2011年12月16日

ルーツを訪ねて

Ciao. spockです。

いよいよ、冬らしい寒さがやってくるようですね。
明日は、クリスマス ファミリーコンサートのため、朝から神岡へ向かいますが、道路が凍結していなければいいのですが。
よりによって、こんなタイミングで寒波が来なくたっていいのにねぇ。


さて、11月に、母や叔母達と一緒に、自分のルーツを訪ねて、木曽の山の中へ行ってきました。

今回は、その時の事を書いてみます。

ウチの本家は、白川村の荻町にあり、その一軒おいて隣が母方の本家という事もあって、子供の頃から何回も行ったし、良く知っているのですが、11年前に100歳を目前に亡くなった母方の祖母の実家については、ほとんど知らないんですよ。
以前から、いろいろ話は聞いていたのですが、オレが知っている事といえば、祖母の実家が信州の山の中である事、その実家がお寺で「藤原」という姓である事、その家が長寿の家系である事、そのお寺はすでになくなり現在は中津川のお寺に移住されている事・・・・それくらいなんです。
うちの母も「とうの」という地名は祖母から聞いて知っているのだそうですが、『寝覚の床』の近くという事を知っているだけで、行った事もなければ、正確にどこなのかも知らないそうなのです。

母の従兄弟にあたる中津川の寺の住職は、以前から体調を崩されていたようで、母は伯母と一緒に会いにいくつもりでいたそうなのですが、残念な事に9月に亡くなってしまったので、そのお参りと、「とうの」の地にある先祖の墓へのお参りを兼ねて出かける事になったわけです。
オレも行ってみたいので、オレがクルマを運転していくという話をしていたら、古川の叔母も行きたいと言い、ちょうどその頃に高山に来る事になっていた春日井の叔母も行きたいと言うので、春日井の叔母とは中津川で合流して現地で一泊し、一緒に高山へ帰ってくるという事になりました。

ウチのクルマにはカーナビがついていないので、インターネットで地図検索し、国道41号線から257号線に入り、県道410号線を通って『美乃坂本』駅で叔母と合流、そこから『蓮光寺』へ向かったのですが、駅から寺への詳しい地図をダウンロードして見ていたのに、全然違う道へ入ってしまい、どうしようかと思っていたら、地図で見た変わった名前の喫茶店の前へ出た・・・・これは先祖の導きか、と思いましたね・・・・ので、あとはカンでクルマを進めると、寺の前に着きました。
電話で聞いたとおり、大きな銀杏の木のそばの、お寺らしくない建物でしたが、中へ入ってみると、いわゆる古民家を改造したと思われる建物で、本堂の部分は2階をぶち抜いて天井を高くしてありました。

住職の遺影の前でお経が上げられ、みんなで焼香をしたのですが、オレが気になっていたのは、床に無造作に置かれた3枚の油絵。
そういえば、亡き住職(みんな「梵さん」と呼んでいました)は絵の達人だと聞いた事がある・・・・後で聞いた話では、中津川市民展の審査員をしていたそうで、近くの中津川工校の生徒に絵を教えに行っていたとの事です・・・・けれど、絵には確かに Bon のサインがありました。
画家としての「藤原 梵」の名前の方が有名なんでしょうね。

その絵は、いわゆる「抽象画」の範疇に入るのだと思うけど、不思議と惹かれるものがあるんですよ。
黒い背景に炎を思わせる赤や朱色の細い線で描かれた絵は「地獄絵」をデフォルメしたもののように思えたし、下半分に梵さんの自画像が描かれ、上にはピンクの空に白い太陽、鳥が飛び、工場の煙突から煙がたなびいている絵・・・・ここにある「黒い川」という題の絵に似た雰囲気の絵でしたが・・・・は、すごく印象に残りました。

今年の中津川市民展に、梵さんの絵が特別展示されるとの事でしたが、市民展が始まるのがオレが行った日の2日後という事で、残念ながら見る事はできませんでした。
梵さんの絵は多量に遺されていて、部屋一つまるごと画庫になっているそうですが、一度ゆっくりと見せてもらいたいものだと思います。
でもね、生前の梵さんの話を聞くにつれ、一度梵さんと話してみたかったなぁ、って思うんですよね。
きっとオレとは話が合っただろうな、って思いますね。

その後、インターネットで検索してみたら、梵さんが『藤原梵の世界 葬送を巡って・・・』という本を出していた事が分かり、ネットの古本屋で売られているのを見つけたので注文したのですが、もう売れた後で手に入りませんでした。
そのうちにまた見つかるだろうと思いますが。
 

蓮光寺を後にして、国道19号線を走り、今回の目的地である長野県木曽郡上松町を目指しますが、途中で今回唯一の観光地巡り・・・・馬籠宿に寄りました。
急な坂の両側に立ち並ぶ古い建物・・・・確かに風情がありますね。

割れ煎餅や栗のアイスクリームを買って食べながら、ぶらぶらと歩く・・・・母と叔母達は、完全に遠足モードに入ってましたね。
藤村記念館(入らなかったけど)の前で。


その後、国道19号線をひたすら上松町に向かってクルマを走らせました。
寝覚の床近くのコンビニの駐車場で、親戚の小父さん(梵さんの弟)と落ち合い、一度ホテルへ寄ってから小父さんの家へ行く事に。
梵さんが中津川へ移ってからも、この地に家を建てて残ってみえるのです。
オレにとっては初めての事ばかりですが、母達は積もる話をいろいろとしていましたね。

その後、ホテルへ戻って、温泉に食事。
2人部屋と3人部屋で取ってあったので、オレと母で2人部屋を使う予定でいたけれど、3人部屋がすごく広かったので、母は布団を持ってそっちへ移動し、オレは独りで部屋を使いましたが、母と叔母達4人姉妹は、遠足モードで楽しんだみたいです。


翌朝は、いよいよ今回一番の目的、祖母の生まれた地へ向かいます。
小父さんのクルマについて19号線をしばらく戻り、細い山道へ入っていきますが、道の脇に立て看板があり「吉野、東野線」と書かれていました。
母はこの時「とうの」という地名が『東野』である事を初めて知ったそうです。
クルマがすれ違えないような狭い山道を、小父さんのクルマを追ってどんどん登って行くのですが、どこへ行ってしまうんだろう、って心配になるくらいの山道でした。

後で調べたところ、ここは「木曽古道」だそうで、歩いて登る人が結構いるようですが、健脚の上級者向けの道との事です。
叔母が祖母から聞いた話によると、祖母はこの山道を歩いて学校に通っていたそうで、冬は大変な雪だったので、途中にある「お助け小屋」で足袋を履き替え、濡れた足袋を預けて乾かしてもらい、帰りはまたそこで足袋を履き替えて帰ったのだそうです。

そんな山道を登ること数キロ、東野の集落に入り、『東野阿弥陀堂』という案内板が見えます。
しばらく行くと、その阿弥陀堂が見え、その前を通って少し下の道路脇の空き地にクルマを停め、クルマから降りて周りを見回す・・・・ここがばあちゃんの生まれ育った場所なのか、としばし感慨にふけりましたね。



小父さんが墓参りの道具一式を持って先に立ち(伯母さんは高山から用意してきたローソクや線香をホテルに忘れてきた)、細い道を下って墓の前まで行きました。
そこには真ん中に一つの墓石と、その両側に自然石の墓標が並んでいました。

真ん中のこの墓石の横には江戸時代の年号が彫られていますが、信女という戒名が彫ってあるので、先祖の女性の墓ですね。

藤原家は浄土真宗のはずなのに、法名ではなく戒名が彫ってある事を不思議に思いましたが、その当時はこの集落に寺がなかったため、少し離れたところの寺の檀家だったそうで、その寺の過去帳には、この戒名の女性の事が書かれてあるそうです。
そういえば20年以上も前に、時代を遡って先祖を調べたら、500年以上も前まで分かったと聞いた事がありました。

これが祖母の両親の墓。

梵さんは自然石に凝っていたため、こういう墓になったそうです。

こちらは祖母の兄の墓だそうです。


生まれてからほぼ半世紀を経て、初めてこの地へ来て墓参りをしたわけですが、改めて自分が存在する意義を考えさせられますね。


さて、墓参りを済ませた後、阿弥陀堂を見せてもらいました。
この阿弥陀堂、数年前まではこんな緑に囲まれた状態だったそうですが、

現在は、こんなふうになっています。


藤原家が中津川に移住する事になった時、寺の建物と土地を、町に寄贈したのだそうで、住んでいた建物は取り壊されて公民館のような建物が建てられたものの、阿弥陀堂に関しては、いわゆる「お役所仕事」というやつで、所有権や管理権の問題とやらで全く手をつけられる事もなく、持て余されていたらしいのです。

ところが数年前、寺宝として伝えられていた室町時代の古鏡と、『絹本著色聖徳太子和朝先徳連坐影像』『絹本著色阿弥陀如来絵像』の二幅を町に寄贈する事になり、それが詳しく調査されたところ、たいへんに貴重なものである事が解ったのだそうです。
本来は「十三仏」という仏画と合わせて三幅一対になっているものだそうで、もし三幅揃っていれば国宝になったとの事です。(現在は長野県の「県宝」に指定されています)



そういう事が解ると、この阿弥陀堂も見直される事になり、老朽化により、雨漏りで一部の天井画が破損している事や、建物自体が傾いている事などから、建物全体を覆うとともに、支柱によって建物を支える「屋根」が造られたわけです。
その事によって建物は保護されたわけですが、屋根を造る時に、周りの樹木がかなり伐採されたそうで、雰囲気はなくなってしまったようですね。

普段は、すぐそばの大きな家の方が管理されているようで、小父さんはそこから鍵を借りてきて、阿弥陀堂の雨戸を開けてくれました。


中へ入り、目が暗さに慣れてくると、内陣の須弥壇の実に細かい装飾が見えてきます。

小父さんの話によると、この両側の柱は、小父さんが子供の頃には奇麗な朱色だったそうです。

その扉を開けると、中には先祖の位牌がありました。

内陣の壁は、絵を描いた紙が貼られていたのを剥がしたようになっていますが、ある方の寄贈で新しい絵を入れる事になって、古い壁紙を剥がしたところ、その方が急に亡くなって話が立ち消えになったため、こんな状態なのだそうです。

内陣の天井画です。


内陣、外陣あわせて108枚の天井画があるそうですが、雨漏りによって破損したものが少なくとも3枚あり、もっと早く手が打てなかったのかと残念に思いますね。


一枚一枚見ていくと、結構面白い図柄のものもあり、オレが一番気に入ったのは、

この大根と白鼠の絵ですね。

内陣と外陣の境にある欄間の彫刻も、手の込んだものです。


内陣横の壁に立てかけてあったこの絵、

下の方が腐って穴が空いているけど、描かれている女性のふくよかな顔が、なんともいいですね。


ばあちゃんも、その両親も、そしてさらにその両親も、ここで暮らし、この阿弥陀堂を見ていたわけですが、そう思うと、そういう歴史の流れの中で自分が生かされている事のありがたさを心底感じます。
今回初めてここへ来たけど、また来たいと思いますね。
ここには、そう思わせるものあります。

阿弥陀堂をゆっくりと見ていたせいもあって、そのあとで小父さんの家へ行って名物の「御幣餅」をご馳走になったら、帰る時間になってしまい、寝覚の床を見る事もなく帰途につき(この日は、夕方から予約が入っていたので、それまでに戻らなければならなかったのです)木曽福島から、雪がちらほらと舞う開田高原を通り、大急ぎで高山へ帰ってきました。
今回は、慌ただしい「ルーツを訪ねる旅」になったけれど、春になったら、今度はもっとゆっくりと訪れてみたいと思います。

何故こんな山の中に国宝級の仏画があったのか・・・・それはもう分からない事です。
でも、先祖の人達の間に起こったであろう事をいろいろ想像してみる事はできるし、それも面白そうですね。
また、梵さんの絵も、じっくりと時間をかけて見てみたい。
そして、いつか「遺作展」を開けたらいいと思いますね。

今回、初めて祖母の生まれ故郷を訪ねてみて、脈々と続いてきた『血』というものを改めて考えるとともに、今こうして自分が生かされている事のありがたさを、しみじみと感じますね。
まぁ、そんなふうに思えるのも、人生の後半に入った今だからなのかもしれませんが、そうやって受け継いだ命を大切にして生きていかなければ、と改めて思います。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 10:21Comments(0)TrackBack(0)出来事

2011年11月29日

クリスマス ファミリーコンサート

Ciao. spockです。

寒くなってきましたねぇ。
12月が目前に迫ってきているのですから、当然と言えば当然なんですが。
クリスマスの予約も、少し入ってきましたが、12月全体が盛り上がってほしいものですね。


さて、今回は高山室内合奏団のクリスマス ファミリーコンサートのお知らせです。


このポスターやチラシを、すでにあちこちで見て頂いているのではないかと思いますが、去年に引き続き、すもも ももさんのイラストです。

今年のコンサートも2回行われ、
1回目は、12月17日(土)14:30開演 飛騨市神岡町 船津座  
2回目は、12月18日(日)14:00開演 高山市民文化会館 3階講堂 
です。

演奏曲目は、
 ジャゾット/アルビノーニのアダージョ (ヴァイオリン ソロ  井上幹浩)
 久石譲/宮崎アニメの音楽から、いつも何度でも、もののけ姫、海の見える街
 アンダーソン/クリスマス フェスティヴァル
 ビートルズ/イェスタデイ (チェロ8重奏)
 バッハ/管弦楽組曲第2番 ロ短調から、ロンド、サラバンド、ポロネーズ、バディネリ (フルート ソロ  岩井恵美) 
 その他
となっています。

入場は無料で、休憩時間には、お茶とお菓子が出ます。
また、高山の公演では、去年好評だった(株)なべしま さんによる、ポップコーンの実演配付もあります。

定期演奏会とは違い、ファミリーコンサートですから、気軽に楽しんで頂ければいいかと思います。
子供さんの声が聞こえたり、多少のざわめきがあっても、こちらは気にせずに演奏しますので、ご家族お揃いでお出で下さい。


27日の夜に行われた全体練習では、定番曲の『クリスマス フェスティヴァル』や、宮崎アニメの音楽のほか、ヴァイオリンを習っている子供達が加わっての『聖しこの夜』、ヴァイオリンソロの井上先生が加わって『アルビノーニのアダージョ』、フルートソロの岩井さんが加わって、バッハの管弦楽組曲第2番から4曲などの練習がありました。

練習前。
早めに来た人達は、指慣らしや、ボウイング(弓使い)の確認をしています。














指揮者の鴨宮さんとフルートソロの岩井さんの打ち合わせ。











今回は練習に専念していたため、画像はこれだけです。


また、本番にエキストラで参加して下さるヴィオラの長塚さんが、わざわざ大阪から来て練習に加わって下さったのは、本当にありがたい事です。
長塚さんが練習に加わるのは2回目で、さらにもう1度練習に来て下さるそうですから、本当に頭の下がる思いです。

練習後、鴨宮さんと長塚さんがウチへ来られて、カウンターで音楽談義をしたのですが、10時過ぎから始めて、気がついたら1時・・・・でも、自分の好きな事をやっている時って、本当に楽しいものですね。


ところで、9月の定期演奏会後に、オレはセカンドヴァイオリンからヴィオラに転向しました(その事については、ヴィオラの話と共に別の機会に詳しく書くつもりです)が、役割としてのヴィオラの面白さを実感しているところです。
と言っても、そもそもヴァイオリンだってたいして弾けない人間ですから、どれだけ役に立っているかは疑問ですが・・・・音程もあまり良くないので、隣の人の音を聴きながら合わせているような状態ですけどね。

でもね、ヴァイオリンやチェロのように目立たないけれど、極めて重要な中音部を受け持っているわけで、そういう部分を自分が実際にやっているという事が、なんか楽しいんですよね。
ヴァイオリンもヴィオラも弾いていて楽しいのだけれど、その違いをオレの言葉として言うならこうです
「弾いていて、気持ちいいのがヴァイオリン、面白いのがヴィオラ。」
実際のところ、高名な作曲家ほどヴィオラを上手く使う、と言うのは間違っていないと思いますね。


この前、こんな動画を見つけました。
あまり知られていないヴィオラについて、もっと知ってもらおうという事で、九州交響楽団のヴィオラ奏者5人による「ヴィオラ5重奏」で『宇宙戦艦ヤマト』を演奏しているのですが、編曲の上手さもあって、思わず引き込まれましたねぇ。


まぁ、オレもヒマを見つけて練習し、しっかりと弾けるところを多くしていかなければいけませんね。
本番まで、あと3週間・・・・もちろん仕事が第一ですが、音楽にも精一杯頑張ろうと思います。

17日と18日、ご来場を心からお待ちしております。

では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 07:35Comments(0)TrackBack(0)音楽

2011年10月27日

定期演奏会、無事終了 その2

Ciao. spockです。

前回の更新からだいぶ時間が経ってしまいましたが、気がついてみれば、もう10月も終わりかぁ・・・・
店がヒマなわりには結構バタバタしていて、ブログに向かう時間がなかなかとれなかったのですが、前回の更新から1月半も経ってしまったんだなぁ、と改めて月日の過ぎる速さを実感していますけどね。

7月8月と忙しかったのに、9月に入った途端にヒマになり、10月は少し持ち直したという感じですが、同業者に聞くと同じような答えが返ってきますから、ヒマなのはウチだけではないのでしょうけど、世の中の流れ自体を寂しく感じてしまうのは残念です。
これからの行楽シーズンに合わせて、高山が盛り上がってほしいものですね。


さて、前回に続き、高山室内合奏団の第8回定期演奏会の事を書きますが、その前に、現在決まっている高山室内合奏団の今後の演奏予定をお知らせします。

12月17日(土)14:30 神岡 船津座  
12月18日(日)14:00 文化会館 
恒例の『クリスマス ファミリーコンサート』
 アルビノーニのアダージョ
 宮崎アニメの音楽から3曲
 アンダーソンの『クリスマス フェスティヴァル』
 バッハの『管弦楽組曲第2番 ロ短調』から4曲
 アンサンブル ルシェッロのチェロ8重奏で『イエスタデイ』
 その他
休憩時間に、お茶とお菓子が出ます。そして今年も (株)なべしま さんによる、ポップコーンの作製実演があり、できたてのポップコーンを食べてもらえますよ。

2012年8月26日(日) 世界生活文化センター 飛騨芸術堂
第9回定期演奏会
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調 をメインとするプログラム

2013年夏  世界生活文化センター 飛騨芸術堂
第10回定期演奏会
ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調 をメインとするプログラム 

現時点での予定は以上です。


では、本文に入りましょう。
前回の『その1』では、前日のゲネプロについて書きましたが、今回は演奏会当日の事を書きます。


さぁ、本番当日です。
10:30集合、という事になっていましたが、オレは30分前にホールに行きました。
というのも、毎年、演奏会の前日に、ドンマイヤーさんに楽器の調整をしてもらうのですが、今年はドンマイヤーさんが来るのが遅くなったため、前日にできなかったので、朝イチで行って、やってもらおうと思ったわけです。
で、ドンマイヤーさんの楽屋へ行くと、すでに2人の人が待っていて・・・・まぁ、みんな考える事は同じなんですね。
冷房の効いた部屋だというのに、汗だくになりながら、ドンマイヤーさんは楽器の調整をしていました。

調整してもらう前に、一度弾いて、音と感覚を身体で憶えておきます。
まず、弓の毛を緩めて、木の部分を磨いて汚れを落とすのですが、それだけの事なのに、弓を受け取って持ってみると、軽く感じるんですよ。
これは本当に不思議ですね。

次にヴァイオリン本体を磨いて汚れを落とします。
本当は、裏板だけのはずだったのですが、オレのヴァイオリンの表板が松脂で汚れていたので、表板も磨いてもらえました。
磨きながらドンマイヤーさんは、ストラディヴァーリやグァルネーリのような名器は、表面のニスに汚れがつかないので、それだからこそ300年経ってもいい状態で残っているのだ、と話してくれましたが、まぁ、すぐに汚れがついてしまうオレの楽器は、やっぱり安物という事なんでしょうね。

その後、魂柱を調整をしてもらいましたが、ほんの少し動かすだけで、音が違ってくるのが分かるんですよね。
まわりの人達から、どんな音がいいのか希望を言う方がいいよ、と言われたので、上手に聞こえるようにして下さい、って言ったら笑われましたけど。


いよいよ本番前の最後の練習、文字通りの『ゲネプロ』に入ります。
とにかく、ミスがあっても止まらずに最後まで行こう、という事で、気負う事なく、わりと気楽に演奏していたのですが、やはり集中力が上がってきているのか、ミスはあったものの、緊張感を持続しながら、一気に演奏してしまいましたからね。

未完成の最終練習に入る前の休憩中です。

最終練習の前という事で、みんな、自分のパートの弾き込みに一生懸命になってます。

管楽器の人達も、同じですね。


そのゲネプロが終って、楽屋へ引き上げようとしていたら、トランペットとトロンボーンが、未完成の第2楽章のフォルテッシモのところを吹き始めたのです。

ゲネプロの時に金管楽器のアンサンブルが少しずれたようで、その部分を金管楽器だけで合わせていたのですが、この時は、ほぼ完璧に合ってました。
いや、立派です。


楽屋へ戻ろうと、舞台裏の廊下を通っていたら、ファーストホルンの小笠原さんが、ホルンの手入れをしていました。
それが例のナチュラルホルンですか、って訊いたら、自分で溶接して作ったんです、と言って見せてくれたのですが、いかにも手作りという無骨なホルンでした。

そこでしばらく話をしたのですが、ふと思いついて、来年は『エロイカ』(ベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』の事 第3楽章のトリオで3本のホルンが大活躍する)なんかどうでしょう、って言ったら、いいですねぇ あれならやれますよ、という答え。
大曲故に難しい点が多いとは思うけど、本当にできたらすごい事だと思うのですが。


下の階の楽屋へ戻り、昼飯を食べ、本番用の黒のスーツに着替え、開演までしばらく休憩します。
開演15分前にチューニングを始め、開演10分前にステージ袖に集合。
トップの人達は結構緊張しているようだし、指揮者の鴨宮さんも、かなり緊張しているみたい。
一番後ろで弾くオレは、全然緊張する事もなく構えてましたけど。
覗き窓から客席を見ると、結構席が埋まっていて、前の方には中学の同級生のN君の顔が見えます。

開演を知らせるアナウンスが流れ、客席が落着いたところで、舞台の上手からは、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが、下手からは、ヴァイオリンが出ます。
全員が席に着いたところで、コンサートミストレスの出すAの音に合わせて、低音側から順にAの音を合わせ、全楽器がAを合わせたところで、さらに他の弦を合わせていきます。
このチューニングの完全5度の響きが聞こえると、コンサートの始まりを実感する人も多いようですが、弾く方としては、いよいよ緊張感が高まります。

指揮者が登場し、拍手が収まったところで指揮棒が上がり、全員が楽器を構えます。
最初の曲、ヴィヴァルディの『聖なる墓に』は、セカンドヴァイオリンの長いFis(ファ♯)の音で始まるので、その出だしには緊張します。
でも、音が出てしまえば、後はまわりの音を聴きながら合わせていけます。

