーズソース
魚料理
 鯛のモンテカルロ風バターソース
 鯛と魚介と野菜の紙包み焼き
鶏料理
 ササミのグラティナータ
肉料理
 トリッパのローマ風トマト煮込み
 牛肉のグリル キノコソース

この他に、3種類の料理を用意していましたが、皆さん、もういっぱいという事で、デザートとエスプレッソに移りました。

飲み物
 ブラウマイスター
 コンチェルト ランブルスコ
 オスコ ビアンコ
 オスコ ロッソ
 ピエモンテ コルテーゼ 
 トーソ ブルット その他

毎年このパーティーでは、普段のコースには出ない料理を食べてもらう事にしているのですが、今回はトリッパを使ってみました。
煮込みはよく作られますが、バターでかりかりに焼いたトリッパも、香ばしくていいですよ。


去年は、劇団無尽舎の映画を上映したり、水口に歌ってもらったりしましたが、今年はそういうのは無しで、そのかわり、好きなものを飲みながら、目一杯歓談してもらいました。




いつの間にか、いつものメンバーがカウンターに集まり、話をしていたのですが、何故かオレの事をネタに大盛り上がりで・・・・

オレは、やましい事がなければ何も隠す事は無い、という考え方なので、自分の事を明け透けぶちまけてしまうタイプなんですよ。
まぁね、みんなオレの事をよく知ってくれている人ばかりですから、別に問題はないと思うのですが、この時のネタは、知らない人が聞いたら、ちょっとヤバかったかも・・・・

黒雷鳥さんがネタをふって煽ってくれたおかげ(?)なんですが・・・・まぁ、みんなが思いっきり笑ってくれたので、いいんですけどね。

ところで黒雷鳥さん、一緒にドイツへ行きません?(笑)


10時を過ぎると、翌日の仕事の事もありますから、帰られるお客さんが何人かおられましたが、半分以上のお客さんは残って、話が盛り上がっています。
今回、最後に盛り上がった話題は「異性間における体臭とフェロモンについての考察」といったところでしょうか。
う〜ん、『濃い』メンバーだけに話の内容も『濃い』なぁ・・・・
仕事の都合で今回は参加できなかった人まで電話で呼んで、一緒に実験が始まって・・・・

オレは朝から汗だくでパーティーの準備をしていたわけですから、自分の体臭を嗅がれるのはどうかと思ったのですが、シェフのにおいが一番好き、と言ってくれた女性もいましたから、良しとしておきましょう。


最後まで賑やかに話が続いたパーティーも、12時半を過ぎたところでお開きになりました。
来年は5周年だから盛大にやりましょう、と言って下さる方もありましたが、そうできるように頑張ろうと思います。
これからも、LA FENICE をよろしくお願いします。


最後にお知らせです。
近々ケータイ用ウェブサイトを稼働させる予定なので、もしよければ、このブログのサイドバーの上の方に載せてあるQRコードからアクセスして、モバイル会員の登録をして下さい。
登録して下さった方には、特製焼菓子をプレゼントしますよ。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 23:40Comments(6)TrackBack(0)

2009年05月27日

個人輸入の話

Ciao. spockです。

いや〜、5月ももう、残すところ4日かぁ・・・・やっとこの間、ゴールデンウィークだって言っていたような気がするんですけどね。
ウチは毎年ゴールデンウィークはヒマなんですが、今年のゴールデンウィークは予約が結構はいったので、本当にありがたい事だと思います。
関東方面からの予約が多かったのは、全く予想外の事でした。
さらに、このブログを見て決めた、と言って下さる方が多かったのは意外でしたね。

3日に家族で来て下さったAさんは、ひだっちブログ経由のメールで予約をして群馬県から来て下さったのですが、帰られる時に4枚のCD-Rを下さったのですよ。
Aさんは前橋交響楽団のオーボエ奏者で、オレがこのブログに高山室内合奏団の演奏会の事を書いているのを見て、前橋交響楽団の演奏会を録音したものを持ってきて下さったとの事です。

曲目を見ると、シューベルトの『ザ・グレイト』や、チャイコフスキーの『悲愴』といった、オーケストラの技術も規模も要求される曲が収録されています。
前橋交響楽団のウェブサイトにある画像を見てみると、コントラバスが5本並んでいますから、アマチュアのオーケストラとはいっても、かなり大きな編成のオーケストラのようです。

で、そのCD-R、なかなか落ち着いて聴く時間がなくて、いつ聴こうかと思っていたのですが・・・・
先日、高山室内合奏団のコンサート・ミストレスの町川さんが来られた時に、その話をしたら、ぜひ聴かせてほしいと言われたので、お貸ししました。
町川さんの後にオレが聴いて、さらに他の楽団員の人にも聴いてもらい、その感想をAさんに届けようと思っています。
それをきっかけに、オーケストラの交流ができたらいいんじゃないかと・・・・って楽団員でもないオレが言うのもヘンですけどね。

実を言うと、町川さんから、一緒にやりませんか、というお誘いを受けて、この前ヴァイオリンの練習を見せてもらったのですが・・・・やりたいですねぇ。
後は、いかに時間を作るか、という問題を乗り越えるだけなんですが・・・・

 

さて、本題に入りましょう。

ウチの『化け猫』こと、ジャガー XJ-S Convertible は、製造番号から調べたところ、1989年の4月に製造されたものなので、この4月で丸20年経ったわけです。
さすがに20年も経つと、ガレージの床に点々とオイルの跡が残るようになったし、内装がゆるんだのか、走っているとあちこちからサワサワと音が聞こえたり、大きいショックを受けると、どこかでガコッて音がしたり・・・・
まぁね、労りながら手を入れていこうと思うんですよ。

で、そのためには部品を調達しなければならないのですが、下手にやろうとすると、それが結構バカにならない金額になるんですよね。
でも、イギリスのクルマの場合、古いクルマの部品でも、あたりまえに流通していますから、うまく探せば絶対に安く手に入るはずなんです。
そういう場合、個人輸入するのが一番手っ取り早く、安くつきますね。
自動車部品は関税がFREEだし・・・・


個人輸入・・・・すごくワクワクするものがあります。
オレが初めて個人輸入をしたのは、もう24年も前の事でした。

アメリカのフットボール雑誌の広告を見て、当時ファンだった L.A.Rams のジャージやヘルメットを取り寄せたのですよ。
辞書を見ながら苦手な英語で見積もり請求のエアメールをタイプライターで打ち、銀行で手数料2500円を払って送金小切手を作ってもらい、送金後ひと月以上も待って、やっとで届いた時には本当にうれしかったものです。

でも今はインターネットがありますから、クリックひとつで簡単に注文できるし、メールと翻訳ソフトを使えば連絡も楽なものですから、要領さえ分かれば、国内の通販とそれほど変わる事無く商品が手に入るので、本当に便利です。
まぁね、簡単にできるようになった分、やっとで届いたぞ、という感激が薄れている事は間違いないでしょうけどね。


で、いつも見ているジャガーメンテナンスコーナーJDOCのリンクに、海外のサイトがいくつか紹介されていたので、調べてみると、MOTORCARS LTDが一番いいみたい。
車種と年式を入力するだけで検索が簡単にできる上、値段も安いのですよ。

Jaguar XJ-S 1989 と順番に入力して検索し、一通り見て必要なものをピックアップしてみたのですが、ついでに要りそうなものも含めて、これだけありました。
 ○エアコン レシーヴァー/ドライヤー
 ○レシーヴァー/ドライヤー用パッド
 ○Oリング 3種2個ずつ
 ○ラジエーターキャップ 2個
 ○エグゾーストパイプ用ハンガーグロメット 4個
 ○オイルフィルター
 ○フューエルフィルター
 ○ウイール用ナット 2個
 ○サンヴァイザークリップ 2個
 
これだけ注文しても、ほぼ100ドル・・・・日本で買うと、だいたい3〜4倍くらいの値段になるみたいですね。
ただ、問題なのは送料です。
金属製品が結構あるので、それなりの重量になりますからね。
送料計算のページで、配送先をJAPANにして計算したところ、なんと133ドル・・・・送料の方が高い。

これじゃ意味ないじゃん、てなわけで考えていたところ、思い出したのがJISAの事。
個人輸入の代行サービスの会社なんですが、転送サービスもやってくれるのですよ。
ウェブサイトで手数料込みの送料を調べてみると、ほぼ半分です。
早速、入会手続きをして会員になりました。

MOTORCARS LTDにオーダーを入れ、配送先をカリフォルニアのJISAのオフィスにしたところ、注文代金が100ドルを超えているので、アメリカ国内の配送料は無料になり、実質送料はJISAに支払う分だけになりました。
送料を加えても、日本で買う半額以下です。
すっごく得した気分ですね。

このMOTORCARS LTD、メチャメチャ発送が早い・・・・夜中の12時過ぎに注文を入れたのだけれど、朝7時半にパソコンを見た時には Your Order Was Shipped! というメールが届いてましたからね。
注文から発送まで、約6時間・・・・今までの経験上、最速の発送です。
これからも、こことは長くつき合いたいと思いますね。

自分でできる部品の交換や取付けはすぐにやるつもりですが、そういう事をする事で、さらに愛着がわきそうですね。
エアコン関係の修理は、いつも見てもらっているKさんにお願いするのですが、これで今年の夏は、雨の日でもガラスの曇りを気にする事なく走れそうです。


JISAの転送サービスについて詳しく調べてみたら、手数料は1件につき一律20ドル(商品数が10個を超えるごとに5ドル加算)ですが、混載発送を利用すると、2件目からは5ドルですむのです。
それならついでにもう1件オーダーしようと、EASTBAYのウェブサイトを見てみました。

EASTBAYに初めて注文したのは、94年の5月でしたから、丸15年も前の事です。
池袋のミプロでカタログを見つけ、すぐにファックスでカタログを請求してからの付き合いですが、多い時だと年に4回くらい注文していました。
日本でナイキのエアーマックスが大ブームになった頃から、カタログの中に日本語の説明書きが入ってくるようになり、ちょっと淋しい気がしたものです。