この曲は、演奏時間にして5分程度の小品で、前半のゆっくりとした部分と、後半の速いフーガと、2つの部分からできていますが、当然、前半の方が弾き易い。
後半のフーガは、少しごまかしたところもあったけれど、フーガの掛け合いがピッタリ合うと気持ちがいいですね。


続いて、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲『夏』です。
去年のクリスマスコンサートで『冬』をやりましたが、『夏』の方が難しいですね。
この曲の編成は、前の曲に、ソロヴァイオリンとチェンバロが加わります。
ソロは井上先生です。

普通、ソリストは立って演奏するのですが、今回の井上先生が座って演奏した事を不思議に思った人がおられるかもしれません。
ソロと指揮を兼ねて演奏するのなら立って演奏するけど、指揮者がいるのだからオーケストラの一員として座って演奏する、というのが井上先生の意見。
なるほど、確かな見識だと思います。

曲は、夏の気怠さを表した、ゆっくりとしたテンポで始まりますが、チェロのソロとチェンバロを伴奏にヴァイオリンのソロが始まると、これは『ヴァイオリン コンチェルト』なんだという事を改めて思わされます。
ソロヴァイオリンは速いテンポで、キジバト、カッコウ、ごしきひわの鳴き交わす様子を弾いていきます。

やがてオーケストラが『穏やかな西風』を奏し、突然吹き始める『北風』に続くのですが、この北風のあたりになると、もうオレの技術では追いつけません。
左手の音階だけでも付いていけないし、2本の弦を速いテンポで交互に弾くところでは、リズムがグチャグチャになる上、まともな音にもなりません。
この辺は弾ける人にまかせて、オレは出せる音だけ出している、という感じですね。

ゆっくりとした第2楽章は、唯一完全に弾けるところですが、第3楽章の『嵐』になると、もうお手上げです。
速いテンポで細かい刻みが続くので、細かい動きのあるところは諦めて、リズムを崩さないように注意しながら同じ音が続くところだけを弾いたり、他の人が2本の弦を交互に弾いているところをオレは左手を目一杯広げて1本の弦だけで弾いたり、まぁとにかく、自分の技術で弾けるところは、できる限り弾いたつもりなんですが、曲がりなりにも音を出せたのは、4割から半分弱というところでしょうか。
もっとも、オレの両隣のエキストラの人達も、結構てこずっていたようですから、本当に難しい曲なんだと思いますけどね。


続いては、ハイドンの交響曲第42番 ニ長調です。
ハイドンの交響曲でも、初期から中期にかけて作曲された曲は、特別な機会でもないと、なかなか聴く事はありませんが、特にこの曲のように名前(標題)の付いていない曲は、この演奏会がなければ聴く事もなかったんだろうな、って思います。
この次の43番からは名前のついた曲が続くのですが、なぜこの曲に名前がつかなかったのか不思議なくらい、本当にいい曲だと思いますね。

オーボエとファゴット、それにホルンの人達が2人ずつ加わり、曲が始まります。
第1楽章は、楽譜には Moderato e maestoso (中庸のテンポで堂々と)とありますが、それにしてはかなり速いテンポで始まります。
曲自体はいい曲だと思うし、好きですが・・・・ただ、弾くのが難しい。

頭の中に出来上がった曲を一気に書き写した、と言われているモーツァルトの作曲法とは違い、考えながら作曲したハイドンの曲は、モーツァルトには無い技巧が凝らされているところが結構あり、楽器同士の掛け合いみたいなところは、お互いの音を聴いていないと合わせにくいですね。
技術的に難しいところになると、楽譜を追うだけで一杯一杯になってしまって、まわりの音を聴く余裕もなかったし、オレが一番苦手としている、移弦しながらの分散和音なんかは、かなりごまかしてましたけどね。

第2楽章は、Andantino e cantabile (アンダンテより少し速く、歌うように)、ヴァイオリンには con sordino (弱音器をつけて)と指示があり、独特の雰囲気が出ます。
この曲では、2本のファゴットが、常にコントラバスと同じ音を出すように書かれていますが、この楽章だけは出番がありません。

緩徐楽章なのでテンポはゆっくりめ、とはいっても、例によってかなり速いテンポの上、32分音符が続くところが結構多かったり、シンコペーションを含んだ掛け合いがあったりして、落着いて弾いているわけにはいきません。
エキストラの管楽器の人と話していたら、その人も、もっとゆっくりしたテンポで歌わせる方が好きだ、と言っていましたが、管楽器の人は息継ぎの問題から速めのテンポを好む、と聞いていたので意外に思いながらも、やはりゆっくりめのテンポを好む人は結構多いんだろうな、って思いましたね。

第3楽章は、3拍子の舞曲メヌエット。
メヌエットはゆっくりとした3拍子の舞曲、と言われていたのですが、その後の研究で、かなり速いテンポの舞曲だと言われるようになりました。
このメヌエットでは速いテンポの上、3連音が多用され、アクセントの位置がかなり変則的なところもあるので、演奏するには結構てこずりましたね。 

フィナーレは、Scherzando e presto (戯れるように、急速に)
この発想標語が示すとおり、速いテンポで飛び跳ねるようなメロディーが、弦楽合奏で繰り返され、続いて2本ずつのオーボエ、ファゴット、ホルンによる管楽器の合奏が繰り返されます。
その後は、管弦楽が繰り広げられていくのですが、この楽章に関しては、オレの技術では全くのお手上げ状態・・・・まともに弾けたところは、途中に出てくる叙情的な2つの旋律と、最後の6小節くらいかな。(終り良ければ全て良し、と考えればいいのですが)
ホント、手強い曲でした。

この曲では、上にも書いたファーストホルンの小笠原さんが、ヴァルブのついていないナチュラルホルンを演奏していたのですが、セカンドホルンの古橋さんもそれに合わせて、ヴァルブ付きのホルンのヴァルブを使わずに、ナチュラルホルンとして演奏したのだそうです。
高山にも、スゴい人達がいるものですね。


ここで休憩をはさんで、後半はメインの『未完成』です。
休憩とは言っても、一度楽屋へ戻ってトイレに行き、楽器の手入れをしたら、もうステージ袖で待機する時間になっていました。

弦楽器奏者は人数が多いので、仮に1人が間違えたとしても、それほど目立たないのですが、それに比べると、管楽器や打楽器の人達はそれぞれがソロ奏者ですから、間違えれば一発で分かってしまうわけで、そういう意味でこういう場合、管楽器や打楽器の人達は緊張の度合いが高いのだろうな、って思います。
でも、一番緊張していたのは、指揮者の鴨宮さんだったのかもしれませんが。

管楽器の人達に続いてステージに出て自分の席に着き、コンサートミストレスの出すAの音に合わせてチューニングし、指揮者の登場を待つ・・・・まぁ、ある種の儀式のような感じですが、嫌が上にも緊張感が高まります。

第1楽章は Allegro moderato.(中庸のテンポで、快活に)
指揮者の振り下ろす棒に合わせて、チェロとコントラバスが、地の底から湧き上がるように、冒頭のメロディーを奏し始め、続いてヴァイオリンのさざ波に乗って、オーボエとクラリネットがユニゾンで、第1主題を吹き始める。
オレが音楽にのめり込むきっかけになった曲が、この『未完成』だった事は間違いないのですが、今でも大好きな曲であり、特別な感情を持っている曲なんです。
考えてみると、初めてこの曲を聴いてからちょうど40年目に自分がこの曲を弾いている事が、意外なような、不思議なような・・・・

しみじみとそんな事を思いながら弾いていると、事件発生・・・・ティンパニが1小節早く叩きだしたのですよ。
もう一度繰り返す事で帳尻は合いましたが、後でティンパニの小林先生が言われたのは、「いつもは記憶と感覚で叩いているのだけれど、本番では真面目に小節数を数えていたら間違えた。」
いや、それ、よく分かります・・・・オレも練習の時によくやりましたから。

そして、ホルンとファゴットの和音に導かれて、チェロと、続いてヴァイオリンで奏される第2主題は本当に素晴らしい・・・・大好きなメロディーなのだけれど、それだけに、思ったように演奏するのは本当に難しい。

この『未完成』という曲は、メロディーの美しさはもちろんの事ですが、その構成や展開に関しても、シューベルトの最高傑作なんじゃないかと、オレは思います。
ヴァイオリンを習い始めて2年にもならないオレでも、まがりなりにも8〜9割は弾く事ができましたから、技術的に『難曲』と言うわけではないのでしょうけど、演奏効果とでも言うのか、聞き映えのする事ではピカイチの上、構成の自在性とか表現の幅の広さ、奥行きの深さが尋常ではないんですよね。

実際、この後に書かれた『ザ・グレイト』と呼ばれている交響曲第8番は、曲の構成の立派さも、演奏に要する技術の難易度も未完成より上なのに、未完成と比べると、ただ単にメロディーを繰り返しをしているだけのように感じてしまう・・・・聴いていて、ゾッとするような瞬間がないんですね。
それくらい、この曲は、全曲を通じて、ある種『神がかり』的な、と言うか、『霊感』に満ちた、奇跡的な名曲なんだと思います。

それから、シューベルトは実際にオーケストラが演奏する現場に居て、新しい響きを得るための『実験』をしていたそうなのですが、この曲に3本のトロンボーンが使われているのも、新しい試みの成果なのかもしれません。
交響曲にトロンボーンを初めて使ったのはベートーヴェンですが、使い方はかなり限定的で、最後の第9番でも、2本のトロンボーンが、第2、第4楽章にだけ使われているくらいですが、それよりも前に作曲されたこの曲で、アルト、テノール、バスの3本のトロンボーンが全曲を通して使われているのは、シューベルトがかなり革新的な作曲をした、という事に他ならないでしょう。

この曲も、オレが初めて聴いた頃の演奏と、今の演奏では全く違ったものになっていて、以前に使われていた『旧版』の楽譜ではデクレッシェンドとして演奏されていたところが、『新版』ではアクセントとして演奏されるので、表現自体が全く替わってしまったわけです。
新版によって新しい表現が生まれた事は評価されるべきだとは思いますが、オレ自身は、旧版の表現を強調して儚くロマンティックに旋律を歌わせたブルーノ ワルターの演奏を最も好んでいるせいもあってか、旧版を使った演奏の方が遥かに好きですね。
まぁ、時代の流れだ、と言われればそれまでですが。

この後、本当に魅力的な展開部から再現部へ、そして終結部へと演奏は問題無く進んで、第1楽章が終わり、第2楽章 Andante con moto.(穏やかに、動きをもって)へ入ります。
この楽章も、オレの感覚からすれば、かなり速めのテンポで進みますが、でも、このオーケストラの技術からすれば、これより遅いと、逆に合わせるのが難しくなるかもしれません。

前期ロマン派の曲である事から、今回の演奏では、ロマンティックな表現より、古典派的な整ったスタイルを目指していたので、強弱などの表現は控えめだったし、弦楽器のヴィブラートもかけないで演奏しましたが、オレとしては、もう少しロマンティックにやってもいいのでは、と思いましたね。
弦のシンコペイションの伴奏の上で、オーボエとクラリネットが歌う第2主題では、伴奏につけられたクレッシェンドとデクレッシェンドを、思いっきり強調したい衝動にかられました。

と、こう書いても分かりにくい事だと思うので、この第2楽章を、前にも書いた『旧版』の代表とも言えるブルーノ ワルターの演奏と、『新版』の代表であるジョス ファン インマゼールの演奏で聴き比べてもらうと、テンポといい、表情の付け方といい、全く別物になっている事が分かると思います。
近い将来、この曲をもう一度プログラムに載せて、旧版を使って今回とは全く違った表現の演奏をするのも面白いだろうと、オレは思いますね。

この曲は転調が多いため、同じメロディーが出てきても、違う調になっている事が多いので、楽譜から目を離して弾いていると、違う音を出してしまう事があります。
そういう意味で、トラブりやすい曲だとも言えるのでしょうね。

第2楽章の最後の方に、ファーストヴァイオリンと管楽器が転調しながら呼び交すところがあって、サードトロンボーンにpppの最弱音が要求されている難所でもあるのですが、2回目に管楽器が応えるところで出るフルートが、1回目に出てしまったのですよ。
すぐに指揮者からの指示が出て、その音は止まりましたが、やはりドキッとしましたね。

最後の一音はフェルマータがついた長い音ですが、クレッシェンドして弓を返し、デクレッシェンドで消えるように終わります。
弓が止まり、拍手が聞こえてきた時、弾き切った、という気持ちで、文字通りの『感無量』でしたね。
前の2曲では、かなりごまかして弾いていたのですが、この曲に関しては、その大部分を弾く事ができたので、余計にそういう『実感』が湧いたのだと思います。


後は『アンコール』を残すのみですが、アンコールの曲は、同じくシューベルトの『軍隊行進曲』・・・・賑やかでノリのいい曲ですから、アンコールにはピッタリですね。
セカンドヴァイオリンは、伴奏の『刻み』と『後打ち』ばかりで、一度も旋律を弾く事はないのですが、それでも楽しいですからね。
行進曲らしく、小太鼓、大太鼓、シンバル、トライアングルといった打楽器が活躍しますが、それらの打楽器を小林先生が1人で演奏します。
演奏が始まると、これで最後、という安心感(?)もあってか、みんな結構ノリがいいですね。

で、演奏が進み、トリオをはさんで後半に入ってしばらくした時のこと。
自分の出している音の音程が、少しずれているような気がしだしたのですよ。
いつもそういう時は、隣の音を聴きながら合わせるのですが、この時はなぜか、余計な事を考えてしまったんです。
隣で弾いているドンマイヤーさんの奥さんが、今日は音程が下がり気味で、としきりに言ってみえたのは、オレが音程のずれた音を出している所為なんじゃないかな・・・・って一瞬思ったら、急に不安になってきたわけですよ。

こういう時って、考え始めると、悪い方へ向かってしまう事が多いので、何とか意識を他の方へ向けないと、と思うのですが、いつもと全然違う意識の状態で、まわりの音がハッキリと分からなくなって・・・・
どうしよう、と思った時、すぐ後ろで吹いているホルンの2番がセカンドヴァイオリンと同じ音を吹いている事に気がついて、それに合わせる事で事なきを得たわけですが、『落ちる』という事がこういうふうにして起こるのだと、実感しましたね。

最後のフェルマータのついた長い音が鳴り終わり、すべての演奏が終わりました。
コンサートミストレスの合図で、客席にお辞儀をし、舞台を後にしましたが、気になったのは、オレが声をかけて来てもらったお客さんの事。
お礼の挨拶をしたいと思い、楽屋で楽器をケースに入れて、すぐにホワイエに出てみたのですが、もう殆どのお客さんが帰られた後でした。
反省会の時に、お見送りをするべきだった、という意見が出ましたが、せっかく来て頂いたお客さんに挨拶できなかった事が、今回の演奏会で唯一心残りに思った事です。

楽屋を片付けた後、身の回りの物を持ってホールを出ようとすると、花がありますよ、と言われたので、見てみると、オレ宛にこんな花が・・・・

花を贈られるって、うれしいものですが、こういう時にもらう花には、格別のものがありますね。

この後、ホテル フォーシーズンでの打ち上げパーティーと、トニオへ場所を移しての2次会で、心行くまで話をしましたが、やっぱりみんな音楽が好きなんだなぁ、って事を改めて感じましたね。


さて、オレなりに今回の演奏について思った事を書いてみようと思うのですが、なんと言っても気になったのはテンポです。
この『テンポ』というのは、演奏者にとっては常について廻る問題で、『正解』というものが見つからないものなのかもしれませんが、今回演奏したヴィヴァルディの『夏』とハイドンに関しては、テンポが速すぎた、とオレは思います。

指揮者の鴨宮さんとは、テンポについて何回か話した事があるのですが、その時に聞いた話によると、ヴィヴァルディのテンポに関しては、ソリストの井上先生はもっと速いテンポを望んでみえたそうだし、また、ハイドンに関しても、わりと簡素に書かれている曲の構成上、ゆっくりと演奏するのは逆に難しいとの事ですから、ある意味で『妥協点』を探った上でのテンポだったのかな、とも思います。

でも、その速いテンポで弾く事で精一杯になってしまって、まわりの音を聴きながら弾くだけの余裕が無くなっていたように、オレには感じられたのです。
そう感じたのは、オレのような技術の無い者だからこそ思う事であって、速いテンポでも余裕を持って弾ける人達には、あまり実感の無い事なんだろうな、とも思っていたのですが、他のメンバーやエキストラの人達と話していても、やはり速すぎるという意見の人が結構いたので、オレだけの思いではないようです。

『古楽研究家』達による楽譜の見直しと、『古楽器』による演奏が主流になった70年代後半以降、演奏のテンポが速くなってきたため、現在手に入るCDでは、たいていの演奏がこんなテンポですから、これが普通だと言われればそれまでなんだけれど、現代と比べ、小さく軽い音しか出ない楽器を使い、オーケストラの編成も小さく、演奏会場もはるかに小さかった作曲当時には必然性があった速いテンポが、大きく豊かな音の出るモダーン楽器を使い、編成も大きく、はるかに大きい演奏会場で演奏する現代のオーケストラに合っているかは別問題だと思います。
プロの演奏のテンポを真似する、という事よりも、もう少し余裕をもったテンポで、お互いの音を聴きながら確実に演奏する方が、当然アンサンブル能力は上がるわけで、このオーケストラはもっと鳴るようになると思うし、それこそが『アマチュアオーケストラ』である、このオーケストラの目指すべき方向だと、オレは思うのです。

この事は、反省会の時に、オレの意見として発言したのですが、どれだけの人に理解してもらえ、賛同してもらえるかは全くの未知数で、かなり勇気のいる事ではありました。
でも、オブザーヴァーとして参加してもらったホルンの小笠原さんから、各自がそれぞれのパートをきちんと弾く事の重要性という意味で、オレの意見に賛意を表してもらえたので、発言して良かったと思うし、今後このオーケストラが発展していく上での一つの考え方として認知してもらえたらいいのではないかと思うのです。

これから、クリスマス ファミリーコンサートに向けての練習が続きますが、少しでもレヴェルアップできるように練習し、聴きに来てくれたお客さんに喜んでもらえるようにしたいものですね。


ところで、10月23日に南小学校の『ふれあい文化祭』で、『故郷』と『サウンド オヴ ミュージック ハイライト』を演奏してきましたが、今回初めてヴィオラで参加しました。
定期演奏会まではセカンドヴァイオリンを弾いていたのに、また何故、と思われるかもしれませんが、それには理由があって・・・・
その事については、また次の機会に書く事にしましょう。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2011年09月10日

定期演奏会、無事終了 その1

Ciao. spockです。

高山室内合奏団の第8回定期演奏会が、無事終了しました。
ご来場頂いた皆様には、厚く御礼申し上げます。



今回の演奏会は、ヴィヴァルディのシンフォニア『聖なる墓に』、ヴァイオリン協奏曲『夏』、ハイドンの交響曲第42番 ニ長調、そしてメインにシューベルトの『未完成』を据えたプログラムでしたが、『未完成』は高山室内合奏団始まって以来の大きな編成である上、オレが音楽にのめり込むきっかけとなった「運命の曲」という事もあって、本当に楽しみにしていました。

ハイドンとヴィヴァルディは、細かい音型が多く、オレのテクニックでは全く追いつかないところが結構ありましたから、実際に弾けたのは、『夏』が4〜5割、ハイドンが5〜6割、『聖なる墓に』と『未完成』が8〜9割というところでしょうか。
もっとも、ヴァイオリンを習い始めて2年にもならないのに、こういう大曲を弾こうという事が無謀というものですね。

オレはこういう仕事をしているので、練習に出れない事も結構あったし、演奏会が近づいてからのパート練習には、ついぞ一度も行けなかったので、他の人達に比べて練習不足である事は間違いないでしょう。
でも、そんなオレでも、そういう無謀な事をやってしまえるのが、高山室内合奏団のすごいところなんですけどね。

オレが入団して初めての定期演奏会だったわけですが、クリスマスファミリーコンサートを経験しているだけに、戸惑う事もなく、スムースに進める事ができたと思います。
演奏会前日のゲネプロ(General Prove 総練習)と、本番当日の事を書いてみますが、今回の『その1』では、前日のゲネプロの事を書きます。


3日の午後からのゲネプロは、楽団員が13:00に集合して舞台の準備をし、14:00から、『聖なる墓に』、ハイドン、『夏』、食事休憩をはさんで『未完成』の順に進められる事になっていましたが、オレは店の営業が終ってから行ったので、芸術堂に着いてホールを覗くと、ハイドンの第2楽章が始まったところでした。
ホワイエで調弦をしてからホールに入り、第3楽章が始まるところで加わりました。

オレの席は、第5プルトのウラ・・・・これを説明すると、1つの譜面台を2人で見ますから、2人で1プルトになるわけですが、指揮者に近い方から第1プルト、第2プルトとなり、外側(客席側)がオモテで内側がウラになります。
トップの人が第1プルトのオモテに座り、次の人がウラ、その次が第2のオモテという順で、座りますから、一番下手なオレは、一番後ろのウラになるわけです。

同じプルトで隣に座っているのは、このオーケストラ出身で、現在京都大学のオーケストラで弾いている学生さんだし、反対側の隣は、弦楽器製作者のドンマイヤー鈴木さんの奥さんで、お二人ともヴェテランであり、エキストラの常連なので、オレは安心して弾けますね。
オレが加わった後、第3第4楽章をやったところで頭へ戻り、管楽器も加わって、最初から通しての練習になりました。

ハイドンが終ったところで短い休憩がありましたが、みんな自分のパートを練習してます。

本番と違い、みんな結構ラフな格好でやっていますが、かく言うオレも、パーカにフットボールパンツといういつものスタイル・・・・楽器を弾く事もスポーツの一種だと思ってますから。

その後、ソロの井上先生も加わってヴィヴァルディの『四季』の『夏』をやりました。
ハイドン、ヴィヴァルディともに、テンポが速い上に細かい音型が多く、オレの技術では到底無理、というところが結構あります。
一番苦手な、移弦を伴う分散和音がやたらと出てくるし・・・・
まぁ、間違った音を出すより、出さない方がいいわけですから、できないところはエアヴァイオリン・・・・というか、音を出さないように弾いてますけど。

『夏』とハイドンでは、通奏低音としてチェンバロが加わります。

 
ここで食事休憩に入りましたが、気がついてみると、もう5時半・・・・こういう時って、時間が経つのが早いですね。
すぐに食事に行く人もいれば、舞台に残って練習している人もいます。


この休憩中、照明の落とされたステージで、井上先生がバッハの『無伴奏』を一心に弾いてみえましたが、やっぱりプロのテクニックってすごいですね。


食事休憩の後は、メインの『未完成』です。
オレ自身の愛する曲であるとともに、今回のプログラムの中で一番「弾ける」曲でもあるので、この曲を演奏している時が一番楽しいですね。
それに、二管編成(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペットが各2本に弦楽5部とティンパニの編成)にトロンボーンが3本加わった、大編成のオーケストラの響きは、やっぱり違います。
その響きを自分達が作っている、という事を幸せに思いますね。

さて、その『未完成』での管楽器の配置が変更になりました。
最初の予定では、2段の雛壇の前列に木管楽器、後列に金管楽器とティンパニが並ぶ事になっていたのですが、

中央部にだけ2段の雛壇を作り、前列にフルートとオーボエ、後列にクラリネットとファゴットが並び、雛壇の左にホルン、右に金管楽器とティンパニが並ぶ事になりました。

木管楽器と金管楽器が、それぞれ集まる事で、お互いに音を聴く事ができますから、合わせやすいわけです。
『未完成』の最初の主題は、オーボエとクラリネットがユニゾンで吹きますから(ハンガリーの民族楽器タロガトーの音を模しているそうですが)、この方が合わせやすい事は確かですね。
それに、金管楽器を弦楽器と同じ床面に配置する事で、木管楽器の音とのバランスが良くなったように思いますね。

ホルン奏者と木管楽器奏者の打ち合わせ。(ホルンは金属製の楽器ですが、分類上は木管楽器です。)


その『未完成』の演奏は、本当に楽しい。
曲自体が好きな上、オレの技術レヴェルでも8〜9割方は弾けますから、自分で弾いている、という実感が嬉しいんですよ。
だから、演奏しているうちに感情移入してしまうし、そういうせいもあって、速く終ってしまうように感じます。

アンコールの曲は、同じくシューベルトの『軍隊行進曲』・・・・本当にノリのいい曲だし、技術的にもそれほど難しくないので、勢いで弾いてしまいますが、いや〜、実に楽しいですねぇ。
この曲では、セカンドヴァイオリンは一度も旋律を弾く事はなく、伴奏の『刻み』だけなんですが、それでも楽しいんですよ。
最後の盛上げとしては、最高の曲ですね。

この後、連絡事項が伝えられ、ゲネプロは終了しましたが、後片付けをしている時も、期待と緊張を孕んだ空気が感じられて、ワクワクした気持ちになっていましたけどね。


本番当日の事は『その2』で。

では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2011年08月31日

定期演奏会のお知らせ

Ciao. spockです。

8月も、もう終わりかぁ。
なんか今年は、夏らしい事を何もしないうちに、夏が終わってしまったような気がします。
おかげ様で、8月は忙しく、ブログの更新もできませんでしたが・・・・

今年はプールにも行き損ねて、8月も中旬になって初めて行きましたが、2回目に行ったのは、最後の日曜日の28日。
500mほど泳いで、後はプールサイドで寝っ転がっていたら、全身日焼けで、今もヒリヒリしてますけど。
 
今年は夏休みをとって、三重県の伯父さんのところへ遊びに行こうと思っていたのだけれど、結局今年も行けなかったなぁ。
まぁ、カネもヒマもないから仕方ないか。
  
ここで、お詫びをひとつ。
現在、パソコンの不調により、ケータイサイトの更新ができないため、『本日のランチ』が止まったままになっています。
Windowsが起動できないため、いろいろ修復を試みているところですが、あまりいい状態ではなく、パソコンを買い替えるしかないかなぁ、って思っているところです。
もうしばらく、お待ち下さい。


さて、本題の『お知らせ』です。
高山室内合奏団の第8回定期演奏会が、9月4日の日曜日14:00から、世界生活文化センター芸術堂で開催されます。



今年の演奏会の曲目は、ヴィヴァルディの弦楽のためのシンフォニア『聖なる墓に』、同じくヴィヴァルディの『四季』から『夏』、ハイドンの交響曲第42番 ニ長調、そしてメインがシューベルトの交響曲第7番『未完成』という、大曲かつ難曲が揃いました。
今回初めて、ロマン派の曲がプログラムに入ったわけですが、『未完成』は、通常の2管編成に3本のトロンボーンが加わる、編成の大きいオーケストラが必要な曲なので、高山室内合奏団の演奏会では、過去最大の編成になります。

高山室内合奏団は弦楽オーケストラですから、管楽器の人達にエキストラとして加わってもらうのですが、管楽器の人たちも加わっての隔週の『全体練習』では、オーケストラの響きを実感して、幸せな気持ちになりますね。

演奏会に向けて練習が続いていますが、毎週日曜日の練習に加え、7月からは、毎週火曜日にヴァイオリンのパート練習が始まり(オレは仕事の都合で参加できませんが)、8月に入ってからは、さらに毎週土曜日の練習が加わっています。
まぁ、そこまでやらないと音楽としてまとまらない、という事で、皆さん、それぞれ仕事があるわけですが、何とか都合をつけて参加し、練習に励んでいます。

このオーケストラの団員の中で一番経験が少ない(下手な)上、仕事の都合上練習に参加できない事が多いオレは、時間を見つけて自主練習していますが、技術的にどうしても無理、というところが結構出てきます。(まぁ、ヴァイオリンを習い始めて2年にもならないのに、こういう曲に挑戦するというのは無謀と言うものなんでしょうけどね。)
間違った音を出すのは避けたいので、どうしても無理なところはエアヴァイオリンをやってますけど、本番までに、誤魔化さずに弾けるところをできるだけ多くしたいものです。

第8回定期演奏会は、9月4日(日) 世界生活文化センター芸術堂にて 14:00の開演です。
入場は無料ですので、ぜひお出で下さい。
また、無料のシャトルバスが、高山バスセンターから13:20と、飛騨センターから15:50に出ますので、そちらもご利用下さい。


さて、お知らせを一通りしたところで、合奏団の練習について書いてみます。
練習は基本的に、毎週日曜日の18:45から、南小学校の多目的室で行われます。
演奏会が近づくと、パートごとの練習や、管楽器の人達を加えての全体練習が増えてきます。
指揮者の鴨宮さん(左)

コンサートミストレスの町川さん(中)

セカンドヴァイオリントップの吉木さん(右)










ヴィオラの小淵さん、チェロの西先生と広田さん。

ヴィオラは人数が少ないため、練習の時はいつも小淵さん一人で、文字通りの『孤軍奮闘』です。

チェロは人数が多く、音の基礎となる低音部をしっかりと支えます。






木管楽器の皆さんと、後ろはトロンボーンさん
















全体練習の時は、実際にホールを使って練習する事もあり、そういう時は、ホールの響きの中にいる事を幸せに思いますね。
国府の『さくらホール』がオープンした翌日に、さくらホールを使っての全体練習がありました。

初めてのホールに行くと、思わず手を叩いて残響をチェックしてしまいますが、ここは残響が長く、良いホールだと思います。



本番と同じ、飛騨芸術堂を使っての練習では、本番と同じ配置で練習します。
舞台の前の方には弦楽器とチェンバロが並び、

後ろには雛壇が2列で、前の列には木管楽器(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン)、後ろの列には金管楽器(トランペット、トロンボーン)とティンパニが並びます。

舞台から客席を見ると、こんな感じ。

練習中の一コマ。

管楽器の皆さん。

舞台袖のモニタールーム。


本番1週間前のさくらホールでの全体練習、休憩中の風景。
去年に引き続きドイツから参加のオーボエのクラウディア ショップマンさんは、日本語がペラペラなので(漢字も書けるそうですが)コミュニケーションの不安は全くありません。


テノールとバスのトロンボーン。未完成には、アルト、テノール、バスの3本のトロンボーンが使われますが、バストロンボーンには、第2楽章の終わりの方で、ppp(最弱音)の難所が出てきます。


休憩中も、コンサートミストレスと技術的な打ち合わせ。


ホルンは、ハイドン、シューベルトともに活躍します。


舞台上の機材を撤収した後も、話し合いが続きます。



アマチュアオーケストラの場合、長く経験を積んだ「弾ける人」も、オレみたいに1年そこそこの経験で入団した「弾けない人」も居るわけです。
弾ける人がパートの前の方に座ってリードしていくのを、後ろの方に座っている弾けない人がついていく事になりますが、どのレヴェルに合わせるのか、という事が問題になりますね。
この楽団の中で一番下手な奏者であるオレは、ついていくだけで大変ですが、それでも、なんとなく合わせ方みたいなものが分かってきたような気がします。

今回のプログラムの中で、弾いていて一番楽しいのは、なんと言っても『未完成』ですね。
オレが音楽にのめり込むきっかけになった曲でもあり、当然大好きな曲でもある上、曲全体を音として憶え込んでいるからなんでしょうね。
それに、オレ自身の音楽的な感覚が、ロマンティックでありながら古典的な形式を保っている『前期ロマン派』の音楽に一番共感する、という事もありますけどね。

それに比べると、ハイドンやヴィヴァルディは、弾いているのが辛いところが結構あります。
曲自体に対する共感度が『未完成』ほど高くない事もあるのでしょうけど、現在の主流である『古楽器オーケストラ』・・・・作曲された当時の楽器を使う小編成のオーケストラ・・・・が演奏しているような『超快速』テンポが、どうも苦手なんです。
技術的にも、速すぎて追いつけないところが結構ありますしね。


まぁ、そんなふうに悪戦苦闘しながらも、経験を重ねる事で少しずつ分かってくる事が結構あるので、オーケストラで演奏する事は本当に面白いと思っています。
オレは一番下手なメンバーですから、技術的な事は教えてもらう一方ですが、そういう事が経験として積み上げられていくんでしょうね。

このところ練習の時に、いつもトップの方でしっかりとした音と音程でリードしてくれている鴨宮小穂さんと並んで弾く事が多いのですが、やはり上手い人と一緒に弾くのは、いい経験になりますね。
小穂さんの音を聴きながら自分の音程を修正して弾いていると、音程がピタッと合う時があるんですが、そういう時のクリアな響きは、本当に気持ちがいい。
まだまだ低レヴェルな次元での話ですが、そういう気持ちの良さがアンサンブルをやる原動力になるんだろうと思うし、ほんの少しではありますが、合わせる事が出来た時の快感、みたいなものが、下手なりに分かってきたんじゃないかな、って思うのです。


オレは、演奏の技術的な事については何も言えませんが、さんざん音楽を聴いてきた経験上、音楽的に言える事はあると思います。
このオーケストラをもっと良くするために、こうした方がいいのではないかとか、これは違うだろう、って思う事がいくつかあるのですが、それについては、演奏会が終わってから書きたいと思います。
とにかく今は、少しでもヒマを見つけて練習するしかないですからね。


定期演奏会への皆様のお越しを、お待ちしております。
また、定期演奏会当日に都合が悪い方は、前日のゲネプロを見て頂く事も可能ですので、芸術堂にお出で下さい。


また、音楽が好きな方、オーケストラに興味のある方は、ぜひ一度練習を見に来て下さい。
見学は大歓迎ですよ。
スケジュールと場所はこちらの『団員の方へ』をクリックしてもらうと見れますよ。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 07:40Comments(2)TrackBack(0)音楽

2011年07月16日

6周年感謝パーティー

Ciao. spockです。

暑いですねぇ。
暑い暑いと言いながら、夏大好き人間のオレとしては、ワクワクしてますけど。
これだけ暑いのだったら、市民プールもオープンを前倒しすれば良かったのにねぇ。


さて、前回のブログにも書いた、LA FENICE 6周年感謝パーティーが、9日の夜にありました。
毎年、声をかけた方のうち、だいたい6割くらいの方が来て下さるので、それを目安にして声をかけているのですが、今年は土曜日に開催した事もあってか、予想以上に多くの方に来て頂き、30人を超えました・・・・人数的には、今迄で一番多いんじゃないかと思います。
そんな事もあって、賑やかなパーティーになりましたが、一部の方には窮屈な思いをさせてしまったのではないかと・・・・

オレは料理を作るのにかかりっきりになりますから、お客さんには、それぞれお好きなようにやって下さい、というのがウチのパーティーの決まり・・・・初めて来られた方は、最初のうちは戸惑っておられるようですが、しばらくすれば、たいてい慣れて、他のお客さんとの話も弾みます。

また、贈って下さった花は、カウンターに飾らせてもらいました。



例年、お客さんが揃うのが、予定時刻より30分くらい遅れますから、そのつもりで準備していたら、今年は結構早い時間に集まって下さったので、結構慌てました。
定刻の10分前にはカウンターが一杯になり、席の方へ移動してもらおうと思ったのですが、話が盛り上がっていて・・・・
とにかく、急いで前菜を準備して、テーブルに並べましたが、その流れのまま、最後までバタバタしていたような気がします。

このブログに書くために、料理の写真を撮っておこうと思っていましたが、前菜の段階で断念し、ひたすら料理を作る事に専念しました。
そんなわけで、今回はあまり画像がありません。


まず最初は、ウチの前菜の定番、生ハムとサラミの盛り合わせ。

それから、ボイル野菜の焦がしバターソース

ボイルしたジャガイモ、ニンジン、セロリ、ブロッコリに、パン粉を加えて焦がしたバターをかけてあります。

普段のコースで出す事はありませんが、食べた事のある人には人気のメニューです。

今回も、初めて食べた、と言われる人が多かったし、評判も良かったですね。










グリーンアスパラのミラノ風

ゆでたアスパラに、半熟の目玉焼きを載せ、パルミジャーノ レッジャーノとバターをかけてあります。

アスパラに、チーズとバターと半熟の卵黄を絡めて食べます。

これも、普段は出しませんが、人気の一品です。




そして、ニッツァ風 海の幸のサラダ(ここからは画像なしです)
ニッツァとは、現在のニースの事・・・・昔はイタリアの領地だったので、古典的なイタリア料理には alla nizzarda (ニース風の)という名前がついたものが結構あります。
アンチョビの効いたドレッシングを、ボイルした魚介類に合わせてあります。


続いてパスタが出ますが、まずは、オレッキエッテ。
Orecchiette とは、小さい耳、の意味ですが、粉を水で練った柔らかいパスタを小さく切り、ひとつひとつ指で押さえて耳の形にしたものです。
このオレッキエッテに、チーズを溶かし込んでドロっとした濃度をつけた、少し辛口のミートソースを合わせてあります。
いわゆる『アルデンテ』ではないパスタですが、これを好む人は結構多いですね。

次は、自家製フェットゥッチーネのベーコン入りトマトクリームソース。
これはホント、北イタリアらしい一品です。
オレ自身、一番好きなソースのひとつです。

次は、ちょうど今年初の収穫をしたばかりのトマト・・・・ウチのために特別に作ってもらっているトマトを使った、トマト入りカルボナーラです。
トマトの入ったカルボナーラは珍しいと思うけど、オレはこっちの方が好きです。
カルボナーラが嫌いだと言う人でも、これなら食べれると言われる事が多いですね。

ここで余興をはさんで、その次は、ポルチーニ茸入りミラノ風リゾット。
サフランをたっぷりと使って黄金色に仕上げたミラノ風のリゾットは、贅沢なリゾットと言われますが、そこへさらにポルチーニを加えた、最高に贅沢なリゾットです。
ウチでは、バターもパルミジャーノ レッジャーノも、ケチらずにたっぷりと使いますから、本当に濃厚な味に仕上がります。


まだ用意してあるパスタはあったのですが、ここから魚料理です。
まずは、スズキの岩塩包み焼き。
もちろん、ホールを暗くして火を着ける演出付きです。

続いて、タイのモンテカルロ風バターソース。
これは、ウチの料理の中でも、ハマる人が一番多い料理です。
ムニエルにしたタイに、ニンニクとアンチョビとバターを同時に焦がしたソースを絡めたものですが、このソースは、パンに付けて食べるには最高のソースなので、イタリア産のクロスティーナとフォカッチャも一緒にお出ししました。


次は、鶏料理で、鶏のヴァッレダオスタ風チーズ焼きです。
スイスとの国境にある、アオスタ峡谷の名物料理で、仔牛を使う時と鶏を使う時では、上に載せるチーズが変わります。
寒い地方の料理だけあって、カロリーのかたまりみたいな料理ですが、「カロリーが高いほど美味い」という言葉を納得してしまう料理です。

もう一品の鶏は、魔女風の鉄板焼き。
本来は、鶏を背開きにして使うのですが、その形がマントを着た魔女のシルエットに似ているため、alla Diavola (魔女風の)という名前がついたのだそうです。
今回は、味のあるモモを使いました。
塩コショウとローズマリーで味付けし、重しを載せて、皮がパリパリになるまで焼きます。
シンプルだけど、鶏そのものの味を楽しめる一品ですね。


肉料理は、まず、トリッパ(牛の胃袋)の煮込み。
香味野菜と共に、5時間ほど下ゆでしたあと、ソッフリット(煮込み用炒め野菜)とトマトで煮込んであります。
時間をかけて煮込んであるので、蕩けそうなくらいの軟らかさになっています。

次は、この前このブログにも書いた、仔牛骨付きロースのミラノ風カツです。

最後に、遅れて来られた方のために、ホウレン草入り自家製タリアテッレのボローニャ風ミートソースをお出ししました。
ホウレン草を練り込んだ自家製のパスタに、10時間以上煮込んだ濃厚なミートソースを合わせてありますが、これだけ濃厚なミートソースは他にないと思いますよ。


去年は、とにかくいろいろ食べてもらおうと、料理の品数を増やしたのですが、すべての方に行き渡らなかった料理があったようなので、今年は品数を減らして一品ごとの量を増やし、すべての人に確実に一品ずつ食べてもらえるようにしました。
まぁ、これが正解なんじゃないかと思います。


今回初めて参加して下さった方の中に、音楽関係の方がおられたので、余興をお願いしていたのですが、わざわざ楽器まで持ってきて頂いて、演奏して頂きました。
高山室内合奏団の団長、鴨宮誠さんのチェロ、奥さんの雅子さんのピアノ、コンサートミストレスの町川加代子さんによるピアノトリオで、エリック・サティの ”Je te veux” ジュ トゥ ヴー(あなたが欲しい)が演奏されました。


続いて、鴨宮雅子さんのピアノで、同じくサティの『ジムノペティ第1番』、さらに、ヴァイオリンの発表会で伴奏をしてもらった細江美津子さんのピアノで、『星に願いを』と『アメイジング グレイス』を演奏して頂きました。
 
クラヴィノーヴァが、早速活躍してくれましたが、こんな感じでミニコンサートができるといいですよね。
そのうちに、定期的にコンサートが開けるようにしたいと思っています。

今回は参加できなかった、一緒にヴァイオリンを習っている加藤秀一君から花が届いたのですが、添えられたカードにこんな事が書かれていました。

ぜひ、やりたいものですね。
ヴァイオリンやチェロのビギナーの人達から、身内だけの発表会をやりたい、という声を聞いていますが、そういう会をやれば、演奏技術を向上させるためにも、きっと効果があると思います。


今年参加して下さった方は、あまり飲めない方が多かったせいか、ワインを20本空けた去年に比べれば、飲んだ量は少なかったようですが、でも、皆さん楽しんで頂けたようです。

来て頂く予定だったのに、仕事の都合で来れなくなった方も何人かおられたようだし、声をかけるのを忘れた方も何人か後になって思い出しましたが、来年はぜひ参加してもらえるように、今からリストを作っておかないといけませんね。
来年、7周年のパーティーができるように、また頑張ってやっていこうと思っています。

7年目の LA FENICE を、これからもよろしくお願いします。


では、また。
CIao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 08:22Comments(4)TrackBack(0)出来事

2011年07月09日

パーティー準備中

Ciao. spockです。

いよいよ今夜は LA FENICE 6周年感謝パーティーです。
今日は朝から、その準備に追われています。

テーブルの上のセットはまだだけれど、イスとテーブルはパーティー用の配置に。


使う材料の一部。



それから、ちょうど昨日、今年初の収穫をしたOさんのトマト

今夜のパーティーでは、久しぶりに『トマト入りのカルボナーラ』を作れますね。

この前、妹のところから来た、クラヴィノーヴァ。

今夜は、これも使って余興をやってもらいます。

今回初めて、土曜日に開催する事にしましたが、明日の事を心配せずに楽しんでもらえると思います。
もっとも、仕事の都合で遅れる、と言われる方も結構おられますが。

来て下さる方に楽しんでもらえるよう、パーティー開始時刻まで、準備は続きます。


では、お待ちしております。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 15:55Comments(0)TrackBack(0)料理

2011年07月01日

仔牛骨付きロースのミラノ風カツ

Ciao. spockです。

前回にも書きましたが、LA FENICE がオープンしたのは、6年前の7月1日でした。
だから、今日から7年目に入ります。
こんな儲けの出ない商売をしている店が6年も潰れずに続いている事が、奇跡みたいな事だと思っていますが、ここまでやって来れたのも、ウチの料理を愛して下さるお客さんのおかげです。
本当に、ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。

この7月1日という日、オレは3軒の店をオープンさせているんです。
1987年、タベルナ・デル・オルソ Taverna dell'Orso(神戸、北野町)
1991年、タベルナ・デル・コッレオーニ Taverna del Colleoni(東京、赤坂)
2005年、ラ フェニーチェ LA FENICE
全くの偶然なんですが、ウチがこの日にオープンしたのも、何か必然性があったのかな・・・・って思う事があります。
まぁ、ここまで続いたのですから、それが良かったのだろうと思うのですが、これからも歴史を積み重ねていけたらいいと思っています。


さて、今回は久しぶりに、料理の話をしましょう。
今回取り上げる料理はコレ。

仔牛骨付きロースのミラノ風カツ Costoletta di vitello alla milanese. です。

この『ミラノ風カツ』は、料理の本を見ると、本の数だけ違う作り方が書いてあるんじゃないかと思うくらい、いろんな作り方が書かれています。
だから、どれが本当の作り方なんだ?、と疑問に思ってしまうくらいなんですが、オレは敢えて、ウチでやっているのが本当の『ミラノ風カツ』だと言ってしまいます。
それには、ちゃんとした理由があるからです。

オレが修行した、神戸『ベルゲン』の安田さんは、ミラノのサヴィーニ Ristorante SAVINI で修行されたのですが、このサヴィーニは、イタリアで一番の格式を誇る店であり、ミラノ料理の最高峰でもあります。
そのサヴィーニのやり方を、オレは安田さんを通して受け継いでいるわけですが、安田さんに教わった時、「これだけの事をすべてやって、初めて『ミラノ風』と名乗れるんだ」と言われたので、オレはそのやり方を、そっくりそのままやっています。
それ故に、正統派の『ミラノ風』だと言っていいと思います。


イタリア料理において、一番良く使われる肉は仔牛です。
厳密に言えば、母牛の乳を飲んでいる状態の牛、という事になりますが、供給量の問題もあって、ある程度草を食べて育った牛も、仔牛として流通している事があるようです。

仔牛の肉は脂肪が少ないので、カロリーが低く、消化も良いのですが、肉質は成牛にくらべてパサパサした感じがします。
そのため、濃度のあるソースと合わせたり、チーズを載せて焼いたり、衣をつけて焼いたりと、必然的にコッテリした料理になる事が多いですね。
まぁ、そのおかげで、赤ワインと合わせる楽しみがあるのですが。


今でこそ、仔牛の部位ごとに分けられたものが冷凍で入ってきますから、必要な部位だけ仕入れる事ができますが、オレがこの世界に入った30年前は、仔牛を手に入れること自体が難しい時代でしたから、いわゆる「売り手市場」というやつで、半頭でしか売ってくれないわけですよ。
で、半頭で仕入れた仔牛を、2日がかりで、骨付きロース、Tボーン、モモ、スネ、スジ等、部位ごとに分けていました。
そのおかげで、構造をしっかりと覚える事ができましたけどね。

さて、その『骨付きロース』ですが、イタリア語では Costoletta コストレッタ と言います。
仔牛が Vitello ヴィテッロ なので、仔牛の骨付きロースは、Costoletta di vitello コストレッタ ディ ヴィテッロ、となるわけです。
仔牛の中でも、一番高級な部分と言っていいと思います。