EASTBAYと取引を始めてからは、靴(スニーカー)をすべてここから買っています。
製造中止になったモデルが、かなり安い値段で出ているので、それを狙うのですが、オレの足にはナイキのサイズ9.5のものが一番ピッタリ合う事が分かっているので、それで検索をかけてやればいいわけです。

今回もそうやって調べていたら、ふと目についたのが、3足で99.99ドル、というセール。
9.5で検索してみると・・・・結構ありますね。
真先に見つけたのが、NIKE AIR MAX LT・・・・これ、元の値段が89.99ドル。
それから、SAUCONY JAZZ 3000 に NEWBALANCE MR 740・・・・両方とも元の値段は79.99ドル・・・・全部半額以下。
これでしばらくは靴の心配をしなくていいな。

他に何かないかと探していたら・・・・ありました、UNDER ARMOUR・・・・
アメフト用のアンダーとして開発されたUNDER ARMOURですが、日本ではプロ野球の選手が使い始めた事から人気が出始め、この前山都スポーツさんのブログにも書かれていましたが、今ではスポーツ用アンダーの定番になっていますね。
でもね、UNDER ARMOURのCMに野球選手が出ているのを見ると、野球の国日本では当然の事だと解ってはいても、それはもともとアメフト用に開発されたものだろう、ってツッコミを入れたくなるのは、アメフト側の人間のヒガミというものでしょうかね。

コンプレッションシャツにフットボールパンツを合わせるのが、オレの一番気に入った着方なんですが(モロに体型が出てしまうので、上にパーカを着てごまかしてますけど)、いわゆる『ジャージ』が絶望的に似合わないオレにとって、ジムに行く時だけではなく、普段着としても実に快適な組み合わせなんです。
まぁね、40代も終盤になってする格好じゃない事は、よ〜く分かっているんですけどね・・・・

現在日本で売られているUNDER ARMOURのコンプレッションシャツは、なぜか丈が長めのものばかりなので、超タイトなフットボールパンツの中に入れると、尻のまわりに裾のラインが出てしまうのですが、ここで見つけたのは短めなので、ちょうど具合が良さそうです。
ヒートギア・メタルのTシャツ、49.99ドルが29.99ドルで出ていたので、ロイヤルブルーとホワイトの2枚ゲット。
それから、ヒートギア・ブリッツのロングスリーヴシャツ、44.99ドルが、なんと19.99ドル・・・・当然これもゲット。

ウェブサイトのホームページにあるコードナンバーを注文の時に記入すると、15ドルのディスカウントがあるので、アメリカ国内の送料分がタダになりました。
こちらもJISAのオフィスへ送ってもらい、JISAに届いて検品が終わった後に混載の手続きをすれば、あとはカードから引き落とされて終わりです。


最終的にJISAから請求された金額は83ドルでした。
内訳は、基本手数料20ドルに、MOTORCARS LTDに注文した品数が10個を超えているので5ドル加算され、EASTBAYの分が5ドルで、計30ドル。
全商品の総重量が15ポンドだったので、国際宅急便の送料が53ドルで、すべて合わせて83ドルでした。
たいていの場合、ショップからの直送だとEMS(郵便局)で送られてきますが、国際宅急便だと送料がほぼ半分で済みます。
こんな事だったら、もっと前からJISAを使うべきだったと思いましたね。

米国ヤマト運輸のウェブサイトに貨物追跡のページがあり、自分の荷物がどうなっているのか見る事ができるのもいいですね。

今回のオレの荷物は、5月20日荷受、21日出荷、22日成田到着、となっていて、結局予定より1日早く、24日の朝に届きました

荷物を受け取る時に関税を払わなければならないのですが、これは係官の判断しだいなので、品数が多くても関税無しの時もあれば、少量なのに、えっそんなに、と思う時もあります。

ちなみに今回は1600円・・・・今までの経験から言えば、かなり安いと思います。

関税の内訳は、ジャガーの部品はFREE、靴とシャツは10.9%

課税対象となった靴とシャツは、価格が約1/4で見積もられているので、かなり安く計算されています。

それに消費税が加算されて、全部で1600円でした。


いや〜、今回は本当にいい買い物ができました。
でもね、ひとつだけ・・・・MOTORCARS LTDに注文した物のうち、一番必要としているエグゾーストパイプ用のハンガーグロメットが、在庫切れのため送られて来なかったのですよ。
むこうの都合なので、送料はタダのままでしたけどね。

これだけは日本で買わないと仕方がないのだけれど、1個3.55ドルの部品が、日本で買うと、2個セットで2200円・・・・アチャー・・・・やっぱり、ちょうど3倍の値段ですね。
まぁ、こんな事もあります。


そういえば、過去に何回かトラブルにあった事もありましたが、そういう時は、英語の勉強をさせてもらっていると思って、そのトラブルを楽しんでしまう事にしています。
何回かメールのやり取りをすれば、たいていは解決できるし、そういうトラブルを解決して手に入れた物には、強い愛着を持つようになったりするのが面白いところです。
まぁ、そんな事も個人輸入の楽しみだと思っているんですけどね。

当然、国内の通販に比べれば、手間もヒマもかかるし、最低限の語学力(といっても中学生レヴェルで十分ですが)も必要ですから、面倒な事がイヤ、という人には向かないでしょうね。
でも、単なる通販に飽き足りない人には、絶対のお勧めです。
手間ひまをかける以上のメリットが、充分にあると思いますよ。

オレの場合は特殊な例かもしれませんが、海外から取り寄せた方が都合がいいことが多いんですよ。
例えば、サイズの問題。
オレの身長、胸囲、ウエストは、175、93、74なんですが、日本の標準サイズ(JASPO規格)だと、身長はL、胸囲はM、ウエストはSが適正サイズになるんですよ。
でもUSサイズだと、メーカーによって微妙に違いますが、SMかMDのどちらかでピッタリすべてが適正になるんです。
これは本当にありがたいですね。

それから、人と同じ事をするのが嫌いなオレにとって、誰も持っていない物を手に入れられる、という事は最大の魅力です。
高いカネを出して結構な数が出回っている『ブランド品』を手に入れるより、値段は安くたって誰も持っていない物を見つけて手に入れる事の方が、はるかに気が利いているとオレは思っているんです。
それには、日本未入荷のものを見つけて、直接取り寄せるのが一番いいんですよ。

そして何よりも、欲しい物が安く手に入る事。
今回取り寄せたジャガーの部品は、税と送料を込みにしても、日本で買う値段のほぼ半額でした。
3足で99.99ドルだった靴は、税と送料込みで1足が約4200円、UNDER ARMOURのメタルTが約3900円でしたから、日本で買う値段を考えると、かなり安いですね。
以前からこのブログに、高山にアメフト・ティームを作りたいという話を書いていますが、もし実現した時には、プロテクターは自分で輸入しよう、って思っているんですよ。
日本にはまだ正式に輸入されていない最新のヘルメットショルダーパッドでも、案外安く手に入れる事ができそうですからね。


最小限の費用で最大限の楽しみを見つける、というのがオレのモットーなんですが(はやい話がカネが無いという事なんですけどね)、そういう意味で、個人輸入はスゴく楽しめますね。
まぁね、たいしたモノは買えませんが、毎回、宝の山へ分け入るような気分になります。
手軽にできる宝探し、といったところですかね。

今回の『宝探し』は大成功でしたが、さて次回はどうなる事でしょう・・・・
まぁ、今から楽しみにしているんですけどね。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 17:35Comments(2)TrackBack(0)

2009年04月27日

桜、祭・・・いろいろあって 4月編

Ciao. spockです。

100年に一度の大不況、なんて言われても、あまり実感していなかったんですが(もともとヒマな店なんで)、ここへ来て、何となくそれを感じるようになりましたねぇ。
毎年3〜4月は、歓送迎会の予約が多く入るのですが、今年は全く少ない・・・・

本当にどうなっているんだろう、と考え込んでいたのですが、ありがたい事に、ランチのお客さんが倍増した事と、予約無しでカウンターに立ち寄って下さるお客さんが多い事で、なんとかやりくりしてますけどね。

カウンターに来られるお客さんには、初めての方も結構いらっしゃるのですが、精算の時に「えーっ、そんなに安いの」って言われる事がよくあります。
オレは、自分がそんな値段で食べれたら嬉しい、と思う金額を基準に値段設定しているわけですが、ウチの値段で安いと言われるんだったら、他所の店って絶対ボッタクッていると、オレは思いますよ。(笑)

さて、いろいろあって 4月編・・・・そんな4月の出来事を書いてみます。



暖かい日が続いたおかげで、桜も満開・・・・
12日の日曜日に、天下一の桜と言われる、高遠城址公園の桜を見に行ってきました。
ウチのお客さんのKさんから、美濃方面へ花見に行こうと誘われたのですが、どうせクルマで出かけるのなら、長野方面もアリだなと思ったとき、真先に思いついたのが高遠でした。
高遠へは、ちょうど5年前に行った事があったのですよ。

いつも一緒にダイヴィングに行っていたグループの10周年記念旅行だったのですが、JRに勤務する『鉄オタ』が企画したその旅行は、飯田線の鈍行列車に揺られ、天竜川下りの船に乗り、さらに飯田線に揺られ・・・・最終目的地が高遠だったわけです。
見渡す限り周りを桜に囲まれる、その不思議な空間で見る桜の美しさは、しまいにはある種の恐ろしささえ感じてしまうほどでしたね。
そんな話をKさんにすると、即座に行き先は高遠に決まりました。

インターネットで行き方を調べ、松本から伊那に向えばいいかと思っていたのですが、ワインを飲みに立ち寄った、水口 聡(テノール歌手)に話したら、権兵衛トンネルを通って行けば早い、って教えてくれたので、早速地図で調べてみると・・・・奈川渡ダムを渡ったところを右折して、峠道を超えた先に、権兵衛トンネルはありました。
地図を頭に入れてと・・・・

行くのは、Kさんとその友人とオレ・・・・「両手に花」状態ですね。
3人でジャガーに乗るのはキツいので、軽自動車で行く事になりましたが、それで正解でしたねぇ。
峠道に入ると、すれ違いが怖いほど細いクネクネ道になるので、ジャガーで来ていたら、間違いなく、その大きな車体を持て余したと思います。

でもそのかわり、3人が乗った非力な軽を、上りの峠道でそれなりのスピードを出して走らせるのは大変です。
右足はアクセルをベタ踏みのままエンジンの回転を落とさないようにして、左足でブレーキングしながらコーナーを抜けて行く・・・・まぁ、たいしたスピードは出ないので、結構楽しめましたけどね。

予想はしてましたけど、途中で見事に道を間違えたし、あと3kmのところで渋滞にハマり、そこから1km進むのに40分かかったし、駐車場も一杯で、誘導されながら延々と山の上の高校のグラウンドまで行ったし・・・・でも楽しかった。

駐車場から10分ほど歩くと、見えてくるのがこんな橋。
橋の上をギッチリと埋める、人また人・・・・思わず、ヒマ人ばっかりやなぁ、って口から出てしまいました。

橋の手前に「重量規制14t」って立て札があったけど、計算してみると、ひとり体重65kgとして、216人以上が橋の上にいたら14tを超えるって事ですよね。

どうみても、それをはるかに超える人がいると思うけど・・・・大丈夫なんですかね。

まぁね、そんな事を計算しながら橋を渡っているオレが、一番のヒマ人、という事なんでしょうけど・・・・


5年ぶりに見る高遠の桜は、やっぱり素晴らしい!!