冷凍で入ってきた『骨付きロース』を解凍すると、こんなふうになります。

左右、7本ずつの骨がついています。

筋が結構多いので、不必要な部分を取り除きながら、分けていきます。
まず、この状態から、

取り外せるものを外しながら、バラしていきます。

左側の尖がったのが『フィレ』の先端で、ここに続くロースとフィレの付いた部分を骨ごと切ったものが、いわゆる『Tボーン』です。
Tボーンは、T字型の骨の片側にロース、もう片側にフィレがついているわけです。
ちなみに、イタリア語では Nodino ノディーノ と言います。

で、骨の間に包丁を入れ、分けていくと、

こんなふうになります。

さらに、筋や骨など、不必要な部分を取ると、こんな感じ。


他の取り外した部分も、肉と筋を分けます。

で、全部分けたのが、この状態。

筋は、ブロード(ブイヨン)を取る時に使います。

さぁ、これでやっと、料理に使える状態になりました。
まず、肉を叩いて、薄く伸ばさなければならないのですが、このままでは厚過ぎるので、半分に削ぎます。

見て分かるとおり、細い筋が結構多いんですよ。
取れる筋は取ってから、叩いて伸ばします。

これは、叩いて伸ばした肉を裏返して見たところですが、筋が良く見えますね。

で、筋切りをします。

見えやすいように、黒いところに置くと、筋切りをしたところが良く分かりますね。

筋切りをきちんとしておかないと、焼いた時に縮んでしまうし、歯応えも良くないので、丁寧にやっておく必要があります。

さらに、叩いて伸ばして筋切りをした肉を張り合わせ、きれいな形に整えます。

厚さはだいたい2mmくらい。
これでやっと、下準備ができました。

日本でカツというと、厚みの厚い物の方がいいように思われていますが、ヨーロッパでは、厚くてもせいぜい5mmまでですね。
衣と肉の両方が美味いバランスを考えると、そういう結論に達するわけです。
おそらくは、あまり肉を食べる習慣がなかった日本にカツレツという料理が入ってきた時、厚い肉を使った方が高級だろう、というような考え方がされたんじゃないかな、って思いますけどね。

この状態の肉は、他の料理に使う事もあり、たとえば、卵をつけて焼き、その上に生クリームで和えたポルチーニ、生ハム、チーズを載せてオーヴンで焼き、パルミジャーノ レッジャーノをふって、セージ入りの焦がしバターをかければ、ヴァッレダオスタ風のチーズ焼き Costoletta di vitello alla valdostana. になります。
また、粉をつけて焼き、マルサーラと赤ワイン、デミソースで味付けし、生ハムとチーズを載せてオーヴンで焼くと、ボローニャ風のチーズ焼き Costoletta di vitello alla bolognese. になります。

今回はミラノ風のカツ、という事で、衣をつけていきます。
塩コショウをして粉をつけ、溶き卵をくぐらせてパン粉の上に載せ、味付けをしてから、パン粉を載せて、しっかりと押さえます。

これを、こんがりと焼き色がつくように焼きます。

焼き上がったのが、こんな感じ。

これに、バターとセージの香りをつけてオーヴンで焼くと、ミラノ風カツの完成です。
好みで絞ってかけてもらうように、レモンを添えて出します。



ところで、この料理に限った事ではありませんが、料理に添えられたレモン・・・・あくまでも『好み』でかけてもらうものですから、まずその料理を食べてみて、必要ならかけてもらえばいいわけですよ。
(オレ自身はたいていの場合、レモンをかけずに食べるのが好きですけどね。)

ところがね、味も見ないうちに、いきなりかけてしまう人が結構いるんですよね。
オレには全く理解できない行為なんですが、皆さんはどう思われますか?


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 20:32Comments(0)TrackBack(0)料理

2011年06月23日

ホント or ウソ

Ciao. spockです。
今回は珍しく、短い間隔での更新です。(笑)
たまたま、アップしやすい素材があったので・・・・


梅雨だから当然とはいえ、ハッキリしない天気が続きますねぇ。
まぁ、夏至も過ぎた事だし、梅雨が明ければ、大好きな夏が待っていますけどね。

カレンダーを見ていて、ふと気がつきました。
ちょうど20年前の6月23日、ダイエーの中内 功CEOに呼ばれて、赤坂のタベルナ・デル・コッレオーニをオープンさせるため、店のメンバーと、5人のイタリア人を引き連れて、朝6時過ぎの新幹線で、神戸から東京へ向かいました。
それまで一度も東京へ行った事のなかった人間が、いきなり東京に住んで店をオープンさせるわけですから、どうなる事かと思っていましたが、なんだかんだで、結局東京には13年以上もいましたね。

20年といえば『ふた昔』という事ですが、まぁ、それだけ歳をとった、という事で、『ダイエット』というものには全く無縁で、20代の頃から変わっていなかった体形が、このところ少し太くなったみたい・・・・
プールでみっともない身体を曝すのはイヤだし、競泳用のビキニが似合わなくなったら終わり、って思ってますから、夏までには身体を絞っておかないと・・・・
まぁね、将来、枯れた爺さんにはなりたくないんで、いつまでも生臭いジジイ、を目指してますけどね。



先日、NFL.com の記事を見て、あれからもう4年も経つのか、と時の流れの速さを痛感したのですが、第4回アメリカンフットボール世界選手権オーストリア大会2011 (The Fourth World Championship of American Football, Austria 2011) が、7月の8日から開催されます。(概要はこちら

オーストリアで開催される事が決まった時、何となく不思議に思ったものですが、ヨーロッパでもドイツ語圏では、結構アメフトの人気がありますね。
ラグビーが普及しなかった事が一番大きな理由のようですが、システマティックなものを好む国民性、という事も理由のひとつのようです。


前回の2007年は日本で開催されましたが、決勝は日本対アメリカと予想して、決勝戦のティケットを手に入れ、台風の中、川崎の等々力陸上競技場まで出かけ、雨に降られながらの観戦。
前半は日本ペースで進んだものの、後半に追い上げられ、延長戦での逆転負け・・・・帰りの電車に乗っている時、急に射して来た陽の光の中で、急に悔しさがこみ上げてきた事を覚えています。
アメフトのワールド・チャンピオンシップについてはこちらに、その決勝戦の事はこちらに書いています。

今回の出場国と組み合わせを見る限りでは、Aグループは問題なくアメリカが勝ち上がるだろうし、Bグループは日本・・・・と言いたいところだけれど、カナダが強そうだし・・・・
今回も日本とアメリカの決勝戦になったら面白いと思いますけどね。
たぶんアメリカは、前回の決勝戦でかなりてこずったので、もっとレヴェルの高いティームで来ると思いますから、アメリカが優勝すると思いますが、まぁ、プロとは違う意味で興味の持てるゲームになるだろうと思います。


さて、では本題に入りましょう。

以前から、アメフトファンの間では有名な動画があります。
NFL Fantasy Files です。
これらの動画については、いろいろと言われているのですが、まぁ、とにかく見てもらいましょう。

まずは『総集編』的な Deluxe Version から。


その他にも、こんなのがあります。






この他にも、かなりのヴァージョンが出ているようなので、Youtube で探してみるのも面白いと思いますが、まぁ、なんと言うか、超人的な『技』の連続で、思わず見入ってしまいますね。
この前ランチに来た、元フットボーラーの山ちゃんに見せたら、食べるのも忘れて見てましたからね。

アメフトは『専門職のスポーツ』ですから、自分のポジションに必要なスキルを、ひたすら磨いていくわけです。
そんな中でもNFLのプロ達は、肉体的にも頭脳的にもトップクラスのプレイヤーが集まっているわけですから、これくらいの事はやって当然、みたいな気もします。(一部の画像には、Do not attempt unless you are an NFL athlete. と注意が出ますが、真似する気にもなりません。)

そう思いながらも、これは本当なのだろうか、という疑いを持ってしまうのも事実。
アメリカ本国でも、インターネット上で、あれは本物か、それともCGか、というような論議がなされています。

たとえば、一番最後のジョー・フラッコの動画では、クレーの割れ方が不自然だとか、クレーはフットボールが当たったくらいでは割れない、とか言われてますが、実際のところどうなんでしょうね。
また、メイソン・クロスビーの、蹴ったボールで鐘をならす動画も、ボールが当たっただけであれだけの音が出るのか、という疑問が出ていましたが、これもどうなんでしょう。

でも、サントニオ・ホームズの、ボールをキャッチしたあと張ったロープの上で静止する動画は、サイドライン近くでボールをキャッチした時、どんな体勢になっても両足をサイドライン内に残さなければならないWR(ワイドレシーヴァー)なら当然の能力のようにも思えます。
ローレンス・マロニー(現デンヴァー・ブロンコス)の、クルマのウィンドウから飛び込んで反対側に抜ける動画では、撮影のためにこんな危険な事をするだろうか、という疑問の声もありましたが、プロのRB(ランニングバック)ならこれくらいできても当然、という気もします。
でも、180cm、100kgの身体が、あの狭い空間を通り抜けるって、すごい事ですよね。

以前Youtubeで見つけた動画で、ちょうどNHKの『目シリーズ』(四つの目、レンズはさぐる、ウルトラアイ、アインシュタインの眼)のような内容のアメリカのTV番組があり(動画を探してみたけれど見つからなかった)、NFLのプレイヤーの能力を、あるゆる角度から撮影して分析していましたが、そこで見たQB(クォーターバック)のボール・コントロール能力はすごいもので、文字通りの『百発百中』でした。
そう考えると、ジェイソン・キャンベルの、続けて投げた2つのボールを空中でぶつけて、2人のWRにキャッチさせる動画も、(一発で成功したとは言えませんが)本物だろうと思いますね。

結果的に、全てが本物とは断言できないにしても、おそらくは本物のパフォーマンスだろう、と言うのがオレの意見です。
ホント or ウソ・・・・皆さんはどう思いますか?


この動画を見た人が、こういうのを見るとアメリカでサッカーの人気がない理由が良く分かる、とインターネット上に書いていましたが、オレも全くその通りだと思います。
現在NFLは、労使問題のこじれからロックアウトが続いているため、今年のシーズンが正常に行われるのか危惧されていますが、なんとか解決して、プロの圧倒的パフォーマンスを見せてもらいたいものです。


ところで、この動画に出てくるプレイヤーたちが、揃いも揃ってダブダブのショーツ(中にはスカートにみえるくらいのもありますが)を穿いているのを見ると、試合の時に、筋肉の形が分かるほどタイトなパンツを着けているのと比べて、すごいギャップを感じてしまいます。

まぁ、本番と練習は別、という事なのかもしれませんが。

でもね、バスケットボールやサッカーなんかで、やたらとダブダブしたユニフォームでプレイしているのを見た時にも感じるのだけれど、アスリートは肉体をさらけ出してナンボのものだろう、って思うのはオレだけでしょうか。








では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 17:50Comments(2)TrackBack(0)スポーツ

2011年06月21日

お知らせ2題

Ciao. spockです。

このブログ、完全に『月刊』状態になってますね。
書きたい事は山ほどあるし、書きかけで完成していない状態の記事も結構あるのですが、それを推敲して完成させるのに一番時間がかかるわけで・・・・
時間が無い、と言うのは、一番安易な言い訳だけれど、このところ、仕事に追われて、書く事に集中できる時間がない事も確かです。

あの震災以来、(ウチに限った事ではないですが)大きい予約は入らなくなりました。
でもその分、新規のお客さんが増えてきた事は確かです。
本当にありがたい事だと思っています。

それとともにありがたく思う事は、来られたお客さんから、他所の店の人に薦めらて来た、と言われる事が結構ある事。
同業者に推薦されるという事は、光栄だし、本当にありがたい事です。

オレは、人の顔を覚えるのが苦手なので、同業者の方が来られても、気がつかない事が多いと思います。
まぁ、何となく雰囲気で、同業者かな、って分かりますが、どこの人かまでは分かりません。
そんなわけで、ウチを推薦してくださった同業者の方には、この場で、ご無礼のお詫びをするとともに、お礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。


さて今回は、お知らせを2つ・・・・

まず、以前お知らせした、ブラウマイスターの入荷停止についてです。

ちょうど前回のブログを書いた直後の事だったので、お知らせが遅れましたが、出荷が再開され、新しいブラウマイスターが入ってきました。

おそらくは、仙台工場以外の場所で、新しく作られたのだろうと思いますが、飲んでみた限りでは、味は変わっておらず、安心しました。

在庫が無くなったら他のビールに替えるしかなかったのですが、在庫の最後の樽を開けた日に、出荷再開の連絡が入りました。

おかげて、なんとか途切れる事無く、ブラウマイスターをお出しする事ができました。

ホント、ギリギリ間に合った、というところですね。

在庫を確保してくれた酒屋さんと問屋さん、すぐに製造を再開してくれたキリンビールさんに感謝します。

でも、改めてブラウマイスターを飲んでみて、美味いビールだと再確認しました。
初めて来られたお客さんがビールを注文された時、黙ってこのビールをお出ししますが、たいていの方が、美味い、って言われます。
で、ブラウマイスターです、って説明するのですが、たいてい、おかわりされますね。
やはり、誰が飲んでも美味いと思うのでしょうね。

ウチでは、ブラウマイスターを、樽冷却式サーヴァーでお出ししています。

生ビールは、25℃を超えると劣化が早く進むので、特に夏は注意が必要ですが、樽ごと冷やすサーヴァーの場合は劣化しにくいので、いつでも良い状態で飲んで頂けます。

また、一番小さい7ℓの樽を使い、常にできるだけ新しいビールをお出しできるようにしています。


ブラウマイスター・・・・程良く冷やして、お待ちしております。

まだ飲まれた事のない方は、ぜひ一度お試し下さい。












ウチがオープンしたのは、2005年の7月1日でした。

ですから、この7月1日で、7年目に突入します。
こんな儲けの出ない商売をしている店が、6年も続けて来れたのは、ウチの料理を愛して下さるお客さんのおかげです。
本当にありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いします。

で、6年目もなんとか潰れずにやって来れたという事で、恒例のパーティーをやります。
去年までは、日曜日(定休日)にやっていましたが、今年は土曜日にやります。
その方が、ゆっくりと楽しんでもらえそうですからね。
7月9日の19:00開始です。
常連のお客さんは、予定を空けておいて下さい。

余興などやって頂ける方がおられたら、ぜひお願いします。
ちょうど、妹のところからクラヴィノーヴァ(電子ピアノ)を譲り受ける事になったので、必要なら使って頂ければいいかと。


考えてみれば、このパーティーの事を、ずーっとこのブログにも書いてきました。
このブログを始めたのが2007年の1月でしたが、ちょうどその年からパーティーを始めたので、全部書いていますね。
2007年、2周年パーティー。
2008年、3周年パーティー。
2009年、4周年パーティー。
2010年、5周年パーティー準備中パーティー終了、料理その1その2その3その4その5その6その7その8

今、読み返してみると、その時の事がハッキリと思い出せますが、LA FENICE が積み重ねてきた『歴史』を実感する事ができます。

毎年、来て頂いたお客さんには楽しんで頂いていると思いますが、今年はさらに喜んで頂けるパーティーにしたいですね。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!    

Posted by spock at 17:45Comments(3)TrackBack(0)

2011年05月20日

超長編 いろいろあって 冬〜春編

Ciao. spockです。

5月ももう下旬かぁ・・・・
やっと、初夏らしい陽気が続くようになりましたねぇ・・・・と言っても、朝晩はまだまだ寒いですが。
毎年、ゴールデンウィークの後は、反動でヒマになる時期ですが、この業界の宿命みたいなものですかね。

ウチの場合、例年ゴールデンウィークはヒマなんですが、今年は自粛ムードもあって、さらにヒマなのではないかと思っていたのだけれど、ありがたい事に大忙しでした。
ただ、こういう時は、一人でやっている限界を感じてしまう事もあります。
朝7時から夜11時までぶっ通し、というのは、体力的には何とかなリますが、気力的には限界に近いですね。

ディナーの場合、お客さんの進行状況を見て、タイミングを合わせながら料理を作ってサーヴィスするわけですから、結構神経を使うし、疲れます。
ウチのディナーの予約は、1日2組までにしていますが、集中力の持続という意味でも、これが限界でしょう。
だから、2組ずつ予約の入った日が続くのは、かなりハードな状況です

先日、ランチに来られた方が、一人でワインを1本空け、かなり酔って帰られたのですが、帰り際にこう言われました。
「店はヒマなくらいでちょうどいいの。忙しかったら身体がもたないよ。」
水商売風の女性でしたから、経験上思っている事を、酔った勢いで言われたのかもしれませんが、ある意味において真理ではありますね。

欲の皮が突っ張って、お客さんを入れるだけ入れるような事をしていれば、ロクな事にはならないでしょう。
料理の質を落とさないように地道にやっていく事・・・・このやり方は変えません。
まぁ、儲けは出ませんが。



さて、では本題に入りましょう。
このブログも、しばらくは『月刊』状態でしたが、以前から書き溜めていたものを仕上げて、一挙にアップします。
今回はひとつずつ独立した話を並べてみました。
飛騨プラネタリウムでのHAYABUSA -BACK TO THE EARTH- 、酒蔵めぐり、発表会、曳き別れ、の4編です。
その結果『超長編』になりますが、かなり前の事もあるので、『いろいろあって 冬~春編』としてまとめてみました。
では、始めましょう。


2月13日、以前にも書きましたが、飛騨プラネタリウムで、HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- が上映されるのを見に行きました。(ここで予告編が見れますよ)
12月に行った時に、『ひだ清見雪まつり』に合わせて11〜13日の3日間だけ再上映される事を、職員の方に教えてもらったので、絶対に見に来ようと思っていたのですよ。
仕事の都合で、最終日にしか行く事ができなかったのですが、見逃したら後がないので、午後最初の回に間に合うように出かけました。 

ところが、会場まで行くと、駐車場がいっぱいで入れない・・・・
待っていても空かなくてイライラしていたら、開演5分前になって、ちょうどすぐ近くのクルマが出て行ったので、急いでそこにクルマを入れ、雪道を走ってプラネタリウムに向かう。

中に駆け込んだところで、受付の人が、あと一人、と言っているのが聞こえたので、受付に行って、一人です、と言ったら、ティケットをもらえました。
ギリギリセーフ!!

ドームに入ると、当然中はほぼ満席。
通路脇にちょうど空いている席があったので、そこに座って開演を待ちます。
ドームが暗くなり、ドーム全体に画像が映った時、それだけで感動しましたねぇ。
この映画は、家庭用のDVDも出ているけれど、やっぱりプラネタリウムのドームで見てこその映画だと思います。

映画の内容については、詳しく説明したところで、実際に見なければ分かりませんから、書きません。
でも言える事は、見に行って本当によかった、という事。
見ている間に何回か、眼が熱くなりましたからね。
はやぶさって、単なる機械とは思えない、感情に訴えかけてくるものがありますね。

はやぶさが地球へ帰って来た時、最後に故郷の地球を見せてやりたい、という事で、大気圏突入の直前、一時的に地球の方を向かせ、地球の画像を撮らせたのです。
その画像のスキャニングの途中に電波が途切れているのを見て、最後に地球が見れて良かったなぁ、って少し感傷的な気持ちになってしまいましたが、映画を見ている間、その事を思い出していました。

この映画が作られたのは1年以上前、要するに、はやぶさが地球に向かっている時だったのですから、はやぶさが大気圏に突入して燃え尽きるシーンは、状況を予想してCG化したものなんでしょうが、実際の映像とそっくりだったのは驚きでした。

映像を堪能し、ドームから出て1階へ降りると、12月に来た時に今回の事を教えてくれた職員さんが受付にみえたので、お礼を言いに行くと、オレの事を覚えていてもらえたようで、しばらく話をしてから、ウチの焼菓子とパンフレットを渡してきました。

その後、この HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- には、新たに HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- 帰還バージョン エピローグ~はやぶさが伝えたもの~ という新ヴァージョンが作られたそうですが、それも是非見てみたいものです。


オレは、宇宙や星に関してはマニアではないけれど、すごく惹かれます。
普段、自分の存在について考える事なんてあまりないけど、宇宙について考える時、宇宙が存在するから自分が存在するのだという事実を、改めて実感できますからね。

オレは子供の頃から、どうしようもなく落ち込んだ時、とにかくスケールの大きいものの事を考える事にしていましたが、そうすると、小さな事に悩んでいるのがバカバカしくなって、すぐに立ち直る事ができるんですよ。
そういう場合、一番手っ取り早いのが、宇宙の事を考える事と、手塚治虫の『火の鳥 未来編』を読む事でした。
宇宙の大きさについてはこの画像が分かりやすいですよ。

最後に、最近見つけたばかりの星雲の画像をリンクしておきます。
いやほんと、想像を絶する美しさですね・・・・中でもオレは、オリオン大星雲が好きです。
そういえば昔、オリオン大星雲の写真を見て、ガッチャマンだ、と言った人がいましたが・・・・って、歳が分かりますねぇ。



冬の高山の風物詩となった『酒蔵めぐり』
前から行きたいと思っていながら、初めて行ったのが去年の事で、しかも終了間際の平瀬酒造さんへ駆け込みで行ったのですが、面白かったので、今年は全酒蔵を回ってみようと、その日が来るのを待っていました。

最初は平田酒造場・・・・銘柄は『山の光』『酔翁』『飛騨の華』ですね。
杉玉のついた看板を見ながら中に入ると、そこは時間の流れが違っているような空間です。
オレの他に6人ほどの人が待っていましたが、ガイドをしてくれるのは、ウチのお客さんで杜氏の平岡君の奥さんです。

酒の香りが漂う中、説明を聞きながら、一つ一つの工程を見ていきます。
すべてが歴史を感じさせる、古びた建物や道具・・・・違う時代へ迷い込んだみたいですね。
途中で、後ろから「あれっ」という声が聞こえたので、振り返ると山ちゃんがいました。
仕事が終わったので来てみたのだそうですが、二人で観光客に混じって見ているのも、なんかヘンではありますね。

見学の最後は、酒の試飲です。

板粕をストーブの上で焼いて砂糖醤油をつけたものもありましたが、ストーブを囲んで、ガイドの人達や平田さんから、いろいろ話を聞かせてもらいました。


次の週は、原田酒造場・・・・銘柄は『山車』です。
観光客が一番多い三之町にあるせいか、中に入ると観光客が結構いますね。
見学希望者が揃うまで店内を見ていたのですが、湯気を逃がすための高い天窓からの光が、いかにもそれらしい雰囲気を出してますねぇ。
酒を仕込むための井戸水が飲めるようになっていたので、飲んでみましたが、美味い水です。

ここでは、先に試飲がありました。

今回もガイドは平岡さん。
ここは酒蔵の規模が大きい事もあり、かなり機械化が進んでいて、太いホースが縦横に走っていますが、蒸しあがった米は、このホースの中を風圧で押し出され、次の工程へ運ばれるわけです。

隣のグループは、外人さんが混じっていて、英語のできるガイドさんが説明しています。
日本国内での日本酒の消費が頭打ちになっている現状では、すこしでも外国のファンを増やす事が必要不可欠ではありますね。