とにかく、どこを見ても、桜・桜・桜・・・・

インターネットで調べた時は、咲き始め、になっていたけど、ちょうど満開ですね。

風が吹くと、ちらほらと花びらが散り、池に浮かんだ花びらも、風流に感じます。

何カ所かある橋の上は人でいっぱいで、ズーッと渋滞しています。

さらに、その人達が写真を撮ろうとカメラを構えるので、さらに進むスピードが落ちて・・・・

もっとも、オレもケータイのカメラを構えてましたけどね。






桜の花を堪能した後は、露店でいろいろ買い込み、ちょうど空いたベンチに座って昼飯。
タコ焼き、焼き鳥、お好み焼き、ベイクドポテト・・・・いかにも、な取り合わせですねぇ。
その後また、桜の下をそぞろ歩き、充分に堪能したところで、渋滞を避けながら帰途につきました。

その帰り道、ふと気がつきました。
信州へ来たというのに、そばを食べるのを忘れた・・・・



あまりにも上天気が続いていたので、祭は大丈夫かと思っていたら、やっぱり降りましたね。
今年も夜祭りを観に行こうと、楽しみにしていたのに・・・・
2日目は晴れたから良かった・・・・とは言うものの、やっぱり残念ですね。

15日のランチの営業が終わってから出掛けたのですが、遠くに響く太鼓の音を聞きながら陣屋広場に向う時って、本当にワクワクしますね。
オレが行った頃には、からくりの奉納も終わっていたので、中橋を渡って、曵き揃えられた屋台を観に行きます。

二之町の一番上に恵比須台、その下の方、それぞれの屋台蔵の近くに、五台山と鳳凰台が見えます。
神明町には青龍台と大国台、一之町には琴高台、崑鋼台、麒麟台が並んでいました。
ちょうど麒麟台が雷鳥屋の前に見えたので、まず雷鳥屋に顔を出し、それから麒麟台をゆっくりと観ます。

前回のブログに書いたように、オレは麒麟台の彫刻の中でも、村山群鳳さんの作品に惹かれます。

見送り枠横の飛竜

御簾柱の昇降龍

見送り上の鳳凰

どれも本当に素晴らしい彫刻だと思いますね。

彫刻の素晴らしさでは、他の屋台にも、傑作はたくさんあります。
オレはいつも、琴高台中段欄間の鯉の彫刻のリアルさに感心します。


それから、五台山の飛獅子。

二代目立川和四郎作のこの彫刻が、高山の屋台に競って彫刻を取付ける事のきっかけになった、という説を読んだ事がありますが、納得してしまいますね。

あと、五台山は見送りの素晴らしさが有名ですが、オレはその見送り本体よりも、見送り枠の金具に惹かれたりするんですが・・・・

やっぱり、ひねくれているんですかね。

そして、恵比須台の子連れ龍。


恵比須台の彫刻と言えば、手長足長が有名ですが、オレはこれが好きです。
笑い獅子。


それぞれの屋台をしっかりと観て歩いて行くうちに、屋台が動き始めました。
屋台蔵へ帰る時間なんですね。
交差点で、戻し車を使って向きを変えるところは、いつ見てもスゴいと思いますね。

中橋から一之町の交差点までの道が、屋台で渋滞している、と言ったら大袈裟でしょうかね。
中橋のたもとに停まった青龍台の横を、神楽台、三番叟、石橋台がすり抜けて行きます。













神楽台は、さらに大国台とすれ違いながら、一之町へ向い、














三番叟は、二之町の角で向きを変え、そこに停まっている恵比須台の横をすり抜けて行きます。

そこで写真を撮っていたら、三番叟組の平瀬さんの奥さんが、「えび坂の下で、からくりをやりますよ。」と声をかけてくれたので、そっちへ向う事にしました。





ふと、振り向いて見ると、今度は石橋台が恵比須台とすれ違うところで・・・・まぁ、ぶつかる事はないんでしょうけど、なんか観ていてドキドキしますね。



















えび坂下の交差点に三番叟が停まり、からくりの準備をしていました。
位置的に逆光になるので、ちょっと眩しかったけれど、こんなに近くで見る事って、考えてみれば初めてかも・・・・陣屋前広場で見る時は、もっと離れたところからしか見れませんからね。
屋台の上段で人形方の人達が準備をしている横に、女の子が何人か控えていたのですが、その中のひとりが鼓を持っているのを見て、何かうれしい気がしましたね。

伴奏が始まり、あーーーあぁっ、と謡われた後、小太鼓と鼓が打ち鳴らされるのですが、その部分で、屋台の上段にいる女の子達が、伴奏に合わせて、太鼓と鼓を鳴らしているのですよ。
この伴奏を、すべて生演奏にする事は難しいのでしょうが、できるところだけでも子供達が関わっていく事って、すごくいい事だと思いますね。
(それだけに、夜祭りが中止になった事が、なおさら残念に思えます・・・・子供達の歌う、高い山から、が聞きたかった。)

人形が動き、踊り、そして扇と鈴を手に取り、さらに踊ります。

何年か前に観た時、扇が手からすっぽ抜けて落ちた事がありましたが、そういう事を知っているだけに、余計にドキドキしながら観てしまいます。

でも、ある意味でぎこちなく見える動きが、人が糸を使って操っているのだ、という事実を改めて感じさせてくれますね。

まつりの森で公開されている屋台のからくりは、いかにも機械で制御されているらしく、サクサク動くのですが、逆に面白みが全く感じられないですからね。(せめて伴奏くらいは電子音を使わずにやってほしかった)

そしてクライマックス。
人形が顔を箱につけ・・・・無事、翁の面を着けました。
陣屋前広場で観る時には分からない、人形が振り鳴らす鈴の音がハッキリと聞こえます。
やっぱり、近くで観るのはいいですね。

今観たばかりのからくりの感動を噛みしめながら、オレは家に向いました。


その翌日、前回のブログにも書いた、恵比須台の大梃子のMさんがウチにみえたので、昨日はご苦労様でした、と言うと、またまた嬉しそうに屋台の話を始めました。
本当に楽しそうに話すMさんを見ると、羨ましく思えますね。

で、上にも書いた、恵比須台の笑い獅子の事を話したら、Mさんは、こんな事を言いました。
「あの獅子がひそかなブームになっているみたいで、ここ何年か、どこにあるんですかって、よく訊かれますよ。」
そんなもの自分で探せよ、と思うと同時に、へぇ〜意外だな、と思っていたら、Mさんはもっと意外な事を言いました。
「私も、自分とこの屋台にそんな獅子がある事を、4年前まで知らなかったんです。」
う〜ん・・・・そんなものなんでしょうかね・・・・

ついでに、前から気になっていた事を訊いてみました。
「恵比須台の後ろ側の鳳凰は、尾羽が曲がって、前側のより低くなってますよね。」
それに対するMさんの答えはこうでした。
「蔵に入れる時、いつも後ろの羽がひっかかるので、下から引っぱって曲げながら入れるために、曲げ癖がついたんですよ。以前修理に出した時も、そのままの形で直してもらいました。」
なるほど・・・・高山の屋台の中で一番の高さを誇る、恵比須台ならではの理由、という事なんでしょうね。

14日は雨のせいで屋台を動かさなかったけれど、15日の午前中に雨が降ったり止んだりしたため、3回も屋台を曵き出したり蔵に戻ったりしたので、結局は夜祭りと同じくらい動きまわったのだとか・・・・しまいには、身体が動かなくなって大変だったのだそうです。

Mさんに「来年、私の身体が動かないようだったら、手伝いにきて下さい」って、ウソとも本気とも分からない事を言われたので、「祭の時はヒマだから、行きますよ」って言いましたが、もし本当に来てくれって言われたら、絶対に行きます。
お待ちしてますよ!!