その次の週は、川尻酒造場・・・・銘柄は『ひだ正宗』『天恩』です。
中へ入っていくと、川尻君がニコニコと出迎えてくれました・・・・で、いきなり先制攻撃。
「市民時報の広告に『変わった店』って書いてあったけど、店ではなくてマスターが変わっとるんやろ。」・・・・はいはい、確かにそのとおりです。
まぁね、彼の「我が道を行く」という生き方や、エキセントリックとも思える言動が、オレと似ている事もあって、結構共感するところが多いんですよね。(早い話が『変人』だという事ですが)

オレが行った時は、他のお客さんがいなかったので、ガイドさんに1対1で案内してもらったのですが、ガイドさんは、オレがもう3回目である事を知っていて、普通は説明しないところまで詳しく説明してくれました。
清酒と雑酒の違い、おり酒とにごり酒の違い、酒を入れてあるタンクの下の方に2ヶ所の出し口がある理由など・・・・酒に関する知識を、かなり深いところまで知る事ができたと思います。

ここでは、他の酒蔵とは違い、個人経営の小規模な蔵元の利点を生かして、昔ながらの手法で酒が造られているので、他所ではもう見る事のできない、昔ながらの『船』が現役で使われています。

また、古酒だけを造っている事もここだけの特徴で、それもヴィンテイジにはこだわらず、酒の状態を見て出荷するというあたり、川尻君の面目躍如というところでしょうか。
試飲用の器も、他所とは違う、少し小ぶりのものでした。


川尻君が、食べてみて、と言って渡してくれたのが、クリームに酒を入れたというシュークリーム。

美味かったので、みやげに買って帰りました。


次の週は、二木酒造・・・・銘柄は『玉の井』『氷室』です。
ここは、ちょうど二之町の角にあるので、奥行きのある大きな蔵元である事は知っていましたが、中に入ってみると、その大きさが良く分かりますね。
ここも、結構機械化が進んでいて、太いホースが張り巡らされていました。

4件目になると、説明される事は分かっているので、その蔵元ごとの特徴を探すようになってくるんですよね。
タンクの大きさであったり、酒を寝かせる蔵の構造であったり・・・・
それから、どこの蔵でもそうですが、黒光りしている木の手すりや、角の磨り減った階段を見ると、過去の長い歴史の中で、酒造りの人達が、数え切れないほど行き来をした、時間の重みを感じますね。
『氷室』の名前の入った器での試飲です。

そういえば東京にいた頃、高山からの土産に『氷室』をもって行く事が多かったですね。

顔馴染みになったガイドの人と話をしていたら、二木さんが通りかかり、久しぶりに話をしました。
ずっと以前、二木さんがウチに来られた時、息子さんが働いているカリフォルニアのワイナリーのワインを持って来られたのですが、そのワイナリーの名前が Phoenix Vineyards で、 不死鳥つながりという事で、今でもそのビンをとってあります。



次の週は、平瀬酒造店・・・・銘柄は『久寿玉』です。
ここだけは、去年一度来ているので知っているのですが、やはり抜かすわけにはいきませんね。
三つ巴の紋を白く染め抜いた暖簾をくぐって中へ入る。
以前はここへ来ると、ウチの料理を本当に愛して下さった故平瀬孝太郎さんが、ニコニコと笑いながら事務所から出てきて、延々と立ち話をしたものですが、孝太郎さんが亡くなった今、ここへ来ると淋しさを感じてしまいます。

飛騨随一の出荷量を誇る蔵元だけあって、機械化も一番進んでいるようで、通路にはいろいろな機械が置かれています。
ここに限らず、どこの蔵元でも酒蔵の入り口に注連縄が張ってありましたが、近代化の流れの中でも、やはり何より伝統を大切にしている事が分かりますね。

スリッパに履き替えて2階へ上がると、麹つけの作業をしているところでした。

発酵させるタンクが並ぶ部屋では、タンクの中を見る事ができました。

そのタンクの並ぶ部屋を出たところで試飲。


孝太郎さんがウチに来られた時は、いつも食事の時間より食後に話をする時間の方が長かったのですが、酒造りの話が出た時に、こんな事を言われました。
「今は『淡麗辛口』が持て囃されているけれど、自分はもっと濃厚な辛口の酒を目指している。」
「出来のいい酒を持っていけば、コンクールで受賞する事は難しい事ではない。それより、受賞した酒と一般に販売する酒の差を小さくする事の方が大切だ。」
「調味料を使って量を増やす造り方もあるけれど、ウチは本当の清酒だけを造る。」
オレは、そういう孝太郎さんの真面目な考え方に共感していたのだけれど、孝太郎さんの志が、これからも受け継がれていってほしいと思います。


本来なら、この次の週は、田邊酒造場のはずだったのですが、廃業される事になったため、平瀬さんが2週間続けて実施しました。
でも、田邊さんの酒蔵を見てみたかったなぁ・・・・ 


最後の週は、船坂酒造店・・・・銘柄は『深山菊』『甚五郎』『四つ星』です。
経営者が変わり、建物も改装され、多くの観光客が訪れる場所になっているようですね。
通路を通って奥の作業場へ行くと、顔馴染みになったガイドさんが迎えてくれました。

人数が揃うまで、しばらく待っていたのですが、すぐ横で、外国人のグループが英語での説明を聞いていました。
こういう場合、日本人より外人の方が真剣に説明を聞きますね・・・・というか、日本人はこういう場合、説明を聞き流す人が多いように感じるのはオレだけでしょうか。
せっかくの説明を聞き流すのは、もったいないと思うのですけどね。

ここでは、米のサンプルが並べてあって、実際に使う時の削り具合が見て分かるようになっていました。
酒の種類にもよるのでしょうが、ここまで削って使うものなんですね・・・・知識としては知っていたけれど、実物を見ると、改めて驚きます。

中庭に面した酒蔵の前で試飲です。
ここの試飲用の器は、他所とは全く違う、平たいものでした。


で、3日後、もう一度ここへ足を運びました。
というのも、前回来たときに、ガイドの平岡さんが誕生日だと言っておられるのを聞いたので、ウチで誕生日のお客さんに渡している焼菓子を持って来たわけです。
中へ入っていくと、奥の方から、シェフが来てる、って声が聞こえて、出てきたのが杜氏の平岡君・・・・オレが入ってくるのを、2階から見ていたのだそうです。

奥さんに焼き菓子を渡したところで、またちゃっかりと試飲・・・・今回は器が変わって、他所と同じものになっていました。

その後、平岡君に案内してもらって、ここのレストランで働いている元劇団無尽舎の団員だったニシケンに会いに行き、3人で話していたら、社長の有巣君が通りかかり、しばらくいろいろと話をしてました。
ここでは、酒の入ったガトーショコラを食べてみましたが、美味かったですよ。


全酒蔵を回ってみて、本当に面白かった・・・・来年もまた、回ってみようと思っています。
まだ行った事のない方、お勧めですよ。



未曾有の地震と津波が東日本を襲った2日後の3月13日、ヴァイオリンの発表会がありました。
去年は『蔵茂』さんでやりましたが、今年は新宮の教会で行われました。
教会って、残響が多いというイメージがありますが、残響があった方が、演奏のアラを隠してくれますから、ありがたいのですけどね。

今回弾く曲は、ドヴォルザークの『4つのロマンティックな小品』の第1曲
オレの最も好きなヴァイオリニストの一人である、チョン・キョンファの『スーヴェニール』というタイトルのCDに入っていて、初めて聴いた時、なんていい曲なんだろう、って思ったんですよ。

この曲は、技術的にはそれほど難しくないのだそうですが、ファーストポジションしか使えないオレにとっては、重大な問題があるのです。
この曲のメロディーには、1オクターヴの跳躍が結構出てくるのですが、弦を1本飛び越えての移弦になる事が多いため、どうしてもメロディーのラインが切れてしまう事になるわけです。
もともと正確な移弦が苦手なオレにとっては大問題・・・・それをいかにそれらしく弾けるか、という事なんですが、さらに指使いの苦手な B dur(変ロ長調)という事もあって、問題山積み状態です。
少しゆっくりめのテンポで弾く事で、なんとか問題を小さくすることができそうですが、とにかく、完全に暗譜する事と、ボウイングとフィンガリングを覚える事から始めます。

旋律の名手ドヴォルザークのメロディーをそれらしく弾くためには、大げさにならない範囲での表情をつける事が不可欠ですが、それがまた難しい。
先生から、一度自分の演奏を録音して聴いてみるといい、と言われたけれど・・・・そんな勇気はない。

基本的な技術を身につけるのに苦労しているのに、なぜかそれだけは苦もなくできてしまったヴィブラート・・・・これを有効に使いたいと思いながらも、音程が定まらないうちにヴィブラートを使うと、聴いていて気持ち悪くなるし・・・・
まぁ、習い始めて1年半も経っていない人間が、この曲を一月半で仕上げようなんて、無謀な挑戦である事は間違いないのですが・・・・


今年、伴奏をお願いしたのは、細江美津子さん・・・・ピアノの先生です。
去年の発表会を見て下さったのですが、その後ウチへ来られた時にお話していたら、オレがヴァイオリンを習い始めたのとほぼ同じ時期に、細江さんもチェロを習い始められたそうで、お互いに『同志』のような気持ちがあったのかもしれません。
その時細江さんが、来年は私に伴奏をやらせてよ、って言って下さったので、今回の伴奏をお願いしに行ったのですが、翌週に細江さんの音楽教室の発表会があるという忙しい時期なのに、こころよく引き受けて下さったのです。

で、本番の半月ほど前、細江さんの教室へ行って、実際に合わせてみたのですが・・・・ガチガチに緊張して、まともな音がでなかった去年に比べれば、緊張する事もなく弾けたけど、まだまだ思うようには弾けません。
録音してみよう、と言われて一瞬怯みましたが、勇気を出して挑戦してみました。

まぁね、聞いてみると、やっぱり酷いものでした・・・・でも、思ったより上手く弾けている部分も、少しだけどある・・・・弱点になっているところが分かったので、特にそこを練習する事にしましょう。
細江さんが、伴奏だけを入れたCDを作って下さったので、それに合わせて練習できますね。

本番1週間前のレッスンでは、細江さんにも来てもらって、伴奏つきで先生に見てもらったのですが、先生からすれば、本当に大丈夫かよ、ってくらいの出来で・・・・
この曲は、AABBCの形式・・・・前半と後半を2回ずつ繰り返し、最後に短いコーダが付く・・・・なのですが、弾いているうちに、1回目か2回目か分からなくなってしまったのですよ。
これはもう、感覚的に覚えるしかないのですが、最後の1週間で、どこまで追い込めるかが問題になりますね。


本番当日は、リハーサルが一番後なので、余裕を持って教会へ向かいました。
新宮の教会へは初めて行ったのですが、明るくて雰囲気も良く、そこそこの残響もあって、発表会の会場としては最高ですね。

他の人のリハーサルの間、落ち着かずに教会の中をウロウロしてましたが・・・・















先生のリハーサル。
さすがにプロの演奏はスゴイ!!

でも、この後オレがリハーサルをするのは、気が引けますねぇ。










で、オレのリハーサルの番になり、弾き始める前は、去年、緊張のあまり右手が強張って、まともな音が出なかった事が思い出されて心配していたのですが、最初の一音が普通に出たので、後はいつも通りに弾くだけ・・・・途中、ちょっと危なっかしいところもあったけど、なんとか最後まで弾き通せました。
実を言うと、前のレッスンの時、音程がしっかりと取れないのならヴィブラートはかけない方がいい、と先生に言われていたのですが、この曲にはヴィブラートが必要だと思って、結構多めにかけて弾いたので、何か言われるんじゃないかと・・・・でも先生は何も言わず、ただニコニコと笑っているだけ。
まだ時間があるよ、って言われたので、もう一度弾いて、リハーサルは終わりました。
後は本番です。

リハーサルが終わったら、急にハラが減ってきたので、コンビニへ買い物に行ったのですが、すぐそばに Plants+ があることを思い出し、立ち寄ってじんさんとしばらく話をして、緊張をほぐしてきました。


発表会は1時半開始で、オレは2番目に弾く事になっています。
去年も2番目だったけど、2番目って、なんかビミョーに緊張する順番ですね。
最初に弾く加藤君は、ウチに食事に来て、話をしているうちにヴァイオリンを習う事になったという経緯があり、習い始めて約1年ですが、バッハのト長調のメヌエットを弾きます。
もともとギターを弾いている事もあって、舞台慣れしているせいか、実に様になっている。
弾き終えた後、司会の鴨宮さんも、習い始めて1年とは思えない演奏でした、と言われましたが、次に弾くオレは、余計にプレッシャーを感じてしまいますね。

いよいよオレの番です。
舞台に上がり、客席を見回し、口を開く。
去年は挨拶の後、言い訳的な話をしたのですが、今年はそういう話はせず、伴奏者の細江さんを紹介し、 
 
すぐに演奏に入りました。


最初の一音さえ出せれば、あとは上手くいくはず・・・・
緊張していたせいか、出だしの合図の出し方が曖昧になって、最初の音が伴奏と少しずれましたが、音自体はしっかりと出たので、後はいつものとおり弾くだけ。
緊張はしているのだけれど、その反面、わりと醒めた自分がいて、弾きながら、下のCの音は目一杯ヴィブラートをかけようとか、次のフレーズの最後は思いっきりディミヌエンドしようとか、結構いろりろ考えながら弾いてました。

この曲の後半では、移調に伴う臨時記号が多く出てくるので、音程を取りにくいところがいくつかあるのですが、そこで外してしまいましたけどね。
まぁ、それでも、自分では結構落ち着いて弾けたんじゃないかと思います。
長かったようで短い、約4分の演奏が終わりました。

まぁ、自分としては、完成度を上げるより、自分の思っている事を表現する方に力を入れたのだけれど、そういう意味では上手くいったのではないかと・・・・
演奏後の鴨宮さんの評に「音楽的な表現」という言葉があったので、分かってもらえたんだな、と少しうれしくなりましたね。
まぁね、上達速度は遅いけど、少しずつ進歩しているのではないかと・・・・

オレより後に弾く人達は、キャリア6年以上の人ばかりで、弾く曲も小品ではなく、ソナタやコンチェルトの一楽章を弾きます。
オレの演奏のようにハラハラさせる事はないですから、安心して聞いていられますね。
途中に休憩を挟んで、子供達の演奏もあり、4歳の男の子は途中で寝てしまったので、順番を変更して最後に弾いたのですが、ぐずりながらステージに立ちながらも、きちんとした音程で「むすんでひらいて」を弾いたのには驚きました。

休憩の時、控え室に戻ると、先生がニコニコしながら「西野さん、弾き切ったねぇ。」って言われたんですよ。
おそらく先生は、オレがこの曲を弾き通すのは難しいと思われていたんでしょう。
いつだったかレッスン中に、この曲は難しいよ、って言われた時、オレは能天気に、この曲を弾き通せるようになったら凄い進歩ですよね、なんて言っていたのですが、そういう意味で、進歩できたのだと思います。
来年の発表会では、どんな曲が弾けるようになっているのか、楽しみではありますね。

ここでお知らせです。

6月5日の日曜日の午後1時30分から、新宮教会で、いろんな楽器をやっている人達が集まって、Musica Libera という演奏会をやります。

ソロだけでなく、アンサンブルの演奏もあり、入場無料ですので、ぜひ、お出で下さい。
(問い合わせは、鴨宮さん 090-7308-6449 へ)

オレは上記のドヴォルザークを弾きますが、多分オレが一番経験の浅い出演者になるはずなので、余計に緊張しそうな気がします。












ウチは飛騨総社の氏子で、春祭りも秋祭りも関係ないせいか、全くヒマなので、夜は店を閉めて、夜祭を観に行く事にしています。
で、今年も、曳き別れを見に行ってきました。
3年前にも『曳き別れを観に・・・・』というタイトルで書いた事がありましたが、その後も、雨が降った時を除いて、観に行ってます。

今年のコースは、本町を下って安川通りに入り、上一之町を上がって、新装された『まちの博物館』前の順導場で曳き別れ、というコースです。
毎年、曳き別れの最後は、上三之町の恵比須台組へ行く事にしていますが、今年もそこを通るのは恵比須台だけですね。


7:30に家を出て本町に向かいましたが、先頭はまだ、1丁目あたりにいるようです・・・・えらく遅いな。
まだまだ時間がかかりそうなので、その間に、重要ポイントになりそうな場所を、あちこち見回っておきます。
順導場の前は、まだまだのんびりとした雰囲気・・・・屋台が近づくと、一気に緊張感が漂うんですけどね。

筏橋を通る時、鍛冶橋を見ると、まだ屋台の姿は見えないけれど、太鼓の音が聞こえる方向からすると、もうじき神楽台が鍛冶橋の上に現れそうです。
で、急いで柳橋へ移動すると、山ちゃんが橋の欄干に座っていました。
山ちゃんと、今年は遅いなぁ、なんて言いながら、いろいろ話をして待っていると、鍛冶橋の上に神楽台が現れました。
橋の上の人達の間から、一斉にシャッターの音が響きます。

神楽台が鍛冶橋を渡り終わってしばらくすると、三番叟が見えてきました。
う~ん、いつもだと、橋の上に屋台が並ぶのだけれど、今年は進行が遅いようですね。
続いて、龍神台が通り、石橋台が見えてきたところで、山ちゃんと別れ、順導場へ向かいます。 

順導場は、オープンしたばかりの『まちの博物館』の前・・・・まだまだ人はまばらです。
まちの博物館を覗いてみようかとも思いましたが、時間を気にしながら見るのも落ち着かないので、そのまま待つ事に。

すぐ横では、Hits net TV のスタッフが、カメラの準備をしていました。

それから待つ事、約20分・・・・獅子舞を先頭に、行列がやってきました。
で、順導場の前で、獅子舞が始まりました。
この場所、見るのにはいいのだけれど、照明が逆光になって、写真を撮るには最悪。

続いて、神楽台が近づいてきます。


順導場の前で止まり、代表者が押印し、酒を受け取って出発です。
神楽台が離れていった後、続いて三番叟が来るはずなのに、なかなか来ない。
どうしたんだろう、と思っていると、裃の人が走って来て、三番叟が電線に引っかかったので電線を切って動かした、というような報告をしているのです。
まぁ、毎年何かのトラブルはあるのでしょうけど、3年がかりの改修が終わったばかりの三番叟にトラブルとは、いきなりですねぇ。

その三番叟がやって来ました。

確かに、前の恩雀(頭が龍の鳳凰)の尾羽が後ろへ反っているように見えましたが、次の日に撮った写真で見ると、それがよく分かります。

順導場で押印し、酒を受け取って、

囃子を『高い山から』に変えて、離れていきます。
ただ、子供達の歌声が聞こえないのは、なにか物足りませんね・・・・歌っているのは、大人ばかりですから。

続いて龍神台がやってきました。
3年前だったか、順導場の前でからくりの龍神を動かして、観客を沸かせた事がありましたが、今年は静かに離れて行きました。

龍神台も子供の歌声が聞こえない・・・・『自粛』なんでしょうか。

続いて石橋台、それから崑崗台がやってきました。
結構写真を撮ったのだけれど、ケータイのカメラがおバカで、ピント合わせが上手くいかず、画像は無し。
続いて、琴高台が通り

麒麟台が近づいてきました

以前、群鳳>与鹿=麒麟台・・・?というタイトルで麒麟台の事を書いた時、その下段の独自の構造についても書いたのですが、その構造を上手く使って、暗い夜祭でも、下段の与鹿の彫刻が見えるようにしてありますね。

下段の回廊部に照明を入れて、周りを透明のヴィニールで覆ってあります。
上記の、麒麟台について書いた文の中に、子供の頃、夜祭で麒麟台の特殊な構造に気がついて追いかけた事を書いていますが、その頃すでに下段の彫刻を照明で照らしていましたから、考えた人はエライと思いますね。

続いて青龍台が来ました。

中段に子供達がたくさん乗っていますね。

さらに五台山(画像無し)、鳳凰台が続きます。


恵比須台がひときわ大きく囃子を奏しながら続き、殿は大国台です。
大国台組は、屋台の前に子供達が並び、囃子を演奏しました。(全然ピントが合ってねぇ)


最後に宮本の黄鶴台組が、唄いで納め、曳き別れも終わりです。



オレはここから恵比須台を追いかけます。


先回りして、船坂酒造の前で待っていると、恵比須台が姿を現わし、

だんだん近づいてきました。

ここで見る夜祭の景色は、例えようもなく美しいですね。
しかし、両側の軒との間は10cmくらいしかないのではないかと・・・・

目の前を通り過ぎる時、見上げると、本当にギリギリのところを通っていますね。

町並みと屋台の調和、という意味では、これ以上の場所はないでしょう。


一番端まで行った後、屋台蔵の前まで戻り、

乗っていた子供達を降ろした後、提灯をはずして、蔵に入れます。


高山の屋台中でも最大級の大きさを誇る恵比須台は、この狭い道で方向転換しやすいように、方向を変えるための『戻し車』が前後に二つ付いていると聞きましたが、見ていると、その必然性が分かります。
おそらく、屋台を蔵に入れる時の難しさでは、この狭い道で方向転換しなければならない恵比須台と、坂の途中に蔵がある布袋台が双璧でしょうね。
 
以前、大梃子のMさんに、後ろの鳳凰の尾羽が前の鳳凰より低くなっているのはなぜか、と訊いたら、蔵に入れる時、引っかからないように下向きに引っ張るからだ、と言われましたが、蔵に入れるところを見ていたら、確かに、先がT字型になった棒を尾羽の先に引っ掛けて、下から引っ張りながら蔵にいれていました。
高山一の高さを誇る屋台故の苦労なのかもしれません。


そういえば去年、ここで見ていた時、見送りの提灯枠の金具が引っ掛かって動かなくなってしまい、外す事ができるまで、かれこれ15分くらいかかったのですが、その間に、近くにおられた組内の方から、いろいろ話を聞かせてもらいました。

その話の中で、面白かったのが、提灯の話。
このあたりは道幅が狭いので、屋台の通行のじゃまにならないように、軒下に長箱提灯が吊るされているのですが、その提灯に書かれている「献明燈」という文字をよく見ると、燈という字の偏が、火ではなくて、金になっているんですね。

その方は、火事などの火を嫌うので金にしたのではないか、と言われました。

でも、いわゆる『五行』では、金は火に剋されるので、かえって悪いような気もするのだけれど・・・・考えてみれば、火を消す水を生み出すのは金ですから、つじつまは合っていますね。

その方の話では、屋台も古いけれど、組内の付き合いはもっと古く、ウチとお向かいさんは160年からの付き合いだ、との事。

屋台だけではなく、屋台組も重要文化財クラスという事ですね。


後でお聞きしたら、その方は、小学校の同級生で仲の良かったO君の叔父さんでした。
O君も屋台好きで、いつも屋台の話をしていましたが、そういう遺伝子は脈々と繋がっているんだなぁ、って実感しましたねぇ。


やっぱり、この場所で見る夜祭は本当に美しい・・・・
夜祭で、この通りを全ての屋台が通る時には、何をさておいても観に来たいと思っているのですが、何年後の事なんでしょうね。



では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 18:46Comments(2)TrackBack(0)出来事

2011年04月23日

奥飛騨朴念そばの集いIN高山

Ciao. spockです。

前々回のブログでお知らせした、『究極のそばを味わう集い』の内容が決まりましたので、改めてお知らせします。

3月に古川で行われた時の進行状態等を鑑み、一部変更されたところもありますが、次のような内容になっています。





そば好きの方なら何方でも参加して頂けますが、そばを最高の状態で食べてもらう、という会の性格上、食べる方にもそれなりの作法というか、ルールを守る事が要求されます。
ルールと言っても難しい事ではなく、たとえば「そばと一緒に出される『かき揚げ』は、それ用の天つゆにつけて食べ、絶対にそばつゆには入れない事」というような、子供でも少し考えれば分かる事です。
そばが出る前に、その事についての説明があるのですが、過去の収穫感謝祭に於いても、それを全く無視して食べる人を結構見かけたので、そういうルールを守れる方にだけ参加して頂きたいと思っています。

すでに受付を開始していますが、夜の部の方から席が埋まっていますので、昼夜どちらでも良い、という方は、昼にして頂けるとありがたいです。(ちなみに、オレは昼の部に参加します)

また、ウチの料理を高く評価して下さっている会長の石田さんから、「ラ フェニーチェの料理が分かる方に是非来て頂きたい」とのご意向で『ラ フェニーチェ枠』を頂いていますが、こちらも埋まりつつありますので、参加を希望される方は、お早めにお申し込み下さい。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2011年04月05日

ブラウマイスターの在庫について

Ciao. spockです。

もう、4月かぁ・・・・早いものです。
おかげさまで、3月は忙しかった事もあって、思うように更新できませんでしたが、書きかけのブログを仕上げて、順次アップしていこうと思っています。
しかし、忙しかった割りに、通帳の残高が増えないのはなぜだろう・・・・


さて、時期的な話をひとつ・・・・ウチの母の話なんですが・・・・
水無神社の『生きびな祭』・・・・今年で60回目だそうですが、その第1回の時、ウチの母が、面長だから男雛にピッタリだ、という理由で、何人もの人から推薦されたそうなのです。
ところが母は、目立つ事が嫌いな性格なので(オレとはえらい違いだ)、人前に出る事が恥ずかしいと思い、それを断って、就職が決まっていた名古屋へ行ってしまったのだそうですが、記念すべき第1回に生きびなとして選ばれたかもしれないと考えると、残念な事をしたなって、今になって思うそうです。
まぁ、もしそれが実現していて、写真でもあったら、オレも見てみたいと思いますが・・・・

第60回の生きびな祭は、自粛される事もなく、無事行われたようですが・・・・あっちでも自粛、こっちでも自粛・・・・
極めて日本的な流れとも思えますが、日本中に『自粛』の津波が押し寄せているように見える・・・・と言ったら、不謹慎でしょうかね。

ただ、この『自粛』が、「協議に協議を重ね、討論の結果、断腸の思いで自粛する事になりました」という自粛ではなく、「他所も自粛している事だし、こっちも自粛しておけば間違いないんじゃないの」という『責任逃れ的自粛』に見えてしまうのは、オレが勘ぐり過ぎているからでしょうかね。
この『自粛』というのも、ある意味、日本的な『思いやり』のあらわれである事は間違いないと思うけど、ヒステリックなまでの現状は「過ぎたるは及ばざるが如し」の典型みたいな状態だと思いますね。
身近なところでは、古川祭が神社での 神事以外の行事を中止する事になったと聞いて驚きましたが・・・・祭を自粛するって、どうなんでしょう。

オレは、こういう時こそやるべきだと思うし、本来の祭の意味を改めて考えてみる、いい機会だと思います。
例えば、こういう時だからこそ、夜祭りは提灯の灯りだけを使い、電灯は全て消す、という事にすればいいのではないですかね。
電気の使用量を減らすとともに、暗闇の中に浮かび上がる、夜祭り本来の美しさが見えてくるんじゃないかと思いますね。

そう言うと、防犯上の問題が、とか言い出す人が必ず出てきますが・・・・それが怖ければ見なければいい、家に籠ってろ・・・・すべて『自己責任』でいいんじゃないですか。
別に観光客や見物人に迎合する必要もないし、祭とは本来そういうものでしょう。
祭まで自粛の対象にする人って、祭を遊びだと思っているんじゃないのか、ってオレは思います。

被災しなかった人がカネを使って、経済を停滞させない事が、被災地復興の為に最も重要だと思いますが、「ムダなエネルギーを使わず、きちんと自分の仕事をし、使えるところでカネを使う事」が、今一番しなければならない事だと思いますね。
だから、歓送迎会は普通にやればいいし、花見もやればいいんですよ。
で、使う予定だったお金のうち、一部を義捐金に寄付すればいい。
日本の経済を停滞させないためにも、被災者を助けるためにも、それが一番いいんじゃないかと思うんですけどね。


さて、ウチはいつもヒマな店だという事もあって、世間で言われるほど大震災の影響はなかったのですが、先日、キリンビールの方がみえて、ブラウマイスターが入荷しなくなる、と言われました。
ブラウマイスターは、仙台工場でだけ作られていたので、被災した仙台工場が復旧するまで、ブラウマイスターが出荷できないというのです。
ここへきて、こんな形で影響が出てきました。 

ウチではオープン当初から、ビールは一貫してブラウマイスターだけを使ってきましたが、バターやチーズを多用するウチの料理に負けない濃厚さを持ち、なおかつ料理の邪魔をしないという、本当にいいビールです。

そういう意味での濃厚さにおいて、ブラウマイスターとエビスが双璧だと思いますが、値段が高い事もあって、あまり使う店が多くないんですよね。

ウチがオープンした頃、高山市内でブラウマイスターを出している店は、宵月さんと侘助さん、それにウチの3件だけと聞きましたが、それから3年くらいの間に、6件に増えたと聞きました。

このビールの真価を分かる店が増える事をうれしく思いながらも、増えすぎるのも困る・・・・

6件で頭打ちになったのは、必然的な事だったのかもしれませんね。

一昨年、去年と、下一通りの七夕祭りに出店した時、ブラウマイスターを売ったのですが、おかわりをしに何回も来て下さった方も結構おられたし、キリンビールの方が、わざわざブラウマイスターを飲みにきて下さったり・・・・やっぱり、このビールの美味さは、分かる人には分かるんでしょうね。


ヨーロッパの食文化は、バター/ビール文化と、オリーヴ/ワイン文化に二分されるのだそうですが、その二つの文化の接点にあたる北イタリアは、バター/ワイン文化ですね。
バターとビールは相性がいいのですから、当然、バターを多用する北イタリアの料理にビールは合います。
まぁ、基本的には料理にワインを合わせるのが正道なんですが、敢えて濃厚なビールと合わせる、というのもアリだと思います。
生ハムやサラミ、オリーヴやアンチョビをつまみに飲むのもいいし、つまみなしで、その濃厚な味をじっくりと味わうのも、またいいですね。

そういうわけで、ブラウマイスターが入らなくなるのは本当に困るのですが、状況が状況だけに、仕方がありませんね。


ウチでは、できるだけ新しいビールを出せるように、一番小さい7リットルの樽を使っているのですが、酒屋さんが、その樽を4つ確保してくれました。
それが出てしまえば、他のビールを使う事になります。

早く仙台工場が復旧してくれるといいのですが、ニュースで伝えられた被災状況は、
津波でタンク4本が倒壊。
断水やガスの不通で、再開のめど立たず。

との事。

工場が復旧して製造が再開されても、ブラウマイスターは、熟成に他のビールの1.5倍の時間が必要だそうですから、流通するまでには、かなりの時間が必要になるでしょうね。

ブラウマイスターの代わり使えるビールは何か、という事が問題になりますが、難しいですねぇ。

まぁ、在庫がなくなるまでの間に、じっくりと考えて選ぶ事にしましょう。


被災地の復旧や、原発の放射能漏れなど、日本の前途には困難な問題が山積みですが、何もできないオレは、日本が震災以前以上に発展する事を信じ、無駄に自粛などせず使うべきカネを使い、自分の仕事をキッチリとやっていこうと思います。


では、また。 
Ciao. Arrivederci!!  

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2011年03月18日

究極のそばを味わう集い

Ciao. spockです。

前回の更新から、かなり間が空いてしまいました。
その間、何回も覗いて下さった方、ゴメンナサイ。
例によって店はヒマなんですが、確定申告や、ヴァイオリンの発表会に向けての練習や、もろもろの事に追われて、バタバタと過ごしていたのですが・・・・

そんな中、突如起こった未曾有の大震災と原発事故。
当事者でもないオレが、できる限りの言葉を尽くして書いたところで、何の意味もありませんから、被災者の方々云々、については書きませんが、テレビを通して見る惨状に、祈る事と、少しばかりの義捐金を出す事くらいしかできない自分を、本当にもどかしく思います。
今のオレにできる事・・・・それは、少しでも早い復興を心の底から祈りながら、自分の仕事をしっかりとする事だと思います。
働ける人間が働かなければ、世界が前進することはないのですから。


さて、本題に入りましょう。

過去にも何回か書いた事がある『奥飛騨朴念そばの会
そばのプロや愛好家が集まり、究極のそばを追い求めて、そばの品種の選定から、栽培、収穫、製粉、そば打ち、つゆ、食べ方まで、「本来のそば」のあるべき形を追求されているグループです。

その会長の石田さんが、先日、久しぶりに来店されました。
石田さんは、ウチがオープンして間もない頃に来られて以来、ウチの料理を高く評価して下さって、ちょくちょく来て頂いているのですが、求めるものが同じせいか、話にも共感する事が多く、オレも最初期からの賛助会員として、毎年、収穫感謝祭で、美味いそばを食べさせてもらっています。
その石田さんがカウンターに着くなり、やっと新種の品種登録と商標登録の申請が終わりました、って言われたのです。

日本一美味いと言われる『越前在来種』のそばに、宮川町の在来種を交配した、新種の『飛越在来種』については、こちらに書いていますが、本来なら去年、腹一杯食べる事ができるはずだったのに、長雨の後の猛暑という、そばにとって最悪の天候のため、全国的にそばは不作となり、新種も良い状態のものが少ししか収穫できなかった事もあって、収穫感謝祭は行われませんでした。

で、今回、その新種の品種登録申請を終えたのを機会に、最高の状態でそばを食べてもらう「そばの集い」を行う事になったのだそうです。
新種のそばの量には限りがあるので、古川と高山で1日ずつ、60名限定で行われます。
古川で行われる日はすでに満席になっていますが、高山で配布される予定のパンフレットがあるので(下書きなので一部未定のところがあります)、内容をそのまま掲載します。
未定のところは、決まり次第お知らせします。





不特定多数の人が見るブログの性質上、申し込み先の個人名は消してありますが、参加を希望される方は、ウチへ連絡してもらえればOKです。

会費は¥4000ですが、おそらく原価率は80%を超えるはずで、場所代などを入れれば、持ち出しもあるかもしれません。
とにかく、美味いそばを食べてもらおう、という趣旨の集いですから、儲けの事は全く考えていないようです。(こういうあたりが、ウチのやり方と似てますけど)

そば好きの方なら何方でも参加して頂けますが、そばを最高の状態で食べてもらう、という会の性格上、食べる方にもそれなりの作法というか、ルールを守る事(特別難しい事ではありません)が要求されますので、そういう事を面倒に思う人は、止めておいた方がいいと思います。 


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2011年02月07日

いろいろあって 1~2月編

Ciao. spock です。

2月に入って、やっと平年並みの気温に戻ったようですが、今までが寒かっただけに、すごく暖かく感じます。
暖かいまま春を迎えられたらいいのですが、そうはいかないんでしょうねぇ。

1月末の土曜日は寒かったのに、ランチタイムにお客さんが集中し、15人くらいのお客さんをお断りしたのですが、2月最初の土曜日は暖かいのにヒマでした・・・・上手くいかないものですねぇ。


前々回のブログで、今年のスーパーボウルに出場ティームについて、「オレは、スティーラーズとパッカーズじゃないかな、と思うのですが・・・・」と書いたら、そのとおりになりました。
まぁね、同じ予想をしていた人が結構多いようなので、特別、当たったからといって騒ぐつもりもありませんが、ここまできたら、スティーラーズに勝ってほしいですね。
ちなみに、スーパーボウルは2月7日の朝8:00から、NHKBS1で生中継されます。


さて、本題に入りましょう。

1月29日、高山工業高校の卒業作品展に行ってきました。 
市民時報にも写真付で掲載されていましたが、甥の大地のグループが、空気圧で動く『ティラノザウルス』を作ったというので、見に行く事にしたのです。
その日は、昼にコースの予約があったので、買い物もしないといけないし、あまりゆっくりとはできないけど、とにかく、見れるだけ見てこようと出かけたわけですが、妹の嫁ぎ先とウチの両家総動員になりました。

妹の道案内で、最短距離の道を通って工業高校へ行くと、野球部の部員が駐車場の整理をしていて、クルマを停める場所まで案内してくれました。
クルマを降りて、寒い中ご苦労様、って声をかけましたけど、寒空の下、大変だったろうと思います。

高校なんて、普段行く事のないところですから(考えてみれば、斐太高校でさえ卒業以来行ってないし)、ちょっと新鮮な感じもしますね。
体育館へ入ると、受付でパンフレットとアンケート用紙を渡されたので、それを持って順路に従って進むと、すぐにティラノザウルスが見えてきました。

大地もすぐに気がついたようで、実際に動かして見せてから、こっちへ来て説明を始めました。 
詳しい事は、実際に見ながらでないと分からないので、ここでは省きますが、限られた時間と予算の中で、最大限の知恵を絞って作った、という事は、よ~く分かりました。(説明を聞いていたら、写真を撮るのを忘れてた・・・・)

こっちも調子に乗って、口からスモークを出すとか、目を光らせるとかできなかったのか、って訊いたら、やりたかったけど無理だった、という答え・・・・やっぱり、もっとやりたい事があったみたいです。
一番気になったのが、足元に置かれたスピーカーから鳴き声が出ている事で、なんとか体内に内蔵できなかったのか、って訊いたら、それは後輩たちが改良してくれるはずだ、って言うんですよ。
T-Rex と名付けられた、このティラノザウルスは、来年『T-Rex 改』として卒業作品展に出るのでしょうね。

そこへ、大柄な先生らしい人が来て大地と話し始めたので、訊いてみたら、校長先生だ、って言うんですよ。
で、校長先生に挨拶して、少し話をしたのですが、その中で、こんな事を言われました。
「物を作る事が好きな子にとって、これほど面白い学校はないと思うのだが、そんな学校が定員割れしている事が不思議だ。」
いや、確かに仰るとおりですよ。

で、校長先生が大地に、このT-Rex を小学校や幼稚園に持って行って実際に動かして見せたら、将来この高校へ来たいと思う子供が増えるんじゃないか、というような話をしておられたのですが、それはいい考えだと思うし、絶対にやるべきだと思いますね。
そのために、口からスモークを出したり、目を光らせたりする改良をすれば、さらに興味を持つ子供が増えると思いますけどね。


校長先生に、ウチのパンフレットを渡して宣伝した後、他の作品を見て回りました。
それぞれの作品の前で、製作した生徒が説明してくれるのですが、一生懸命さが伝わってきますね。
ただ、どの生徒も、まだやり足らない、という気持ちがあるようで、後輩が後を継いで、さらに完成されたものを作ってくれる事を望んでいるようです。

その中でも、特に興味深かったのは、LED による人工照明を使って、植物の成長を促進させるという装置。
赤、青、赤外線のLEDを組み合わせた装置と、周波数や照射時間などの組み合わせにより、水耕栽培の植物の成長が促進されるそうで、実際に照明を当てて栽培したものと、そうでないものを並べて置いてありましたが、明らかに違いが出ていました。
今後、LEDの値段が下がってくれば、実用化できる可能性が高いと思いますね。

それから、思わず引き込まれたのが『鋼球サーキット』です。

鋼球とアルミのレールだけで作ったピタゴラ装置の巨大なやつ、と言えなくもないけれど、ピタゴラ装置が動力を使わず、ゴールがあるのに対し、この装置は、電力を使って、自動的に繰り返しサーキット(環状コース)を走らせるので、ピタゴラ装置とは別物、という事になりますね。

チャンネル状のアルミレールに、細かく金ノコで切り込みを入れて曲げるという、なんとも手間のかかる方法で作られたサーキットに、モーターと、ねじを切った棒と、マグネットを組み合わせたエレヴェーターが取り付けられているのを見たら、思わず、マニアックだなぁ、って口から出たのですよ。
すると、それを聞いた製作者の生徒が、それは最高の褒め言葉だと思います、って言ったので、オレと同類だな、って確信しましたね。

来年は、今回見た作品の改良版が出展されているかもしれません。
そういう意味で、来年も見に来たいと思うのですが、物作りにかかわるマニアックな生徒たちを、心から応援したいですね。

ところで、大地は、名古屋の某コンピュータ専門学校に進学する事になりました。
自分の一番好きな道に進めるのは、幸せな事ですよね。
大地は、すでに4年後に就職したい会社を決めていて、学校見学会の時に仲良くなった先生に、そこを目指す事を話してきたのだとか。
オレと違って、いい意味での軽薄さ(言い換えれば社交性)を持っているだけに、案外、思ったとおりの道に進んでいくような気がしますけどね。
まぁ、とにかく、頑張れよ!!



ある火曜日の昼、中京テレビ岐阜支局長のMさんが一人で入って来られて、カウンターに着きました。
その前の土曜日に、下呂での取材を終えた後、スタッフを連れて来られたのですが、ほとんど話ができなかったので、改めて来てもらえたみたいです。

Mさんの事は、以前にも書いた事がありますが、日大フェニックスでディフェンスをやっていた、バリバリのアメフトプレイヤーです・・・・といっても、オレより年上ですから、今は名古屋の某ティームでコーチをやっておられますけどね。
そんなMさんとオレが向かい合ったら、当然、アメフトの話で盛り上がります。
食事が済んだ後、横にいる優子さんにも分かるように時々解説を交えながら、1時間以上にわたって、かなりコアな話が続きましたねぇ。

アメフトというスポーツ自体、かなりマニアックなスポーツである事は間違いありません。
スペシャリスト(専門職)のスポーツ、要するに、自分のポジションに必要なスキルをひたすら磨いていく、言い換えれば『職人技』のスポーツですから、その職人達をまとめるルールや、高度な職人技の組み合わせによる戦術が、他のどんなスポーツよりも複雑になるのは当然の事です。

アメフトの戦術を知ったら、サッカーなんて単に走り回っているだけですよ・・・・って言ったら怒られるかもしれないけれど、実際にアメフトと比べれば、戦術なんて無いに等しいですね。
アメリカ人は完全にそう思っているようで、こんなCMがあります。


さらに、ポジションや身体作り、装備の話etc・・・・際限なく話は続き、話が尽きる事がないんですよ。まぁ、それが面白いんですけどね。
たとえば、その時のヘルメットについての会話を再現すると、

「最近、プロも多く使うようになった、後ろの形が変わったヘルメット・・・・」
「あぁ、レヴォリューション・スピードでしょう。」
「そう、それ。あれは凄く軽いみたいだね。」
「だからユーザーがふえているんでしょう。ほぼ同時に出たシャットのアイアン4Dは、テクノロジーの塊みたいなヘルメットだけれど、その分重いのが欠点みたい。なんせ、フェイスガードの取り付け部分が、ショックアブソーバーになっているんだから。」
「でも、効果はあるのかな?」
「軽い事の方が重要なんじゃないですか。関学のコーチのレポートに、関学ではできる限り軽いヘルメットを使うように指導している、ってありましたから。(注・P50 参照) 関学では、フェイスガードも、チタンかクラライトのものしか使えないそうですよ。」
「そういえば関学も、猿木の頚椎損傷以来、神経質なくらい気を使うようになったからなぁ。」
「あぁ、桜美林との試合でしたね・・・・。でも、アメフトのヘルメットって 本当に丈夫ですよね。ラインなんて、ぶつかるために被っているんだから、1回の試合だけでも、何回ぶつかっているのかわからないくらいなのに、バイク用のヘルメットなんか、1回ぶつけただけで使用不能だって。弱すぎるんじゃないのかな。」
「確かにそうだね。昔ね、フットボールのヘルメットでバイクに乗ってたら、警官に止められたの。で、このヘルメットの方が丈夫だから、って言ったら、首に負担がかかるって言うんで、オレの首を見れば大丈夫だって分かるでしょう、って言ったら納得してた。」
「あははは・・・・」

こんな会話、絶対他のスポーツでは、成立しないでしょうね。

Mさんは、以前オレが、高山にアメフト・ティームを作りたい、と言った事を覚えていて、まだ高山にティームはできないの? できたらオレもやりに来るのに、って言われたのですが、まだ時間はかかりそうです。
でも、あきらめませんよ。


ところで、優子さんの息子が野球をやっている事を知ったMさんは、その後、息子の名前の入った、ドラゴンズの福留のサインボールを送ってくれました。

ウチに届いたパックのまま渡したので、どんなボールかは見ていませんが、後で聞いた話では、今までレプリカのサインボールしか見たことの無い息子は、これが本物なのか、と言って見ていたそうです。
多分、息子より、ドラキチの千葉の方が喜んでいるのではないかと思うんですけどね。



今年も節分は店を休み、信仰している真理亜聖てんの節分祭で、護摩を焚いてきました。
予報では、天気は良くなると出ていましたが、朝の冷え込みが強いのが、ちょっと困る。
8:30に集合し、まず、護摩を焚く中心になる、木を組み上げていきます。
第一護摩所と第二護摩所、二ヶ所作るのですが、木の本数や向きが決まっているので、それに合わせて組んでいきます。
これは、オレが担当する、第二護摩所の木組みで、中に注連縄が入っています。


まず第一護摩所で火が点けられ、その火が松明で運ばれてきて、第二護摩所に点けられます。
火が点いて燃え始めると、木組みの隙間からお札を入れていきます。


このお札、会員が毎月供養をお願いするもので、それが1年分ですから、すごい数です。
数百枚のお札が入った箱が20数個・・・・何枚になるんでしょうね。
オレがお願いした分も、百何十枚か入っているわけですが。

このお札を、どんどん火の中へ投げ込んでいくのですが、それと共に火力も大きくなり、近づけなくなります。

その他、古くなったお守りや、人形、神棚、仏壇なども一緒に燃やすのですが、だいたい4時間くらいで、すべて燃えてしまいます。
燃やしてしまえば4時間ですが、一枚一枚のお札に、供養される霊と供養する人の名前が書き込んであるわけで、それに要する時間と労力は膨大なものでしょうね。
まぁ、それだから供養になるんでしょうけど。
これで、今年も一年、無事過ごすことができるでしょう。


ところで、節分というと、今でもハッキリと覚えている思い出があります。
多分、小学2年の時だったと思うのですが、節分の日、オレは祖父のところ(料理屋)へ遊びに行っていました。
その日、なぜ祖父のところへ行ったのか、今思うと不思議なのですが、考えるてみると、祖父は祭りの獅子舞なんかに気前良くご祝儀を出したそうで、獅子舞が祖父の料理屋の前で特別長く舞ったそうですから、じいちゃんのとこへ行けば節分の豆まきが良く見えるぞ、って誰かに言われたのではないかと思います。
当時は、国分寺などから、鬼や七福神の行列が繰りだして、町中を練り歩きましたからね。