今年は、あまりにも暖かかったせいか、桜の花が散るのも早かったですね。
東京あたりでは、満開になった後に寒くなったので、かなり長く花を楽しめたそうですが・・・・

千葉 茂から花見の誘いがあり、旧劇団無尽舎のメンバーを中心に集まろうという事だったのですが、無尽舎の行事は、なぜか雨に祟られる事が多いので、心配していたら、やっぱり21日は雨でした。
場所を緑地公園から塩屋の某メンバーの家のガレージに変更したため、出席者の少ない雨の中の花見の会になったのですが、怪我の功名とでも言うべきか、ちょうど見えるところにある桜の木が満開でした。

3時に集まり、炭火をおこして、3時半からBBQ開始。

オレはあまり飲める方ではないので、最初にランブルスコで乾杯したあとは、ノンアルコールの『キリンフリー』を飲んでました。

3時半から始めて、終わったのが10時でしたから、6時間半も飲んだり食べたり話したりしていたわけですね。

今回は雨だったので、ぜひ次回、晴れた空の下で花見をしたいと、ツツジの花が咲く頃に、リベンジ花見会をやることになったのですが、さて、どうなることやら・・・・


ところで、上に書いた『キリンフリー』、結構いけますね。
早速、店に置くために注文したのですが、品薄状態なのだとか。
よく見たら、「この製品は20歳以上の方の飲用を想定して開発しました」と書かれているのだけれど、法律上の問題はないにしても、確かに子供が飲んでいたらヘンだよなぁ・・・・



話は前後しますが、3月の31日、前回のブログにも書いたように、劇団無尽舎の最終公演(?)とでも言うべきヴィデオ映画『大めいかい』の上映会が、世界生活文化センターのミニシアターでありました。
この日は、クアアルプの最終営業日でもあり、同じ方向なので、クアアルプに寄ってから上映会の手伝いに行く事にしました。

クアアルプもこれで最後かぁ、と思いながら行ったのですが、実際に行ってみると、全く普段と変わりなく、今日で終わり、という感じは全くしません。

春休みという事もあってか、結構お客さんは多く、プールでも、自分のペースで泳ぎ続けるのが難しいくらいでした。





で、ジャクジーで暖まっていた時、ふと、この風景を記録しておきたいと思いつき、何枚か写真を撮りました。
ジャクジーから見える風景。













サウナの窓から見える風景。

窓が少し汚れてますね。

肉眼では、もっと山々が見えたのですが・・・・









高山市街。

もう、ここから見る事はないんですよね。











多くの人達がいるバーデゾーンやプールを撮るのはやめましたが、更衣室へ戻った時、ふと鏡を見て、最後の日に自分が来た記録を残しておこうと、こんな写真も撮っておきました。(やっぱりオレってアタマでかいよなぁ・・・・広角レンズのせいもあるんだけど)

カウンターへロッカーのキーを返す時、絵はがきを渡され、カウンターの外に立った年配の男性が、ありがとうございましたと言って深々と頭をさげられましたが、それ以外には、これで終わりと言う感じが全くなかった事が、オレには好ましく感じられました。

でも、思い立った時に泳ぐ事ができなくなるのは本当に残念です。


さて、その後、世界生活文化センターへ行き、ミニシアターで上映会の準備を始めたのですが、無尽舎のメンバーもいつもと変わるところはなく、今日で最後、なんて感じは全く無し・・・・でも、無尽舎のこの看板も、もう見る事はないんですよね。

まぁね、無尽舎の名前がなくなっても、また演劇をする時には顔を合わせるわけですから、そんなに意識する事ではないのかもしれません。

案外、一番意識していたのはオレなのかも・・・・結構感傷的な人間ですから・・・・

オレは、千葉の最高傑作だと確信している『天国への階段』(1992年11月高山市民劇場で公演)を、無尽舎で再演してほしいと常々言っていたのだけれど、それも叶わぬ夢となってしまいました。

この日は、劇団関係者を中心に(って、劇団関係者しかいないんだけれど)20名弱の方々が集まってくれました。(遠いところをお出で頂き、ありがとうございました。)

考えてみればこの映画、予告編まで作っていたのに、一般に公開するのは初めてなんですよね。

明らかに練習不足だと分かる部分があちこちにあったり、機械的制約のせいで不自然に見えるところがあったり、まったくの素人(オレの事です)が出ていたり、まぁ、いろいろ指摘されるであろうところはあるのですが、話としてはスゴくよくできていると思います。


この続編(ノボルと須藤早苗が結婚するというトンデモない話ですが)を作る計画もあったのですが、それができないまま終わってしまいました。

上映会終了後は、ウチの店でパーティーです。
まぁ、つもる話もいろいろあり、終わったのは1時過ぎ・・・・
後片付けをしながら、ひとつの時代が終わったなぁ、って、またまた感傷に浸ったりして・・・・

でもね、終わりがあるから、新しい始まりがあるんですよね。
無尽舎のメンバーは、またどこかで新しい演劇を見せてくれるでしょう。
オレはそれを期待しているんですよ。



気がついてみれば、4月ももう終わり・・・・今年も1/3が終わるんですよね。
世の中はGWの事で浮かれているけれど、オレには関係ない事・・・・ひたすら仕事をするだけです。
今年のGWは予約が結構入っているのですが、地元よりも関東圏からの予約が多く、このブログを見て予約して下さる方が結構多い事に驚いています。
まぁね、こんなマニアックなブログでも、読んで下さる方があるという事を、本当に感謝しています。
ありがとうございます。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 08:32Comments(6)TrackBack(0)

2009年03月30日

群鳳>与鹿=麒麟台・・・?

Ciao. spockです。

完全に春になったと思っていたら、また寒くなり・・・・
まぁね、この時期は仕方が無いといえば仕方が無いんだけれど・・・・

2月の後半から、天気のいい日には、化け猫を引っ張りだしてトップ全開で走ってますけど、まだ少し寒いですね。
以前読んだ本によると、ヨーロッパで一番オープンカーが多いのはドイツなのだそうです。
長く厳しい冬が終わり、春の日差しを感じられるようになる頃、どこにこれだけ隠れていたのか不思議に思うくらいたくさんのトップを全開にしたクルマが、春の日差しを目一杯浴びるために、ドイツ中を走り回るのだそうです。

そういう気持ち、スゴく解るなぁ・・・・って、オレの場合、冬でもフルオープンで走ってますけどね。
冬が長く厳しい高山にも、もっとオープンカーが増えるといいと思うんですけどねぇ。


さて、本題に入る前に、お知らせです。
劇団無尽舎のブログにも書かれていますが、3月31日(火)、夜7:30から、世界生活文化センターのミニシアターで、劇団無尽舎が2006年に制作した、ヴィデオ映画『だいめいかい』が上映されます。(入場料は無料です)
そして、これが劇団無尽舎の最終公演(?)になります。
この上映会をもって、劇団無尽舎は、13年の歴史にピリオドをうちます。

映画の内容は、傾いた商店街を活性化するために青年部が講演会を企画し・・・・と、まぁ、どこにでもありそうな話だけれど、どこにもない結末に向かって行くのが、千葉作品の特徴であり、十分に楽しんでもらえる作品だと思います。
世界生活文化センターまでは遠いですが、ぜひご覧になって下さい。
また、上映会後、ラ フェニーチェでパーティーがあります。

ちなみに、約55分の映画ですが、その1/3は、ラ フェニーチェで撮影されました。
だからオレも出演しています。(一応、準劇団員だし・・・・)



先日、いつも灯油を入れに来てくれるMさん(去年の春祭の後に書いた『曳き別れを観に・・・・』の中にも書いたのですが、恵比須台の後の大梃子です)が来られた時、少し話をしたのですが、話が春祭の事になると、大変だ、大変だ、と言いながら、スゴく嬉しそうに話されるのを見て、Mさんも祭に関われる幸せを味わっておられるのだなぁ・・・・と、ある意味で羨ましく思いました。

『曳き別れを観に・・・・』では、古い町並みを通る夜祭りの恵比須台の美しさについて書いたのですが、最後に、次回は麒麟台の美しさについて書きます、と予告しながら、画像がうまく見つからなかったため、長くアップできずにいた文を、やっと今回公開できます。
今回は、高山祭の屋台の中でも屈指の美しさを誇る麒麟台について、オレの思っている事を書きます。

まぁ、麒麟台に何の関係もないオレがこういう事を書くと、ひょっとしたら麒麟台組の人に怒られるかもしれませんが・・・・でもね、こんな考え方があってもいいと思うのですよ。
では、始めましょうか。


麒麟台と言えば、誰もが谷口与鹿の名前を思い浮かべるでしょう。
実際、『麒麟台』でググってみると、必ずと言っていいほど谷口与鹿の名前が出てきますが、それはおそらく、麒麟台=唐子群遊彫刻=谷口与鹿、みたいな公式(?)が自然にできてしまっているからだと思います。

勿論それが間違っていると言うつもりはありませんが・・・・でも言わせてもらうなら、今の麒麟台においては、谷口与鹿<村山群鳳(初代)だと、オレは思うのです。


この画像を見てもらいましょう。
少し見にくいですが、長倉三朗さんの書かれた『高山祭屋台雑考』(1981年 慶友社刊)の中からスキャニングしたもので、大正10年の祭まで曳かれた、改修前の麒麟台です。

モノクロの古い画像からでは、いささか情報量が少ないのですが、これで見る旧麒麟台は『豪華絢爛』と評される現在の麒麟台に比べて、かなり地味な屋台だったようですね。

上記の長倉さんの本によると、唐子群遊彫刻は、ケヤキ材の銀杏文透かし彫の格子の隙間から見えるようになっていたそうで、その格子が曳き別れの時の喧嘩で割られてからは、金網が張られていたそうです。

弘化から大正まで約70年曳かれた旧麒麟台が、現在の豪華な麒麟台になったのは、大正10年からの改修によるもので、設計と彫刻が初代村山群鳳、工匠が広瀬石太郎、坂本吉右衛門、白川友吉、塗りが田近卯之助という人達により、昭和8年に完成しています。

この時の改修によって、屈指の美しさを誇る屋台になったわけですが、わけても賞賛されるべきなのは、村山群鳳さんだと思います。

この改修で増補した彫刻は、すべて村山群鳳さんの作品だそうですが、屋台彫刻の最高峰とも言える『唐子群遊』と同居しても負けないだけの作品にしなければならないのですから、その彫刻を彫る時の群鳳さんにかかるプレッシャーは、想像を絶するものだったろうと思います。


群鳳さんの手による麒麟台の彫刻を見る時、群鳳さんの『執念』を感じるのはオレだけでしょうか。
例えば、中段勾欄の飛龍の細いヒゲや、

長い尾羽の一枚一枚が彫り出されているのを見ると、

それがどんなに大変な仕事であったかは、容易に想像がつきます。
飛龍だけではなく、幣軸の昇降龍や、見送り上部の鳳凰も、与鹿の彫刻に負けない傑作だと、オレは思います。