夜になり、国分寺の行列が鳴らす鐘の音が聞こえてきた頃、その日のお客さんが酔狂な人で、国分寺の行列に対抗して繰り出そうと言い始めたのです。
呼んであった芸者さんに三味線を弾かせながら、他の人は鼓や太鼓を持って、外へ繰り出したのです。

外へ出た行列は、前の道を北に向かって進み、オレはワクワクしながら一番後ろをついて行ったのですが、先頭が桃の湯まで行かないうちに、パラパラと雨が降ってきたのです。
芸者さんが「三味線が濡れる」って言って、あわてて戻り始めたので、結局そこで終わってしまったのですが、その後しばらくして、鬼や七福神が来て、盛大に豆をまいてくれました。

今でも、あの時雨が降らなかったら、あの行列はどこまで行ったのだろう、って思う事がありますが、あの頃が一番そういう行事を楽しめた時代だったのだと思いますね。
そういう意味では、今は楽しみが多くなりすぎて、一つ一つの内容が薄くなっているという事なんでしょう。
まぁ『時代の流れ』なんですけどね。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2011年01月28日

日輪神社と管粥神事

Ciao. spockです。

寒いですねぇ。
これだけ寒い日が続くのも、オレが高山へ帰って来てから初めての事ですね。
でも、考えてみると、オレが子供の頃は、最低気温がマイナス21度、という事が、一冬の間に何回かありました。
そんな朝は、玄関に出るだけで、鼻毛が凍り付いたし、自転車に乗っている人は、息が凍り付いて、耳の辺りの髪の毛が真白になってましたからねぇ。
そう考えると、昔に比べれば確実に暖かくなっているわけですが、やっぱり温暖化の影響なのかなぁ、って思いますね。

まぁ、温暖化とは言っても、寒い事には変わりなく、今の時期、ウチの事務所は厨房の隣にあるのに、角をひとつ曲がるせいか全然暖かさが伝わらないので、本当に寒くて、石油ファンヒーターを全開にしても全然暖まらないんです。
でも、去年ユニクロへ行った時に、期間限定価格で売っているのを見て買ってきたウォームイージーパンツ・・・・これが本当に暖かいので、今シーズンはファンヒーターを使わずにすんでいるんですよ。
シンプルなスタイリングを求めるオレには、余計なラインや迷彩柄、巨大なポケットなんかが付いたデザインばかりで、選択肢が限られるのが不満だけれど、機能的には充分満足できますね。
これで1290円は、本当にいい買い物だったと思うのだけれど・・・・不思議なのが、そのサイズ。

オレは細めの体形なので、ウエストは細いけど、ヒップや太もも周りは結構筋肉が付いているので細くはないし、足の長さだって、イタリア人と長さ比べをして勝った位だから、決して短くはないと思うのだけれど、そんなオレにピッタリ合うのがSサイズなんですよ。
オレより小柄な人は、どうしているんでしょうね。



さて、今年も1月の14日、旗鉾の伊太祁曾神社の管粥神事と、日輪神社への参拝に行ってきました。
丹生川地区には神社が多いのですが、その中でも極め付けの『パワースポット』が、この2つの神社だと思います。

20年以上も前から、毎年1月の初めに、親友の千葉茂と一緒に、日輪神社へ参拝に行っているのですが、知る人ぞ知るスポットだった日輪神社が、このところのパワースポットブームのせいか、訪れる人が多くなっているようです。

日輪神社については以前にも書いた事があり、そのブログは多くの方に読まれているようで、アクセス解析で見ると、一月に500回近く読まれているようだし、日輪神社でググルと3~4番目に出てきますから、結構興味を持っている人が多いのでしょうね。

一昨年、日輪神社へ行った時に(3年前から黒雷鳥さんも一緒に行くようになったのですが)、rekisy さんのブログに書かれていた伊太祁曾神社(いたきそじんじゃ)の事を思い出し、凍り付くような寒空の下、

トップを開けたジャガーを走らせて、伊太祁曾神社を探して回りました。
日輪神社から、平湯方面に向かってしばらく走ると、右側の斜面に鳥居が見えたので、そこへ行ってみると、

額の文字が『伊太祁曾神社』と読めたので、社殿に参拝した後、rekisy さんのブログにあった裏山の本殿を探してみましたが、いくら探しても、それらしいものが見つからないんですよ。
30分も雪の斜面を歩き回ったでしょうか。
と、千葉が、もう少し先にも神社があった、と言うので、そこへ行ってみる事に。

道路脇の空き地にクルマを停め、途中に鳥居のある坂を下り、右に曲がったところが境内で、立っている案内板を見て、

どうやらそこが探していた伊太祁曾神社らしいと分かったのですが、

社殿の左側の縁の下を通り抜けて裏山を見ると、確かに2つの社がありました。


その時に案内板を見て管粥神事の事を知り、去年から、管粥神事にも行くようになったわけです。
(後で地図を見てみると、この辺りには『伊太祁曾神社』がいくつもあるようです。)


管粥神事は、毎年1月14日に、伊太祁曽神社境内で行なわれ、お粥は、米に小豆や稗などを加えたところへ、寒ざらしにして6cmほどの長さに斜めに切った麻の茎を入れて、大釜で炊かれます。

この茎を割って、中に入った豆類や米の詰まり具合で、農作物の品種ごとのでき具合や、天候、景気など、その年の吉凶を占うわけです。


結果を書きとめた帳面は、頼んだら見せてもらえたし、写真を撮ってもいいかと訊いたところ、OKが出ました。

ただ、1枚だけ、これは写真を撮らないように、と言われた紙があったのですが、どうやら氏子の人達がプライヴェートに占ってもらったもののようで、芸能人の名前や、プロ野球の球団名が並んでいました。


今年は、その寒さのせいもあって、行くのを止めようかとも思っていたのですが・・・・結局は、行きたいという衝動に駆られ、行ったのですよ。
ランチの営業が終わったところで出発し、雷鳥屋へ寄って黒雷鳥さんを乗せ、丹生川へ向かいます。
本来なら、日輪神社を先に参拝するべきなんでしょうけど、管粥神事に間に合うよう、先に伊太祁曾神社へ向かいます。
道は思ったよりスムースに流れ、2時半過ぎには伊太祁曾神社に着いたのですが、帰る人がゾロゾロと歩いている・・・・ちょっと遅かったか。

クルマを下の道まで進めて停め、境内に入ると、もう神事は終わって、お粥の大釜も運び出された後だったようです。
もう30分、早く来るべきだったかな。
でも、社殿へ行って訊いてみると、お粥をひとつずつ貰えました。

社殿の中を見ると、ちょうど神事の結果を書いた紙を纏めているところで、

お願いして結果を見せてもらいました。
今年はトマトが大豊作のよう・・・・当たったら、ウチにとっては本当にありがたい事ですね。

天候や景気も、概ね平穏無事な一年になりそうです。


この社殿の中から本殿が見えるようになっているのですが、その本殿へ行くには、社殿の左下、川べりの崖を通って、裏山へ上らなければなりません。
深い雪を踏み締め、道を作りながら上った去年に比べれば、今年の雪は大したことがありませんね。
ここにある二つの社


にお参りし、崖っぷちの社殿の縁の下をくぐって、

境内に戻ると、

すでに社殿の扉は閉じられていましたが、焚き火のまわりは、まだ賑わってますね。


次は日輪神社へ向かいます。(日輪神社の詳しい事は、上にも書いた過去のブログを見て下さい)

雪が少ないお陰で、去年に比べればラクとは言え、上っていくうちに息が切れてきますね。
上りきると、社殿が見えるのですが、

なんと、右側の建物が、新しい建物になっている。


社殿の中に入ってお参りし、(左下は記帳している黒雷鳥さんのアタマです)

お札とお守りを買ったあと、

芳名録に記帳します。
ここにはいつも、3冊の帳面が『芳名録』として置いてあるのですが、以前は3冊埋まるのに2年以上かかっていたのに、今回見てみると、半年と少しで3冊が埋まっているんですよ。
それだけ、ここへ来る人が多くなったという事なんだと思いますが、これも『パワースポット』ブームのせいなんでしょうかね。 

20年以上も前から来ている人間としては、一過性のブームで荒らされる事がないように願うばかりです。
そして、飛騨ピラミッド群の中心で統括するコントロールセンターとして

いつまでも機能し続けてほしいものですね。


今年も、こうしてお参りしましたから、いい年になるといいんですけどね。
自分だけではなく、世の中がよくなりますように!!


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2011年01月22日

いろいろあって 晩秋〜冬編

Ciao. spockです。

寒い日が続きますねぇ。
2011年になった、と思っていたら、もう1月も下旬ですね。
このブログも今年初の更新ですが、遅ればせながら、今年もよろしくお願いします。

毎年、今の時期はヒマなんですが、今年も例に漏れず、予約用カレンダーは空欄ばかり。
ヒマな日が続くと思っていたら、成人の日には、通常のランチ営業としてはオープン以来最高の売り上げを記録したり・・・・まぁ、水商売に限らず、商売というのは、そういうものなんでしょう。

さて、今回も結構長いので、早速本題に入りましょう。
いろいろあって 晩秋~冬編です。


このところ、ウチのお客さんの間で『山ブーム』が起こっています。
オレは、ヒマもカネもないので、見ているだけなんですが、ある日、ランチに来た黒雷鳥さんから、山行きに誘われたのですよ。

行き先は松倉山で、大人4人と子供4人で、朝8時に集合して頂上へ登り、10時半までには帰って来る短いコースで、特別な装備も必要ないとの事なので、一緒に行く事にしました。
松倉山に最後に行ったのは、もう20数年前の事。
確か、小学校の遠足でも行ったよな・・・・なんて考えながら、準備をします。

靴はスニーカーで大丈夫だと聞いたし、持っていく物も、補給食的なお菓子くらいでいいはず。
天気予報では、朝8時の気温が9度と出ているけど、山道を登っていく事を考えると、あまり厚着はしない方がよさそう・・・・で、結局、いつものスタイルに落ち着きました。 
ただし、パンツの下にはヒートテックのタイツ、パーカの上にジャンパーを羽織るという事で・・・・

当日の朝、8時少し前に、飛騨の里近くの駐車場にクルマを停め、待っていると、すぐに黒雷鳥さんが到着、5分ほど遅れて、子供連れの二家族がやって来ました。
子供4人と大人5人、全員揃ったところで、山登り開始!!
出かける時、手近にあったのがシルヴァーのジャンパーだったので、この日のオレは、全身銀色・・・・『バラの騎士』状態ですね。(笑)
注 『バラの騎士』は、ここの4:50あたりを見てもらえば分かるかと。

ちなみに、R シュトラウスの『バラの騎士』
Der Rosenkavalier は、オレの最愛のオペラのひとつなんですが、第2幕のクライマックスであるバラの騎士の登場シーンが、2:40あたりから見れますよ。

第3幕、こちらこちらもどうぞ。


「距離が短いから、ゆっくりと楽しみましょう」という黒雷鳥さんのアドヴァイスに従い、のんびりと登り始めたのですが、子供達が駆け上がっていくのを見ていたら、思わずオレも、一緒になって駆け上がってました。
ホント、大人気ないんだから・・・・

そうこうしているうちに、黒雷鳥さんも駆け上がって来て、なぜか先頭争いを始めて・・・・
中間地点の公園には、すぐに着いてしまいました。
しばし休憩の後、今度は頂上に向かってダッシュ・・・・オレと黒雷鳥さんが先頭で登って行く。

石垣の下まで来た時、ふと思いついて、石垣の途中までよじ登り、続いてやって来た子供たちに言いました・・・・この石垣を登って上に行くぞ。
子供たちは、うそーっ、ていう顔で見てましたが、子供たちの山の師である黒雷鳥さんが同じ事を言うと、一斉に登り始めました。

黒雷鳥さんの、ウソだよー、という一言で、みんな一斉に飛び降りて本来の道に戻りましたが、そこから頂上へはすぐです。

黒雷鳥さんは、早速お湯を沸かす準備を始めましたが、山登りのヴェテランらしく、手慣れたものです。
飲み物ケースを見せてもらうと、お茶やコーヒーは当然として、みそ汁まで入っていたのには驚きましたが、オレは緑茶をもらいました。
飲み物やカップラーメンで休憩の後、オレと黒雷鳥さんは店の準備があるので、一足先に戻る事に。

帰りは、飛騨の里へ向かって、山の斜面をくねくねと続く道を降りていきます。
落ち葉が積もっているので、ショックが吸収されて気持ちいいけれど、いささか滑りやすそうな上、倒木が結構あるので、いかにも山歩きをしている気分になれますね。
飛騨の里を通って駐車場に戻り、途中で買い物をして店に戻ると、ちょうど10時半でした。
仕事前のエクスサイズとしては、ちょうどいいですね。

帰りに寄ったスーパーで、顔なじみのレジの人に、松倉山へ登って来た、と言ったら驚いてましたが、その人がこう言いました。
「そういう事をしてるから、カモシカみたいな足なんですね。」
すると、隣のレジのおばちゃんが、
「わたしゃ、さっきから見とれとったよ。」

う〜ん、オレがもっと若かったら、きっと照れ笑いでごまかしたのでしょうが、この歳になると、そう言われる事を素直に喜んでしまいますね。
でも、この日、昼寝をして起きたら、尻の上あたりの筋肉が張っているのが分かり、翌朝には軽い筋肉痛が・・・・やっぱり、普段使っていない筋肉には応えますね。
その後、寒くなったので、山へは行ってませんが、体形を維持するためにも、筋肉を衰えさせないためにも、暖かくなったら、また、山に登りたいですね。



12月5日、高山市の歴史文化施設市民無料公開があると聞いたので、市役所で無料入館券をもらって来て、出かけました。

この日は、ヴァイオリンのレッスンもあったので、出かけられるのは午後だけでしたから、行けるところには限りがありますが、とにかく行けるだけ行く事にしました。
まず行くのは、清見の『飛騨プラネタリウム』
ウェブサイトで見てみると、この日は映画の上映だけのようですが、こういう機会がないと行かないところですから、とにかく行ってみる事に・・・・

オレは、天文マニアではないけど、星を見るのが好きだし、プラネタリウムが大好きなんです。
神戸にいた頃、休みの日には、大阪の電気科学館やポートピア、それに明石の天文台のプラネタリウムに結構行ったし、東京へ移って最初の休みに行ったのが、池袋のサンシャイン・プラネタリウムでしたからね。
そういえば、電気科学館、渋谷の五島プラネタリウム、池袋のサンシャインと、閉館する最後の日に見に行ってますね。
でも、飛騨プラネタリウムには、何故か行った事がなかったんですよ・・・・タイミングが合わなかったのかな。

清見ICからすぐのところにあるので、場所は分かりやすいですね。
駐車場にクルマを停め、中に入ると、ロビーには家族連れとカップルが待っているだけで、静かなものです。
上映時刻の10分前になると、前の回の人達と入れ替わりで、ドームに入ります。
今回は映画上映だけという事で、プラネタリウムの装置は、ドームの端に追いやられてますね。
学習用の映画2本で、約50分ほどでしたが、久しぶりにプラネタリウムの雰囲気を味わう事ができました。
とは言っても、特別公開とはいえ、やっぱりプラネタリウムの投影が見たかったですね。

ところで、展示物を見ているうちに、あるポスターが目に入りました。
見たいと思いながら見逃した、HAYABASA -BACK TO THE EARTH- が、2月の11〜13日に限り、再上映されるというのです。
職員の方に訊いたところ、契約した上映日数のうち3日分だけ残してあるそうで、ひだ清見雪まつりに合わせての上映なのだそうです。
この事を知っただけでも、今回来た価値があったというものです・・・・是非とも行かなければ。

家に戻ると、時間的にあと1カ所しか行けそうにないので、前から気になっていた、高山昭和館へ行く事にしました。
駄菓子屋の店先のおばちゃんに入場券を渡し、中へ入ると・・・・いや〜、ホント、昭和の雰囲気だわ。
よくこれだけのものを集めて、こういう雰囲気を再現できたものだと感心しましたね。

中には、明らかに違う世代のものが一緒に並べて展示してあったりもしますが、そこはご愛嬌というところでしょうかね。
電気屋のガラスケースの中に、子供の頃欲しかった、ナショナルの『ゴールド・メカ』テープレコーダーが、新品状態で置かれているのを見て、なんか感動しましたねぇ。
カメラ屋のショウウィンドウに並ぶ、フラッシュ・バルブも懐かしい・・・・一回毎に取り替えて、写真を撮りましたからねぇ。

2階には、家庭や学校で使われたものが展示されていますが、一番懐かしく感じたのが、教科書や『夏の友』だったのは、自分でも意外でしたね。

『夏の友』という名前もどうかと思いますけどね。
どう考えたって『友』ではないでしょう。(笑)
 
  











でも、こういう日を、年に一度だけではなく、何回かやってくれるといいと思います。
日曜日には出かけられない人も結構多いと思うので、平日にやるのもいいのではないでしょうかね。



Takechi 君も書いていましたが、正月3日に行われた『ライスボウル』のMVPに高山産の米が贈られたという記事を、新聞や市民時報で読まれた方も多いと思います。
いや、ホント、高山市もよくやったものだと思います。
野球やサッカーみたいな在り来たりのスポーツではなく、マイナーかつコアなアメフトでやった事によって目立ったわけで、宣伝としては結構効果的だったのではないでしょうかね。

高山市もここまでやるのなら、あと一歩進めて、オレが以前から書いているように、アメフトでのデンヴァーとの交流ができないものでしょうかね。
せっかく、NFLのティーム、ブロンコスを持つデンヴァーが姉妹都市なんですから、そういう事で交流できたら、もっと友好的になれるだろうし、高山の活性化にも使えるんじゃないかと思うのですけどねぇ。

そのブロンコスも去年は散々な一年でしたが、唯一の明るい話題は、WRロイドのレシーヴ獲得ヤード数がダントツの1位という事くらいでしょうかね。(それだけランが酷いという事なんですが)
新ヘッドコーチにジョン・フォックスが決まりましたから、ドラフトでいいプレイヤーを獲得して体勢を立て直し、2年後くらいにはプレイオフに出場してほしいものです。

ところで、スーパーボウルも近づいて、24日には、いよいよカンファレンス・チャンピオンシップです。
NFLのアナリストの意見では、スーパーボウルで対戦するのは、NFCはグリーンベイ・パッカーズ、という予想が圧倒的に多いようですが、AFCはニューヨーク・ジェッツとピッツバーグ・スティーラーズ、それぞれを推す人が半々といったところでしょうか。
オレは、スティーラーズとパッカーズじゃないかな、と思うのですが・・・・まぁ、どうなるか分かりません。
今年のスーパーボウルは、(日本時間で)ちょうどオレの誕生日です・・・・って、特に意味はないけど・・・・



今年の営業は、5日からの予定でいたのですが、ディナーに関しては、予約が入ればやるつもりでいました。
2日や3日にも問い合わせの電話がかかってきましたが、そういう電話は、たいていランチの問い合わせなんですよね・・・・せっかくなんだけれど、お断りしました。

4日の昼、翌日からの準備のためにキッチンにいると、女性の声で、今日はやってますか、という電話がかかってきたので、例によってお断りしたのですが・・・・何か気になって、できるものでよければやりますよ、って言ったのです。
相手の方は、また営業が始まってから行きます、と言われたのですが、電話を切った後でも、何か気になるんですよね。
で、着信履歴を見て電話をかけ、どうぞ来て下さい、って言ったら、しばらくして来られたのは、ほとんど毎週来て下さる、ある料亭のご主人夫妻とお孫さんでした。
奥さんからの電話は初めてだったし、携帯電話だったので全く気がつかなかったのですが、おそらく潜在意識は分かっていたんでしょうね。

いつものように、生ハムとパスタ2種、それに赤ワインをお出ししたのですが、貸切り状態なので、ゆっくりと食べてもらえましたね。
いつもは、帰られる時に少しお話しするくらいなんですが、デザートも終ったところで、ゆっくりと話をしました。
一度この店へ孫を連れて来たかった、と言われて、本当にうれしかったですね。

お孫さんは、皆さん料理の道に進まれているようで、跡継ぎも心配する事はないようですが、3番目のお孫さんは、和食ではなく洋食の方へ進まれるのだとか。
オレもじいちゃんが和食の料理人だったから同じですね、と言ったら笑っておられましたが・・・・
でもね、オレは、おじいちゃんと孫が仲良く話しているのを見ると、少し複雑な気持ちになるんですよ。

オレの二人の祖父は、どちらも家が近かったのでよく遊びに行っていたのに、どちらの祖父も無口だったせいもあって、あまり話をしなかった事をすごく残念に思っているのです。
オレは、二人の祖父の血を強く受け継いでいる事を自覚していますから・・・・
  
ずっと以前にも書いた事があるのだけれど、オレの『職人』としての意識は、料理人だった祖父から、木工職人だった親父を通じて、オレが受け継いでいる事は間違いないわけです。
また、オレの『マニアックなB型』の血は、母方の祖父から受け継いだもので、話に聞く祖父の考え方は、驚くほどオレと似ているし、オレの「他人とは同じ事をしたくない」という考え方も、白川郷に初めて自転車や蓄音機を持ち込んで周りの人を驚かせたり、高山初のバスの運転手だった、という祖父の血の影響なのかもしれません。

どちらの祖父も、オレが中学生の時に亡くなりましたが、二人ともあと10年長生きしてくれたら、いろんな事を聴く事ができただろうな、って思いますね。
そういう意味で、おじいちゃんと孫が話しているのを見ると、羨ましく思えるし、ずーっと仲良くしてほしい、って思いますね。



今年も、3月のヴァイオリンの発表会に出る事になりました。
今年は、新宮の教会でやるのですが、教会は残響が多いですから、演奏のアラを隠してくれるんじゃないかと、期待しているんですけどね。

で、去年の発表会の後から、密かに練習していた曲があるのだけれど、難曲故に、やっとで最後までたどり着けるというレヴェルで・・・・なんせ、最後のEの音が、FになったりEsになったりするんですから。
というわけで、選んだ曲はコレ。  
ドヴォルザークの『4つのロマンティックな小品』の第1曲です。

指使いが苦手な B dur (変ロ長調)の曲なんですが、大好きなメロディーなので、勢いで決めました。
この曲は、テクニック的には難しくない、と書かれているのを読んだ事がありますが、この曲をファースト・ポジションだけで弾くのは、かえって難しいようで・・・・
この前先生に、この曲をやります、って言ったら、実際に先生もファースト・ポジションだけで弾いてみて、これは難しい、って言われましたが、もうやるしかないですね。

まず、音程をしっかりと取れるようになる事と、弓の使い方で表情をつける事を練習し、それができたらヴィブラートをかける練習をする、という流れで行くことになりました。
まぁね、子供が初めて自転車に乗る時といっしょで、同時にいくつもの事をやろうとすると、上手くいかないんですよね。
ひとつずつ、課題をこなしていく事にしましょう。
発表会は3月13日・・・・2ヶ月を切りましたからね。



ある晩、予約のお客さんが帰られた後の片づけをしていると、電話がかかってきました。
出てみると、ある出版社からの電話で、取材させてほしい、というものでした。
ある女優を連れて行くので、対談のかたちで店のこだわりを話してほしい、というのです。 
オレはそういう方面には疎いので、女優の名前を聞いても全く分かりませんが、ウチの事をいろいろ調べて電話をかけてきたらしい事は分かりました。
その雑誌の名前は聞いた事がないけど、言葉遣いもしっかりしているし、間違いはなさそうだから、取材を受けてもいいか・・・・

で、取材の日時まで決めたところで、こんな事を言うのです。
「ひとつだけお願いがあります。取材協力費を払って下さい。」
結局は広告かよ、と思いながら、いくらなのか訊いてみると、7万円だって・・・・ハッキリと断りました。

こだわりの店を、世の中に広く知ってもらうために是非・・・・と言うので、言ってやりました。
自分の思い入れだけでやっている店だから、そういうお金を払えるだけの儲けがないんですよ。
普通にやっていれば、もっとラクして儲かるのかもしれないけど。

なおも食い下がってくる相手と話をしながら、目の前のパソコンで、その雑誌の名前をググってみると・・・・
出てきました・・・・Yahoo!知恵袋での質問と答え。
なるほど、あちこちでこういう事をやっているわけですね。

必要経費を、むこうが持つのが取材、こっちが持つのが広告、というのが、こういう場合のルールのはずですが、このやり方は、その辺をあやふやにして、カネを払わせようとするわけです。
こういうのに乗る(乗せられる)人も結構多いんでしょうね。

そういえば、20年以上も前のバブル期には、グルメブームとやらのせいもあって、月に4~5件の取材依頼が来たものですが、そんな時代が懐かしい・・・・
バブルは困るけど、もう少し景気のいい話が聞けるようにならないものですかねぇ。



では、また。
Ciao. Arrivederci!!
  