そういえば、山本茂実さんの『高山祭』の中に、その当時の群鳳さんの事が書かれていました。
そういえば、麒麟台組の大沼富造(上一之町)から聞いた話が思い出される。
「初代群鳳さんが私どもの屋台の鳳凰を彫ったのは、確か大正10年ころだったと思います。今でもよく憶えているのは、毎月晦日になると鬱金(鮮黄色)のふろ敷包みを背負ってきて、これだけ彫れたからとまだ未完成の鳳凰を開いてみせました。それを能登屋の先代(上一之町・石川良吉・昭和5年没・62歳)が物差しで計り、今月は何寸彫ったからいくらだと計算して金を渡す。群鳳さんはまた彫りかけの作品をふろ敷に包んで家に持ち帰る。当時子供だった私は、その彫りをみるのが楽しみでしたが、あの彫りだけでも7、8ヶ月かかっていますね。今考えてみるとあのころの群鳳さんは、名工といわれながらも生活は苦しかったんでしょうね。」


やはり群鳳さんは、貧困の中、苦労して彫ったのですね。
でも、麒麟台を観る時、誰もがまず『唐子群遊』を観てしまい、麒麟台=谷口与鹿と思ってしまう事が、宿命とはいえ、群鳳さんの悲劇なのかもしれません。


でも、麒麟台の改修における群鳳さんの功績が、彫刻以上に評価されるべきなのは、設計の素晴らしさについてだと、オレは思います。

群鳳さんが新しい麒麟台を設計するにあたり、まず考えた事は、どのようにして唐子群遊彫刻を見せるか、という事だっただろうと想像するのですが、自身が彫刻家である群鳳さんは、この極めて精巧かつ繊細な唐子群遊彫刻を、網などで覆う事なく見せたいと考えたのではないか、と思うのですよ。

でも、この繊細な彫刻を剥き出しにするのは、非常に危険な事ですから、何らかの方法で保護する事が絶対に必要な条件です。
彫刻を保護しながら何の障害もなく見せる、という相反する条件を満たすために考えられたのが、彫刻を回廊の奥壁に取り付けるという、現在の麒麟台の方法なのだと思います。
その回廊と御所車を組み合わせた下段の構成は、高山の屋台中の白眉だと、オレは思いますね。


高山の屋台の大半は、車輪に『内板車』を使っており、御所車は少数派です。
おそらくその理由は、内板車の方が、下段の構成の自由度が大きい事だろうと思います。

ヴォリュームの大きい彫刻を取り付けている屋台、八幡の鳳凰台、石橋台、恵比須台などが、内板車を使っているのは、そういう理由からだと推測します。
(画像は、恵比須台の下段です)


御所車は美しく典雅ではありますが、構造上、どうしても下段の一部が弧状にけられてしまうため、取り付ける彫刻のヴォリューム(特に上下幅)に制約ができてしまいます。

実際に御所車を使っている屋台、例えば神楽台、五台山、豊明台は、いずれも弧状の枠の上に獅子が乗っている形状ですね。
(画像は、五台山の飛獅子です)



八幡の神楽台の場合は、三輪のため特に大きな御所車を使っているせいもあり、下段の彫刻が車輪の枠に隠れてしまって、見えなくなっている部分がありますね。








麒麟台の『唐子群遊』もヴォリュームの大きい彫刻ですが、この彫刻を納める下段の回廊の下に、最下段とでも言うべき青海波の彫刻を入れた間を作り、御所車を使う時にできる弧状のけられを、その最下段に納めてしまう事で、ヴォリュームの大きい彫刻と御所車を両立させる、非常に巧みな構成になっています。

ただ、この巧みな下段の構成も、旧麒麟台の構造をうまく流用したもの、と考える事ができます。


画像から見る旧麒麟台は、古い形式(下段の上部がそのまま中段の勾欄になる)の屋台である事が分かります。
現存する屋台の中で、古い形式を残しているのは布袋台だけですが、布袋台と旧麒麟台の画像を見てみると、共通した特徴があります。
それは、台輪と下段の間に、最下段とも言える部分がある事です。

布袋台のその部分には、朱塗りの雷文つなぎの浮き彫りが入っていますが、上記の長倉さんの本によると、旧麒麟台のその部分には、青海波の彫刻が入っていたそうです。
という事は、旧麒麟台の最下段を流用して、現在の麒麟台の最下段が作られたと推測できますね。
実に巧く考えられています。


麒麟台は、下段の下に最下段があるため、他の屋台に比べて、下段と中段の高さの比率が微妙に違っていて少し腰高に見えますが、下段の独特の構造を巧く使って、逆に安定感と引き締ったプロポーションを得る事に成功しています。

この画像を見てもらいましょう。
台輪の上に、少し幅の広い最下段が載り、その上に、さらに幅の広い下段回廊が載り、その上に、さらに幅の広い中段勾欄が載って、逆台形状の形態になっています。

その部分をよく見ると、台輪の上から中段の伊達柱まで一直線に通る柱によって作られた屋台本体の周りに、最下段、下段回廊、中段勾欄が付けられた形態である事が解ります。

こういう構造を持った屋台は、麒麟台と、おそらく同じ頃に群鳳さんが手掛けたと思われる、古川の青龍台の他にはありません。

小学4年の春、曳き別れを観ていて、麒麟台のこの構造に気がついた時、唐子群遊彫刻よりも遥かに惹かれるものを感じて、ゾクゾクしながらしばらく麒麟台を追いかけた事を、今も憶えています。

まぁ、その当時からマニアックな見方をする子供だったという事なんでしょうかね。


さて、話を戻して・・・・台輪から中段勾欄まで逆台形状に広がってきた上には、中段と上段が載るわけですが、麒麟台の場合、実際にそうなのか、あるいはそう見えるように設計されているのか分かりませんが、中段と上段が、他の屋台に比べてスリムに見えるのです。

そのため、台輪から中段勾欄まで広がって来たシルエットが、上段勾欄、屋根、千木と狭まっていくのがハッキリと分かり、非常に均整のとれた、引き締ったプロポーションに見えます。

この引き締ったプロポーションは、見た目がいいのはもちろんですが、もう一つ、重要な役割を果たしていると思います。


屋台の美しさに関しては、好みの問題もあると思いますが、例えば、五台山や石橋台のような、ある種の渋さを持った美しさを良しとする人からすれば、麒麟台は装飾過多という事になるでしょう。


実際、麒麟台には装飾が多いし、例えばこの羅網のように、色の組み合わせから言っても派手な屋台である事は間違いありません。

でも、それだけたくさんの装飾を付けていても、決してゴテゴテとした印象を与える事がないのは、この引き締ったプロポーションが、そう見せているからだと思います。 

実に良く考えられた設計だと思いますね。

唐子群遊彫刻を効果的にみせるため、誰も思いつかなかった構造を考案し、与鹿に負けない彫刻を彫り、屈指の美しさを誇る屋台を造り上げた・・・・群鳳さんの功績は計り知れないものがあると思います。
だから、オレが麒麟台について考える時、与鹿の事より、群鳳さんの事を多く考えてしまいますね。

まあね、オレがどんなに 群鳳>与鹿@麒麟台 だと言っても、麒麟台=与鹿 という公式が覆る事は無いでしょう。
でも、麒麟台を語る時、絶対に、初代村山群鳳の事を忘れてはいけないと思うのですよ。

もし、今度の春祭に、オレがここに書いた事を思い出してもらえたら、麒麟台をじっくりと観て、群鳳さんの執念を感じ取ってほしいと思います。
きっと、オレがここに書いた事が決して間違っていない事を、解ってもらえると思います。


ただ、もしも麒麟台に与鹿の唐子群遊彫刻がなかったとしたら、はたして群鳳さんは麒麟台をここまでに美しく仕上げる事が出来たのだろうか、と考える事があります。

上にも書いた古川の青龍台は、下段の構造や、屋根の千木の数が麒麟台と同じですから、おそらく、同じ頃に群鳳さんが手掛けた屋台だと推測できます。

もちろん、使えるお金や時間の違いもあったでしょうから、一概には言えませんが、麒麟台で感じられる壮絶なまでの執念は、残念な事に、青龍台では感じられない・・・・と思うのはオレだけでしょうか。

やはり、与鹿の作品があったからこそ全身全霊を打ち込んで麒麟台を仕上げた、と考えるべきなのだとオレは思います。

う〜ん、そう考えると、群鳳=与鹿@麒麟台 になるのかなぁ・・・・



ただ、完璧なまでの美を誇る麒麟台の中で、一カ所だけ、本当に惜しい、と思うところがあります。

それは、下段前面の中央部分で、中央に立つ柱と枡組のせいで、真ん中の唐子の顔が全く見えなくなっているのですよ。

ここだけは、何とかならなかったものかと思いますね。

もっとも、日光東照宮の陽明門には『魔除けの逆柱』(魔除けのために、わざと1本の柱だけ彫刻が逆さにしてある)があるくらいですから、そういう意味では、完璧でない方が正解なのかもしれません。

いや、でも・・・・もしも群鳳さんが、そこまで考えて、わざとそういう設計をしたのだったら・・・・

それこそ『完璧』と言うしかないですね。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 17:35Comments(1)TrackBack(0)

2009年03月21日

30周年!! & いろいろあって・・・3月編

Ciao. spockです。

このところの暖かさは、もうすぐそこまで春が来ている事を実感させてくれますね。
「暑さ寒さも彼岸まで」とは、うまく言ったものだと思います。

春分の日というと、3月21日というイメージがあるのですが、今年は20日ですね。
で、調べてみたら、20日の年と、21日の年が、2年ずつあるのだそうです。
意外でしたねぇ。

まぁ、普通の年なら、別に気にもしないのですが、今年の3月21日は、オレにとって特別な日なんです。
今年の年賀状にも書きましたが、オレがこの仕事を始めた・・・・神戸のベルゲンに就職した・・・・のが、79年の3月21日でしたから、丸30年の日なんですよ。(ちなみに、この日を昭和で表すと、昭和54年3月21日です)
いや〜、長かったのか、短かったのか、解りませんが、飽きもせず、本当によくやってきたものだと思います。



思った事や好き嫌いがスグに顔に出てしまう上、物事をヘンに科学的に考えてしまうオレが、上下関係のきびしい料理人の世界に入る事は、どう考えてもムチャな事だったのだと思います。
自分だけ毛色が違っている事を、いつも意識しながら生きてましたね。
だから、結構いじめられたし、いつ辞めようかって、ズーッと考えてました。

でもね、そんな変わり者のオレをかわいがってくれた先輩も結構いたのですよ。
そのおかげで、この仕事を続ける事ができたのだと思いますね。
まぁね、楽天的なうえ、常に物事をいい方に考える事ができる性格だから、こうして生きて来れたのかもしれませんが・・・・

いつも庇ってくれたOさんや、寮の同じ部屋でいろいろ教えてくれたOさん、東京を離れる時まで一緒に仕事をしたWさん、それに、オレを慕ってくれた後輩のF君や、オレのミスをいつもカヴァーしてくれたH君・・・・本当に感謝しています。
今でも時々、当時のメンバーが集まる事があるそうですが、一度オレも行ってみたいですね。

今でもハッキリと憶えているのは、オレがベルゲンで働いてちょうど1年経った時、1人の先輩が辞める事になったのですが、その先輩が最後の挨拶に来た時、急にオレのところへ近づいて来て、小さな声で、「お前だけは最後までこの店に残るはずだから、がんばれよ」って言ったのですよ。
で、結局、オレの同期で残ったのはオレだけでしたから、その先輩の言葉は当たっていたわけですが、後にその人に会った時、どうして分かったのか訊いてみたら、「えっ、オレそんな事言ったか?」って言われましたけど。

ところが、最近読んだある本・・・・吉田修一の『ランドマーク』ですが・・・・の中に、こんな文章がありました。
最近、隼人はこの寮に入ってくる若い奴らのなかで、誰が残り、誰がすぐに辞めてしまうか、だんだん分かるようになってきた。
たいがい最初から気合の入っている奴はすぐ辞める。そして、「こんたもん、使いもんになんのが」と親方に言われる奴に限ってしぶとく残る。

たぶんオレも、使い物にならないタイプだったんでしょうね。

ベルゲンのオーナーの安田さんには、最初から最後まで、「ドンくさいヤツや」って言われ続けました。
今でも、安田さんに叱られている夢をしょっちゅう見るくらいですから・・・・
でもなぜか、安田さんには、特別に目をかけてもらえたのですよ。
外面的には全く正反対の性格に見えましたが、内面的には結構近い性格だったからなのかもしれません。
そういう意味で、安田さんの料理に対する考え方を一番受け継いでいるのはオレなんじゃないかと、ふと思う事があります。

後で知った事なんですが、オレが店をオープンさせる一月程前に、ベルゲンは安田さんの体調悪化のために閉店していたのですよ。
偶然なんでしょうが、ちょうどオレが引き継いだような形になった事を、不思議に思ったものです。

考えてみると、最後に神戸へ行ってから、もう17年になりますから、今年はどこかで神戸へ行きたいと思っています。
そして、できる限り、当時世話になった人達に会って、お礼を言いたいと思うのです。
でも、また安田さんに言われるかもしれません。
「同じB型で水瓶座生まれなのに、なんでお前はドンくさいんや」って・・・・

さて、オレの仕事も、31年目に入ったわけですが、これからもお客さんに喜んでもらえる料理を作り続けていきたいと思っています。
これからも、LA FENICEをよろしくお願いします。 



さて、ここからは、『いろいろあって・・・』の3月編です。


先日、某サイトをみていたら、Amazonで、2GBのメモリプレイヤーが2100円で出ているとの情報があったので、早速注文しました。
夕方に注文したというのに、次の日の昼前には届くという、Amazonの早さには驚きましたねぇ。

早速、箱を開けて、取説を読んでいるうちに、何かイヤな予感・・・・その会社のウェブサイトからデータをダウンロードするように、という指定があったので、やってみたところ、全く意味不明の文字の羅列が・・・・
そのサイトをよーく読んでいたら、対応OSのところに、Windowsしか書いてない・・・・
Amazonで詳細を見た時、どこにもMac非対応なんて書いてなかったぞ!!

そういえば、去年買った新しい携帯電話も、ハードは最高にいい出来なのに、ソフトがMac非対応で、使いにくい事おびただしい。
Mac非対応なら、はじめからそう書いておいてくれ〜!!

せっかく買ったモノがMac非対応だと分かった時・・・・ほんっと、目の前がマックらになりますからね。
でも、そんな事が度々あってもMacを使い続けるのは『Mac使いの美学』なんでしょうかね。
まぁね、『美学』という言葉を分かりやすく言い換えれば『ヤセ我慢』なんですけどね・・・・

でもねぇ、やっぱりWindowsマシーンも1台必要かな、って思いますね。
毎日見ているNFL JAPAN.COMに、Yahoo動画でプロのプレイがアップされているというのに、Mac非対応なので見る事ができない・・・・
と言っても、先立つものがないし・・・・だれか、要らないWindowsマシーンがあったら譲って下さ〜い!!



先日のダイヤ改正で、東京と九州を結ぶ寝台特急ブルートレイン「富士・はやぶさ」がなくなったそうで、その少し前から、ニュースなんかでカメラを手にしたファン(?)が駅に集まっているところをやってましたが、「今頃になって残念がるんだったら、お前らがもっと乗ってやればよかったんだよ」と思って見ていたのはオレだけでしょうかね。
高山でも、クアアルプの廃止については、同じような経緯があったようですが、無くなってみないとわからない『ありがたみ』、ということなんでしょうかね。
まぁ、他人事のように書いてますけど、ウチの店だって、いつ無くなるか分からないわけで・・・・

さて、そのブルートレイン、オレは乗った事がないよなぁ・・・・って考えていたら、どこかで乗った事があるような気がして来て・・・・
そういえば、確かに一度だけ乗った事がありました。
しかもキップ無しで・・・・

あれは、83年の事だったと思うのですが、オレはいつも、高山から神戸に向かうのに、最終の急行で名古屋まで行き、新幹線に乗り換えていました。
18:30頃に高山を出発して、久々野か小坂まで来たとき、信号に落雷があったとかで、列車が止まってしまったのですよ。
いつ動き出すかわからないし、車掌さんに訊いても、「大丈夫です」ってしか言わないし・・・・
で結局、名古屋に着いたのは、最終の新幹線の出た後でした。

調べてもらったところ、それ以降に大阪方面に向かう列車は、ブルートレインしかないのですが、三ノ宮に停まるのはないのですよ。
そうしたら、担当の人が、ブルートレインを三ノ宮に停めます、って言うんですよ。
で、今回の件については了承します、という一筆を書いて、ブルートレインに乗り込んだのです。
空いたベッドに案内されて、三ノ宮が近づいたら声をかけます、と言われたので、安心して横になり、しばらく寝ました。

三ノ宮に着くと、当然降りるのはオレ1人だけ。
ホームの到着列車を表示する表示板も、中途半端な表示になっていた事を憶えています。
カメラを持っていたら撮っておきたかったのだけれど、残念な事に持っていなかった・・・・

改札のある1階へ降りる途中、改札の向こう側を見て驚きましたね。
改札から出口まで、駅員さんが20人以上、両側に並んでいるのですよ。
で、その間を、こんな時刻にわざわざすいませ〜ん、みたいな感じで挨拶しながら通って、駅を出ました。
まぁね、本当に貴重な体験をさせてもらったわけですよ。
でもね、オレは寝不足に弱いせいもあって、その日の仕事はメロメロでした。

いつか、ゆっくりとブルートレインに乗って旅をしてみたい、とは思いますが、せっかちな人間ですから、結局は、もっと早い移動方法を選ぶような気がしますね。



高山へ帰って来てから、もう4年半になろうとしているのですが、運動らしい運動をしていないせいか、体形が微妙に変わって来たような・・・・
体脂肪率が20%に近づけば、身体に丸みが出てくるのも当然か・・・・
東京にいた頃は、毎日往復28kmの自転車通勤のおかげで、本当に引き締まった身体をしていたんですけどねぇ。

で、何とかしなければ、と思っていたのですが、黒雷鳥さんのブログに、ビッグアリーナのトレーニングルームの事が書かれていた事を思い出し、黒雷鳥さんに訊いてみました。
どこのジムでもそうなんですが、まずは講習を受けなければならないとの事。
ビッグアリーナへ問い合わせてみると、3月は予約がいっぱいだというので、仕方なく4月19日の講習会に予約を入れましたが・・・・一月も先かよっ!!

必要なものは、トレーニングウェア・室内シューズ・タオル、それに受講料の200円だそうですが、こういう場合、この『トレーニングウェア』というのを何にするか、考えますねぇ。
まぁね、ジャージの上下なんていうのが定番なんでしょうけど、オレは持ってないし・・・・

でもね、あのジャージというの、持っていれば何かと都合がいいんでしょうけど、オレには生理的に合わないんですよね。
一番の理由は、オレには全く似合わない、という事なんですが、スポーツウェアでありながら、スポーツをするという緊張感を全く感じさせない、中途半端なユルさがイヤなんです。
まぁね、ジャージが似合って、その上緊張感を漲らせる事ができる人って、本当の意味での『アスリート』しかいないんじゃないかな、って思いますけどね。
当然オレには、そのどっちもムリということです。

じゃあ、何なら似合って、緊張感を出せるのか、と考えると・・・・あまり一般的ではないスタイルになりそうな・・・・
去年、西小の運動会に体育委員として手伝いに行く時、そんなスタイルで出かけようとしたら、おふくろに止められましたけど・・・・
でも、まぁ、いいか・・・・一人くらい、そんなヤツがいた方が面白いでしょう。

まぁ、講習会まで一月あるし、それまでは別にできる事をやる事にしましょう。
さて、今日はこの後、クアアルプへ泳ぎに行ってくるかな・・・・


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2009年02月26日

いろいろあって・・・・2月編

Ciao. spockです。

このところの連日の雨は何なんだったんでしょうね。
天気図を見ると、前線が停滞して、まるで梅雨みたいでした。
まぁ、どうでもいいけど、早く暖かくなってほしい、と夏大好き人間のオレは思ってしまいますね。

さて、今回は『いろいろあって・・・・』シリーズ第4弾、2月前半編です。
出来事や思っている事など、書き並べていきます。
では早速始めましょうか。


先日、以前から招待してもらっていたmixiに登録したのですが、今はまだ何から手をつけていいのか分からない状態で・・・・
ぼちぼちとやるつもりでいるのですが、最初に送られて来た『追加リクエスト』のメールを見て、あまり深く考えずに『承認』したら、折り返し送られて来たメールが、いかにも胡散臭い内容なんですよ。
どうも、怪しい系の業者のようなので、以後、無視してますが、最初にそういうのが来ると、その後のメールを全て疑ってしまいそうで・・・・

まぁね、このブログのコメントにも時々そういうのが入っていますが、インターネットの性質上、そういうのを無くするのは不可能だとは解っていても、もう少し何とかならないものかと思ってしまいますね。


新婚旅行にハワイまで『プロボウル』を観に行っていたtakechi君が、おみやげを持ってランチに来てくれました。
おみやげは、プロボウルのプログラムと、AFCのジャージ。

メチャメチャ嬉しいです。

プログラムには、ティケットの半券まで挟んであって・・・・本当にいいの、って思わず言ってしまったくらいですから。

一緒に分厚いアルバムも持って来て、旅行中の写真を見せてくれましたが・・・・なんか当てられっぱなし・・・・

関西風に言うなら、「あっついのぉ」と言うところですかね。
いやとにかく、おめでとう!!


さて、2月はありがたい事に出足絶好調で、連日の予約に、スーパーボウルもプロボウルも、録画したVTRを観るヒマさえ無い状態だったのですが、後半になったとたんに失速・・・・1月と同じパターンです。
まぁ、こういう時はジタバタせず、今出来る事をやろうと、先月来のお菓子作りに加えて、しばらく作っていなかった料理を作ってみました。

まずは、Zappa di verdura alla bergamasca. ベルガモ風野菜スープです。

タマネギ、人参、セロリ、キャベツ、白菜、カボチャ、インゲンをバターで炒め、トマト、ジャガイモ、ブロードを加えて煮込み、柔らかくなったジャガイモをつぶして濃度をつけます。

仕上げにバターとパルミジャーノ レッジャーノをたっぷりと入れるので、食べた後の皿やスプーンが溶けたチーズで白くなるくらいですが、その濃厚さがたまらない・・・・
オレが知っている野菜スープの中で、これが一番好きです。

ウチのコースでは、パスタが2種類出ますが、そのうち1つをこのスープにするという選択もありですね。
また、ランチの時に、カップスープとして、オプションでお出しするのもいいでしょうね。

もう一品、Trippa alla romana. トリッパ(牛の胃袋)のローマ風トマト煮です。

なんせ内蔵ですから、下準備に手間がかかるのは当然なんですが、運良く真っ白なものが来ればいいのだけれど、今回届いたのは、かなり灰色っぽいものだったので、水に晒しながら洗って、本来の白さを出すのに1日、一度熱湯に通してから、さらに野菜と一緒にゆでる事6時間。

そして、甘くなるまで炒めた野菜と合わせ、トマトとブロードを加えて煮込む事3時間・・・・やっと完成しました。

ウチで出すには、ここに豆を加えて『ミラノ風』にする方が合っているんでしょうけど、オレはこのシンプルなローマ風の方が好きです。
画像にあるように、ブルスケッタ(ガーリックトースト)を一緒に食べるのもいいですね。


前回にも書いた、3種類の焼菓子を、店で出す事にしました。
月刊ブレスの最新号にも載るのですが、食事の後、話をしながらつまんでもらうのに、ちょうどいいと思います。
また、菓子をつまみながら、食後酒をちびちびと飲んでもらえるように、食後酒付きのセットも用意します。

画像左はシチリア産のリキュール『リモンチェッロ』

名前のとおりレモンのリキュールですが、このプロフーミ デッラ コスティエーラ社のものが、オレは一番好きです。

他のメーカーのものは、レモンのリキュールと言うより、レモンの皮のリキュールとでも言いたいような、苦味の強いものが多いのですが、このメーカーのものは、本当にレモンの味がする。

余計な事だけど、ラベルがシャレているのもいいですね。


画像中央はアルコール度数55%でハーブ(薬草)の強い香りを持つ『シャルトリューズ ヴェール』
フランスの修道院で、門外不出のレシピで作られているリキュールで、アルコール度数40%の『シャルトリューズ ジョーヌ』もありますが、より特徴を強く持つのはヴェールの方でしょうね。
いきなり飲むと噎せ返るほど強いので、なめるようにチビチビとやるのがいいでしょう。
オレは、食後酒として飲むなら、これが一番好きです。

甘くない方がいいと言う方には、グラッパをお勧めしましょう。
画像右は『グラッパ ディ モスカート』
グラッパは、ワインを搾った後のブドウからつくられるブランデーの一種です。
元になったワインの銘柄や、ブドウの品種の名前が付けられたものが多く、ボトルデザインを統一したシリーズで出しているメーカーも多いですね。
まぁ、ウチには1種類しかありませんが・・・・

後に仕事のある方や、クルマで来られた方にはお勧めできませんが、そうでない方は、一度お試し下さい。
きっと、今まで知らなかった新しい世界が開けますよ。

また、上記の菓子は、店で販売もします。
包材などの準備ができしだい、販売を始めます。


前回、高山にアメフト・ティームを作るという話を書きましたが、完全にその気になって、行く先々や会う人ごとに、高山にアメフト・ティームを作るぞ、って言っているような気がします。(気がしますって・・・・実際にしゃべりまくっているんですが)
まぁ、新しい事を始めるのはスゴくエネルギーのいる事ですが、とにかく勢いで・・・・まずは最初の一歩を踏み出さないと!!
オレもやりたい、と言う人も何人かいましたが、始める時に本当に来てくれるかどうか・・・・それはやってみない事には分かりませんけどね。

不景気だ、不景気だ、って言ってますけど、今だったらドル安のおかげで、ヘルメットやパッドが安く買えるんですよ。
例えば、最新のヘルメット Revolution Speed や、 Power ショルダーパッドのような最高クラスのギアでも、以前の事を思うと、かなり安く買えます。

以前読んだコーチングの本に、始めたスポーツをやめさせないためには、番号とポジションを与える事と、道具を揃えさせる事が重要、と書かれていましたが、特にアメフトの場合、ヘルメットやパッドをそろえる事が、長続きさせるために一番いいのかもしれませんね。
まぁ、初めて全身にプロテクターを着けた時から様になるヤツなんていませんが、あのスタイルが似合うようになったら、もうアメフトから離れる事はないでしょうね。


で、この前、ヤフオクで、こんな本を落札しました。
須藤靖貴さんの『俺はどしゃぶり』です。

第5回小説新潮長篇新人賞を受賞したこの作品、以前タッチダウン誌に紹介されていて、一度読みたいと思いながら忘れていたのですが、ここへ来て思い出したのですよ。

製薬会社に2年勤めた後、母校の教員になった、元フットボーラーの高校教師がアメフト同好会を作って・・・・という話なんですが、いわゆる「スポ根」もの的な暗さがないのがいいですね。

集まった11人のうち、アスリートと言えるのは3人だけで、他は、まともに走る事さえ出来ない肥満児や、体育の授業以外に運動をやった事のないヤツ・・・・素人集団を、いかにして攻守両面フル出場できるティームにまとめあげるか・・・・

『飛び出せ青春』や『我ら青春』のアメフト版みたいな内容ではありますが、アメフト自体がサッカーやラグビーよりもアッケラカンとした明るさを持っているせいか、エンターテイメントとして、うまく描かれていると思います。

それから、この著者の経歴が主人公の経歴に似ているところをみると、おそらくかなりの部分が実体験に基づいて書かれているのでしょうが、スポーツシーンに限らずリアリティーがあるのがいい。
例えば、初めて装備を身に着けるシーン。

ギアが届き、やっときたか、すげえすげえと皆で喜んでいたが、ヘルメット、ショルダーパッド、ヒップパッド、サイパッド、フットボールパンツ、プラクティスメッシュとフル装備になると、全員の顔から笑みが消えた。
「うわっ。なんか頭が締めつけられる。気が狂いそうだ。」
銀でぶが情けない声を出す。あうしはすでに汗びっしょりである。
「すぐにフィットするようになる。それまで我慢しろ。」
新しいヘルメットはジャストフィットではいけない。使っているうちに内部のエアパッドが少しずつ縮んでいい塩梅になる。ギアが馴染むころにはユニフォーム姿の似合う選手になっている寸法だ。
「よおし、いこうぜ!」
ケンケンの音頭で練習開始だ。全身真っ白の月面探検隊のような11人は、ぺろんぺろんとグラウンドを回り始めた。


読んでいて、自分がアメフトを始めた時のことを思い出しましたね。
渋谷のQBクラブへヘルメットを買いに行った時、オレは頭がでかいから絶対にLargeだと思っていたら、Regularでピッタリですって言われて・・・・確かにピッタリ被る事はできたのだけれど、オレの頭は前後に長いので、おでこが痛かったよなぁ・・・・
初めてフル装備でダッシュをやった時、自分では結構走れたと思っていたけれど、端から見れば、かなりぎこちない動きだったんだろうなぁ・・・・なんてね。

この話は、校長のところへアメフト同好会を発足させたいという話を持っていくところから始まるのですが、予想通り校長はネガティヴな事ばかり並べ立てます。
「かなり危険なんでしょ」「成長期の生徒には、あまり向いてないんでしょ」「お金がかかるんでしょ」「身体の大きなアメリカ人がやるもので、日本人には向いてないんでしょ」etc
アメフトをよく知らない人の持つ『誤解』に、いちいち合理的な説明をして誤解を解いていくあたり、高山にフットボールティームを作ろうなんて言っているオレも、あちこちでこんな話をする事になるのかなぁ、って考えながら読みましたね。

この本、装丁が凝っていて面白いのですが、現在は文庫版でしか手に入らないのが残念です。


この前、風屋さんのブログに、究極の血液型心理検査というサイトが紹介されていたので見てみたのですが、その内容について言うなら、一言、「バカじゃねぇの!!」

ここに書かれている理論が成立するなら、どんな適当な理論でも成立してしまいますね。
例えば、次の文章だって正しい事になってしまいます。
「中国はコピー大国である。だから、中国で売られているブランド品はすべて偽物である。」

いかに中国がコピー製品天国であろうと、その事実だけで、売られている全てのブランド品が偽物だとは絶対に言えないでしょう。
要するに、一つの否定的な事実だけですべてを否定するのは非科学的である、ということです。
これを書いている人は作家らしいけど、作家って言うのは科学的に物事を考える事が苦手なんでしょうかねぇ。

オレの『血液型』に対する認識は、「日本のように4つの血液型の分布に極端な差の無いところに於いては、統計学的にかなり有効だと思われる。」というところでしょうか。

よく、『血液型』なんて日本でしか通用しない、と否定論者が言うのを聞きますが、当然というか、日本だからこそ成り立つ事ですね。
例えば、O型が突出して多いアメリカや、B型国家と言ってもいいインド、B型が数パーセントでAB型が1パーセントに満たないヨーロッパ諸国・・・・そんな血液型分布の偏ったところで『血液型』の理論が成り立つわけがない!!

ただね、統計を取ったわけではなく、過去にいろんな人と話した経験から、あくまでもオレが感覚的に思っている事なんですが、血液型否定論者って、自分の血液型をイヤだと思っている人に多いんじゃないかな、って気がします。
そういう意味で、B型の人に血液型肯定論者が多いだろう事は予想できますね。
B型でよかったー、って言うB型の人、スゴく多いもの。(オレもそうですが)

そういえば、にやりねもさんのブログにあった、B型の人の特徴ランキング、見て思わず笑ってしまいましたねぇ。
中でも笑ってしまったのが、「気になるところだけきれい好き」っていう項目。
まいりました、まったくそのとおりです。

まぁね、血液型については、もっと深いところまで掘り下げる必要がありそうですね。
そのうちに、ここに書く事になると思いますが・・・・


以前、ウチの広告のほとんどを月刊ブレスにお願いしている理由を書いた事がありましたが、その時に書いた理由の他に、もう一つ大きな理由がありました。
それは、取材、撮影、校正など、全てにおいて、スゴく意思の疎通がしやすい事。
感覚的、というか、直感的に解るんですね。

で、何でか、って考えてみたら、ウチの担当のYさんとNさん、そしてカメラマン、全員B型なんですよ。
たぶん理由はこれだな、って思います。
取材や写真撮影の後の会話は、まぁにぎやかな事・・・・そういう時に、いろんな情報も入って来るんですけどね。


で、ある時の、オレとブレス編集部Yさんの会話。

オレ「お客さんがもうチョッと増えてくれたらいいのにな」
Yさん「ラ フェニーチェは敷居の高い店だと思っている人が、まだ結構いるみたいですよ」
オレ「え、ウチの敷居が高い?・・・・そんな事はない。ウチの入口、バリアフリーやで」
Yさん「・・・・・・」


では、また。
Ciao. Arrivederci!!




  

Posted by spock at 08:31Comments(4)TrackBack(0)出来事

2009年02月07日

非常識の果てに・・・・

Ciao. spockです。

節分も終わりましたが、雪のない節分って、いまいちムードがないですね。
毎年、節分の日は店を休んで、信仰している『真理亜聖てん』の節分祭に行くのですが、朝から準備をして、護摩を焚きます。
護摩を焚く、その炎の熱い事・・・・例年なら、顔が熱くなると、雪に顔を突っ込んで冷やすのですが、今年は雪が無いせいで、ひたすら我慢してました。

毎月会員がお願いした先祖の供養を、すべてお札に書いてあるわけですから、その数は膨大なものです。(これ以上会員を増やせないと言われるのも納得します)
5〜6百枚単位で詰められた箱が数十個・・・・そんな中から、自分がお願いした供養のお札を見つけると、何となくうれしかったりして・・・・
そのお札を燃やす護摩の炎と煙にさんざん当たりましたから、これからの一年も、健康にすごせる事でしょう。


好調な出だしで始まった今年も、1月の後半に入って失速気味・・・・ヒマです。
ご近所さんも、早い時間に電気が消えている事が多いですから、ヒマなのはウチだけではないんでしょうけど・・・・
ヒマだと言っていても仕方がないので、ここしばらく、デザート作りをしています。

この前、ユーメイズさんが喜んでくれたのが、ピエモンテ風のボネ Bonet alla piemontese です。
早い話が、チョコレート風味のプリンなんですが、中にビスキーが入るので、少し変わった舌触りになります。
このビスキーも作っているのですが、卵と粉と砂糖だけで作るので、このまま食べても飽きのこない味です。

その他に、食事の後、話をしながらつまめるような、軽い焼き菓子を何種類か作りました。

手前の丸いのは、ブルッティ マ ブオーニ Brutti ma buoni

ブサイクだけどウマい、という意味です。

材料は、卵白と砂糖、アーモンドとクルミ、そしてレモンピール。

イタリアでは、レモンピールやオレンジピールを結構入れますが、オレはあまり好きではないので、控えめにしています。


そのかわり、ナッツ類はかなり多め・・・・香ばしくていいんですよ。
低温のオーヴンで2時間、じっくりと焼きます。
サクッとした歯ごたえと、フワッととけるような口当たり・・・・ハマる人が結構います。

左上は、チョコレートのパイ Torta di cioccolata.
甘さを抑えた味は、大人向けですね。
甘くないので、いくらでも食べられます。
ワインのつまみにしても合うと思いますよ。

右上はビスコッティ Biscotti 、ビスケットの語源になった「2度焼き」の意味の、固い焼き菓子です。
ヴィンサント(トスカーナの甘口ワイン)に浸して食べるのが正統的な食べ方ですが、コーヒーや紅茶に浸して食べてもいいですね。
イタリアでは、ビスコッティにオレンジの香りをかなり強くつけるのですが、オレはそれを不思議に思っていました。
で、オレンジピールを入れずに作ってみたら、理由が解りましたね・・・・独特の粉臭さがあるんですよ。
でも、それが本来のものなんですから、無理に隠す必要は感じませんね。


こういう菓子を食べながら、食後酒をチビチビとやるのもいいですよ。

リモンチェッロ limoncello やシャルトリューズ Chartreuse のような甘いリキュールが合いますが、辛口のグラッパ Grappa やブランデーもいいし、モスカート・ダスティ Moscata d´asti のような少し甘めの低発泡性デザートワインも良く合いますね。

食後酒って、あまり飲まれる方はいませんが、ゆっくりとした気分になれていいものですよ。

1度お試し下さい。

近いうちに、こういう菓子をレジ横に置いて販売する予定です。




さて、オレ自身がマニアックな人間だという事もあるせいか、ウチのお客さんにも結構マニアックな方が多い事は、以前にも書いたとおりですが、そういうお客さんが来られた時は、一緒に話で盛り上がります。
知らない人が見れば、結構暑苦しい状態なのかもしれませんが・・・・(笑)
ここしばらくは、スーパーボウルの事もあってか、アメフト関係の話をする事が多かったような気がします。

先日、以前書いた中京テレビのMさんが来られ、約束通り、日大フェニックスのステッカーを持って来てくれました。
日大のプレイヤーが実際にヘルメットに貼っている物だとの事ですが、どこに貼ろうかと考えているところです。

Mさんと話していた時、高山にフットボール・ティームを作りたい、という話をしたら、本当にティームができたら、QB(アメフトのプロショップ、QBクラブ)の人を連れてくるよ、って言われました。

できるだけ早く実現したいと思っているのですが・・・・道はまだまだ険しそうです。


それから、人力車を引いている元フットボーラー、山ちゃんも来てくれました。
黒雷鳥さんのところでウチの年賀状を見たと言われたので、手元にあったのを1枚渡したのですが、オレが着けているジャージの袖口の形やショルダーパッドの大きさ、それにシューズのデザインから、オレがアメフトをやっていた時期を言い当てたのですよ。
まぁね、アメフト自体がマニアックなスポーツだとは思っていますけど、プレイヤーもやはりマニアックな人が多いのは、確かなようですね。

元フットボーラーが2人、カウンター越しに向かい合えば、話す内容は決まったようなもの・・・・延々とアメフト談義が続きます。
高山にフットボール・ティームを作ろう、という話で盛り上がったのですが、いろいろ話していると、結構現実味を帯びてきますね。
ちょうど1年前にも書きましたが、やりたいと思っている人が、経験者、未経験者も含めて、結構いるようなので、そういう人達を集めれば、何とかティームは作れると思いますね。

山ちゃんとの話の中で、あくまでも楽しむためのフットボールだと割り切るなら、ハードヒットを無くしたルールでやればいいのではないか、という意見がどちらからともなく出て来たのですが、そういうルールなら、怪我の心配も少ないと思います。
アメフト王国である、お隣の滋賀県まで足を伸ばせば、対戦相手を見つける事にも困らないでしょう。

ある程度のレヴェルまでいければ、姉妹都市のデンヴァーと、フットボールでの交流もできるのではないかと思います。
先日、高山・デンヴァー友好協会が表彰されたそうで、それがスゴい事だとは分かるのですが、実際のところ、その交流がどんなものなのか、市民の大半は知らないでしょう。
フットボールを通じての交流ができれば、もっと分かりやすくて深い交流ができると、オレは思います。

アメリカ発の不景気で世界中が苦しんでいる今、そんな事をする余裕があるのかどうか・・・・でも、オレは諦めないでやりますよ。



ところで、その『不景気』ですが、マスコミの必要以上に悲観的な煽り方を見ていると、何を考えてやっているんだか全く解りませんね。
日本中が悪い方へ向かうのを後押ししているように思えてしまうのは、オレだけでしょうか。
そういう時こそ、前向きな事を発信しろ、と言いたい。

先日、ワールド・ビジネス・サテライトの特集で、この不景気の中、敢えて非常識だと思われている事をやって成功している企業を取り上げていましたが、そういうような新しい動きを特集して、もっとやるべきでしょうね。

でも、その番組を見て思いましたねぇ・・・・
ウチなんか非常識のカタマリみたいな店ですから、ズーッと先を行っているのではないかって・・・・
まぁね、儲けは全然ありませんから、成功しているとは言えないのが辛いところなんですけどね・・・・


オレは基本的に人と同じ事をやりたくない人間なので・・・・いわゆる『常識人』から見れば、非常識な人間だという事なんでしょうけど・・・・店を始めるにあたって考えた事は、他の店とは違う店にする事だったわけです。
だから、料理はコースのみの予約制で、と考えたのですが、その事