Posted by spock at 10:20Comments(2)TrackBack(0)出来事

2010年12月30日

今年も終わりかぁ・・・・

Ciao. spockです。

クリスマスが終わると、大晦日まではアッと言う間・・・・速いものです。

今年も1年、ありがとうございました。
まったく明るい話が聞こえてこないこの時期に、何とかつぶれる事もなくやって来れたのも、ご来店頂いたお客様のおかげです。
来年も、よろしくお願いします。

例によって、年賀状はまったく手付かずで、さらに悪い事には、住所録の入ったパソコンが起動不能になり・・・・どうなるやら分かりません。


さて、LA FENICE の年内の営業は、29日で終了しました。
新年の営業は、ランチは5日から、ディナーは予約を頂いた日から始めます。
以上、お知らせでした。

って、これで終わっては意味がない。
かといって、あまり長くなるのもどうかと思うので、クリスマスの事を書きます。

今年のクリスマスは、例年になく静かでした。
とは言っても、予約を受けた数が少なかっただけで、お断りした件数が多かった、という事なんですが。

ウチがクリスマスの広告を出さなくなってから、もう3年になります。
それ以前は、できるだけ多くの予約を受けるようにしていたのですが・・・・この仕事を始めてから、クリスマスとはそういうもの、という概念の中で生きてきましたからね・・・・でも、それはウチのやり方じゃない、って思うようになったんですよね。

ウチは普段、一組ごとの貸切りでやっているのに、クリスマスだけ違うのはおかしい・・・・しかも、いつもより高い値段の料理を出すのに。
で、クリスマスも普段と同じように、お客さんが重ならないように予約を受けることにしたわけです。
去年、一昨年と、早い時間から遅い時間まで、上手く時間がずれて予約が入ったので、わりと多くの予約を受ける事ができたのですが、今年は何故か、時間的制約の多いお客さんばかりだったようで、同じような時間に集中したため、お断りせざるをえなかったわけです。

でも、今年来て頂いたお客さんには、本当にゆっくりと、クリスマスのディナーを楽しんで頂けたと思います。
その内容を紹介しておきましょう。

まず、薪ストーヴの火と、

庭のイルミネーションを楽しんで頂き、


前菜は、生ハムメロンとキーウィ、コッパ、ミラノ風サラミ、ソプレッサータの盛り合わせ。


次は、特製コンソメ。
今回も16時間かけてとった、超濃厚コンソメです。


次は、手作りマカロニのソーセージ入りトマトソース。
一本一本手作りのマカロニに、生ソーセージとトマトのソースを合わせました。


魚料理は、オマール海老と魚介類のワイン蒸し。
シンプルそのものの料理ですが、それ故に奥が深い料理だと思います。

この、ワイン蒸しのスープには、海老と魚介類の味が凝縮されていて、本当に美味いですよ。

鶏料理は、ヴァッレダオスタ風のチーズ焼き。
鶏肉に卵をつけて焼いた上に、炒めてクリームで和えたポルチーニをのせ、生ハムとチーズをのせて焼き、さらにパルミジャーノ レッジャーノをふり、セージ入りの焦がしバターをかけてあります。

この料理には、子牛ヴァージョンもありますが、使うチーズが違うのですよ。
名前に地名の付いた料理は、そういう決まりを守ってこそ、その名前を名乗れるわけです。

肉料理は、シンプルに、子牛のミラノ風カツレツです。
子牛の中でも一番高級な、骨付きロースを使っています。

イタリアで最高の格式を持ち、またミラノ料理の最高峰でもある リストランテ サヴィーニ(Savini)のやり方をそのままに作っていますから、正真正銘の『ミラノ風カツレツ』です。

デザートは、5種類を盛り合わせにしました。

ティラミス、パンナコッタ、カボチャのプリン、ブラッディオレンジのジェラート、アーモンドとカラメルのジェラートです。
ティラミスは、ビスキュイから焼いて組み立てた、完全手作りのティラミスで、パンナコッタは、これ以上濃く作る事のできない、超濃厚パンナコッタです。
カボチャのプリンは、なめらかさよりも、カボチャの味をしっかりと感じられる、ずっしりとしたプリンです。
ジェラート2種は、ウチの定番ですね。
そこに、エスプレッソがつきます。

こうやって画像を並べると、あいかわらず見た目の素っ気無さでは天下一品ですね。
そもそもイタリア料理はシンプルさが身上の料理であり、それだから、飽きずに食べる事ができるわけです。
余計な飾りつけは邪魔なだけ・・・・見た目が重要なら、はなからイタリア料理を選ぶべきではないんですよ。
料理に限らず、シンプルなものをきちんと作る事が一番難しい、という事を分かっておられる方なら、シンプルさにこだわる、オレの気持ちも分かってもらえると思いますけどね。
来年も、こういうスタンスを変えることなく、古典的なイタリア料理を作り続けていきます。


話は急に変わりますが、昨晩、テノール歌手の水口聡が、高山でのマネージャーを自認する西先生と一緒に立ち寄ってくれました。
来年も、NHKニューイヤー・オペラコンサートに出演するそうです。

1月3日の19:00から、教育テレビで生放送がありますよ。


では、来年もよろしくお願いします。
皆様、良いお年を。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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2010年12月29日

演奏会無事終了 後編

Ciao. spockです。

まだ使えるTVを捨てるのはもったいない、と思いながらも、地デジ化の流れには逆らえず・・・・新しいTVが届きました・・・・42インチのプラズマTVです。
届いた日の夜、BSでNFLのゲームをやっていたので、見てみたのですが・・・・いいわぁコレ。
録画機能も付いているので、録画しておいて、ヒマな時に見る事ができますね。

ところでデンヴァー・ブロンコスは、QBティム・ティーボウの先発出場2戦目で、やっと連敗を止める事ができました。
ティーボウはパスだけではなく、自らTDランを決めたり、結構見せてくれます。
絶対的に左利きが不利なアメフトで、左腕一本で頑張っているティーボウを、オレは同じ左利きとして応援しています。
それに、WRロイドの獲得ヤードが1位に返り咲いたのも、少し期待を持たせてくれますね。
第16週の『TOP5キャッチ』にも、ロイドは入ってますよ。
次のゲームが楽しみですねぇ。


さて、前回からの続きです。
2日目の19日は、高山市民文化会館での公演です。
朝、9:20に、3階の講堂へ行くと、もうセッティングが始まっていました。
去年までは、入口から入って左側にオーケストラが並びましたが、今年は正面に並ぶ事になりました。

オーケストラの席を作った後は、照明を合わせ、客席を作っていきます。
前日の神岡で、予想以上にお客さんが来て下さったので、客席は多めに作っておきます。
あれだけのお客さんが来てくれたのは、あのポスターのお陰なんじゃないかという話が、楽団員の間で出ていたのですが、

こういうポスターだったからこそ、行ってみようと思った人が多くなったのではないか、という意見は、案外、的を射ているのかもしれませんね。
次回も、こんな感じのポスターにする方がいいのでしょうね。


前日に一度本番をやっているだけに、ゲネプロは、問題がありそうなところだけやって早めに切り上げたので、食事や着替えの時間が十分にとれました・・・・とは言っても、のんびりとはしていられないのですが。
うどんを食べに行こう、って誘われて、1階のトムさんのところへ行き、うどんで慌しく食事を済ませ、後は着替えです。
何故か、控え室が確保できてなかったので、急遽、男性は倉庫で着替えをする事に・・・・

講堂の前で待機していると、お客さんが次々と講堂へ入っていくのが見えるのですが、客席が一杯になり、急遽席を増やしたとの事・・・・前日に続き満員です。
本当にありがたい事ですが、その分、緊張が高まってきますね。
ソロを弾く、二人の女子高生も、前日と同じく、肩を出したサンタクロースのドレスで待機しています。
後ろから、そーっと近づいて、冷たい手で肩に触ってみたら・・・・なーんて考えていたらセクハラになりますかね。(笑)

全員揃ったところで、この日もオレが最初にホールへ入りました。
客席の間の通路を通ってステージへ向かうのですが、なぜか通路の真ん中に小さな子供がいて、その子をよけながら歩いて、自分の席へ向かいます。
席に着き、客席を見ると、満員の状態で、お客さんの数は、神岡の公演よりかなり多そうです。

指揮者が登場し、演奏が始まります。

1曲目は、前日と同じく『もろびとこぞりて』で始まり、2曲目に、前日は時間の都合で演奏しなかった『神の御子は今宵しも』を演奏しました。
この曲は、テンポもゆっくりだし、旋律の流れも穏やかなので、オレにとってはありがたいですね。 

続いて、バッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲を演奏し、いよいよ『動物の謝肉祭』です。
前日に比べ、お客さんが多いせいか、ちょっと緊張気味・・・・曲目解説の小淵さんが話している間、頭の中の血流が早くなっている事が分かります。
ちょっとヤバイかな、と思い始めたところで、小淵さんから、リレーでバトンを渡すときのようにマイクが差し出されました。
そのマイクをしっかりと受け取り、自分の席に戻ったところで、ふと思いついて、アドリブで話し始めました。

「マイクを受け取りました私、高山室内合奏団に入団してまだ2ヶ月の見習い団員ですが、そんな見習いが、なぜかナレーターをやる事になりまして・・・・」

案外すらすらと言葉が出てきたのですが、緊張気味だったせいか、自分の声が一番よく響く音域より、少し高めの声を出してしまったようです。
そんな事もあって、少し噛み気味・・・・でも、急に声の高さを変えるわけにはいきませんから、そのまま続けます。
1曲目のナレーションの最後に、指揮者の方に目で合図を送りながら、アドリブでナレーションを付け加えました。

「この行進曲、楽譜にはフランス語で Marche Royale du Lion と書かれていますが、これを現代風に訳すなら・・・・ライオンキングのマーチ、というところでしょうか。」(フランス語の発音が合っていたのか、自信はないですけど)

指揮者の鴨宮さんは、一瞬驚いたようですが、しょうがねえなぁ、みたいな顔をして、ナレーションが終わるのを待ってくれました。
ここまで話をしてしまえば、後は同じ事・・・・もう、こっちのペースで進めるだけです。
ただ、前日に比べ、少し緊張していたのか、4回ほど噛みましたけどね。
無事、演奏は終了し、休憩に入ります。


この日のお客さんには、サプライズのプレゼントがありました・・・・ホールの外で、できたてのポップコーンを配ったのですよ。
以前、株式会社なべしまの社長さんがウチに来られた時、このコンサートの話をしたら、ポップコーンを協賛したい、と言って下さったので、文化会館と交渉した結果、講堂前の廊下にポップコーンの機械を持ち込んで、その場で作ってもらう事になったのです。

キャラメルの甘い香りが漂う中、お客さんがポップコーンの機械の前に列を作っていました。
なべしまさんは、200人分のポップコーンを用意して下さったそうで、社長自ら休憩時間終了後にも作り続けて、演奏会から帰る人にも配って下さったようです。
なべしまさん、ありがとうございました。
(ちなみに、なべしまさんは、各種イヴェントにポップコーンを協賛しているそうで、文化会館の人も見に来て話をされていたようですが、3月の催しにも協賛する事が決まったそうです。)


後半は、管楽器のメンバーによる、バッハの『羊は安らかに草を食み』で始まり、続いて、子供たちも加わって、ベートーヴェンの『歓喜の歌』と『トルコ行進曲』の演奏です。
演奏終了後、子供たちは最後に演奏する『きよしこの夜』まで、客席で待機するのですが、その席が、上手の最前列、ちょうどオレの席のすぐ後ろなんですよ。
これってヤバイよなぁ・・・・オレがごまかしながら弾いているのが、全部見えてしまうもの。

まぁ、そんな状況の中、『ザ・サウンド・オヴ・ミュージック』ハイライツ、ヴィヴァルディの『四季』から『冬』と続きます。
でも、この『四季』という曲、名曲である事は分かっていたけれど、実際に弾いてみると、本当によくできた曲だと実感します。
自分が弾いているのは、単に一音ずつの刻みなんだけれど、それが集まってオーケストラの響きになっていくプロセスを体感すると、曲そのものに対する共感度や理解度が、一気に上がりますね。

ソロは前日と同じく、ドイツから来て下さった村中一夫さんで、やっぱりプロはすごい、と思わせる演奏を聞かせてもらえました。
解説の小淵さんも言ってみえたけど、実際にこういう演奏を見て、ヴァイオリンを習いたいと思い始めた人がいるかもしれませんね。
ヴィオラの人数が少ないので、このソロの時以外は、ヴィオラで参加してもらっているのですが、いきなりサイズの違うヴァイオリンに持ち替えてソロを弾けるんですから、すごいものですね。

実を言うと、オレは村中さんに対して、『孤高の人』的なイメージを持っていたのです。
それは、リハーサルの時の話し方や、休憩時間に一人離れて物思いに耽っておられるところを見たりしたからなんですが、この日の休憩時間に、眼鏡を捜しに控え室に入ってきた村中さんが、眼鏡を忘れてステージに向かった時の事を、ニコニコしながら話してくれたのを見て、オレの勝手な思い込みだったんだなぁ、って思いましたね。

最後は『クリスマス・フェスティヴァル』で、クリスマス気分を盛り上げ、次に、子供たちも加わったオーケストラの伴奏でお客さんが『きよしこの夜』を歌い、プログラムを終了しました。
この日は時間があったので、アンコールに、フォーレの『ラシーヌ雅歌』を演奏しました。
この曲は、技術的には難しくない(オレが初見で7割方弾けたくらいですから)曲ですが、表情を付けるとなると難しい・・・・
最後の音が消え入るように終わり、お客さんからの拍手が聞こえてきた時、やり終えた、という気持ちが湧き上がってきましたね。

オレは、技術的に追いつかないところを結構ごまかして弾いている程度の団員ですけど、そのオレでさえそう感じたのですから、トップの方でバリバリ弾いている人達の感じる充実感は、きっとすごく大きいものなのだろうと思います。
オレも、ごまかす事なく弾けるように頑張らなければ・・・・

今回、オレは末席ながら参加させてもらい、本当にいい経験をさせてもらいました。
と同時に、本当に楽しかった。
高山室内合奏団の団員の方々、手伝って下さった方々、そして来場して下さったお客さんに、御礼申し上げます。
ありがとうございました。

明らかな技術不足のせいで、足を引っ張ってしまったところもあったと思うのですが、ナレーションで少しは挽回できたのではないかと・・・・
次回の公演では、言い訳せずに演奏できるように、最大限の努力をしなければなりませんね。


オレはまた、終わったらすぐに店に帰り、夜の準備・・・・この日の夜は、ウチで打ち上げのパーティーが開かれました。
立食のパーティーでしたが、店は満杯。
音楽の話で盛り上がり、10時過ぎまで、皆さん楽しんでいかれました。

来年は、1月の中旬から、夏のコンサートに向けての練習が始まるし、3月にはヴァイオリンの発表会もあるので、仕事以外は音楽漬け、の日々になりそう・・・・
まぁ、でも、なんやかんや言いながら、好きな事をやるのは楽しいですね。
仕事も含めて、好きな事をできる、という事が、本当に幸せな事なんだと、実感している今日この頃です。

ちなみに、来年の『定期演奏会』は、9月4日に飛騨芸術堂で、クリスマスコンサートは、12月18日に文化会館講堂で行われる事が決まっていますので、是非お出で下さい。
お待ちしております。

19日は何故か写真を撮るのを忘れていたので、今回は画像なしになりました。



では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

Posted by spock at 11:20Comments(0)TrackBack(0)音楽

2010年12月23日

演奏会無事終了 前編

Ciao. spock です。

このところ、話をした何人もの人から、今年は12月の気忙しさがない、と言う言葉を聞きましたが、オレも同じように思います。
仕事の面では結構バタバタしているのに、そう感じるのは、例年ほど寒くないせいもあるんでしょうかね。

ウチがクリスマス・メニューの広告を出さなくなってからかなり経ちますが、それでも予約を入れて下さる方がおられる事を、本当にありがたいと思いますね。
今年は例年になくクリスマスの予約が少ないのですが(毎年、直前になって席が埋まるというパターンが多いのですけどね)、その分、前の週に大きいパーティーが続き、そして、その週末に、高山室内合奏団のクリスマス・ファミリーコンサートの本番がありました。

一番忙しい週にぶつかってしまったので、練習もままならず・・・・ちょうどスッポリと予約が空いていた本番前日の夜、合わせる事が出来たのは、ラッキーだったと言ってもいいでしょう。
『動物の謝肉祭』のナレーターという大役も貰っていたのですが、自分で原稿を書いていた事もあって、その時初めて声に出したくらいで・・・・まぁ、ほとんど『ぶっつけ本番』状態ですね。
ぶっつけ本番に強いタイプだと言う自信はあるものの、今回は、オレがミスれば他の人達に迷惑がかかるわけですから、それなりのプレッシャーは感じましたね。

1日目は神岡の『船津座』で、2日目は『高山市民文化会館』での公演でだったのですが、両日とも、夜に大きい予約が入っていたので、ひたすら準備に追われる日々でした。


1日目。
朝8時半過ぎに出発し、41号線をひたすら走って神岡へ。
船津座へは1時間と少しで到着しました。

会場の設営や、譜面台の飾り付けなど、分担して行います。


その後、ゲネプロに入りましたが、上手くいかないところは繰り返しましたから、時間は延びるばかり・・・・
ナレーションを入れての練習を忘れていて、最後のところを少しだけやっただけで、本番に向かう事になりました。
ほんと、文字通りの「ぶっつけ本番」です。

ふと気がつくと、開演15分前になっていた・・・・慌てて練習を打ち切り、控え室に入って、食事をする暇もなく着替えをすませ、チューニングをして、ホールの入口へ向かう。
差し入れしてもらった、みたらし団子を2本だけ食べましたが、その団子のありがたかった事。

ホールの扉を少し開けて中を覗くと、ほぼ満席!!
みんな驚いてましたねぇ。
全員揃ったところで、いよいよ入場です。
席順の関係で、オレが一番最初に出る事になり、へっぴり腰にならないように、胸を張って客席の前を歩いて行き、席に着く。

オレは一番ヘタな団員なので、セカンド・ヴァイオリン最後列のウラ(内側)に座ります。
弾けないところを、かなりごまかして弾いているのが、オモテ(客席側)だと見えてしまいますからね。(笑)
全員が着席し、コンサートミストレスのAの音に合わせてチューニングし、指揮者が登場して、演奏が始まります。

『もろびとこぞりて』で始まりましたが、音符を追いながらついていくのだけで精一杯で、訳の分からんうちに終了しました。
次は、バッハの『2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調』の第一楽章です。
ソリストは2人とも女子高生で、肩をむき出しのサンタクロースのコスチュームで演奏するというサーヴィス(?)付き。
その時だけ、その女子高生の座っていた前から2番目の席にオレが移る事になっているのですが、前の方はヴェテランばかりで、オレのヘタさが余計に目立ちそう。

この曲は、16分音符の細かい音型が繰り返される上、やたらと臨時記号が多く、楽譜を見ながら弾けるような曲ではないので、曲の頭から身体で覚えたのですが、途中で分からなくなる事もしばしば。
自信のないところは、できるだけ音を出さないようにして、音を長く伸ばすところや、同じ音が繰り返されるところで音を出す・・・・そんな方法で、なんとか乗り切りました。

次はいよいよ『動物の謝肉祭』から10曲の抜粋版です・・・・ナレーターとしての役割を、上手く果たす事ができるかどうか。
絶対にドキドキするだろうと思っていたけれど、自分でも不思議なくらい落ち着いてました。
曲目解説の小淵さんからマイクを受け取り、自分の席に戻ってまず一声・・・・うわずる事なく、思った通りの声が出ました。
これでもう大丈夫、あとは自分のペースで話すだけです。

自分で書いたナレーションの原稿が、例によって「長過ぎる」と言われたので、極力短くしたのですが、それでも長いのではないか、という気持ちも働いて、ナレーションがだんだん速くなりそうなんですよね。
そこを押さえて、できるだけゆっくりと話す。

以前ナレーターをやった人の話では、ナレーションと演奏の切り替えが難しい、との事でしたが、オレの場合、はなから完璧に演奏できるわけがない、という開き直りがあったせいか、全く気にする事なくやり通す事ができました。
途中、1回だけかんだところがありましたが、ナレーションは無事終了。
最後の2曲は続けて演奏するのですが、ほっとしたせいか、意外なほどあっけなく終わってしまったような気がしましたねぇ。
演奏を終了したところで、マイクを取って休憩の案内をして、前半は終わりました。

一度控え室へ戻った後、ホールへ戻ってみると、結構知った顔が見えます。
で、挨拶して、ちょっと話したり・・・・
何人かの人から、いい声でしたよ、って言われたのですが、たとえお世辞であっても嬉しいものですね。
お茶を一杯飲んで、後半の準備を始めます。


後半は、団友として参加してくれた、管楽器奏者の人達のための曲目、バッハの『羊は安らかに草を食み』で始まります。
演奏に参加しない、ほとんどの楽団員は、入口の近くで演奏を見守っていました。

団員が席に着き、そこへヴァイオリンを習っている子供達が加わって、ベートーヴェンの『歓喜の歌』と『トルコ行進曲』の演奏です。
子供達にも演奏できる簡単な曲、という事で選ばれたのだそうですが、まだファーストポジションしか使えないオレにとって、トルコ行進曲は結構難物でしたね。

子供達が客席へ移動し、次は『ザ サウンド オヴ ミュージック』ハイライトです。
文字通り、サウンド オヴ ミュージックのメロディーが次々に出てくるのですが、セカンドヴァイオリンとして弾くと、結構不思議なメロディー進行があったりします。
ドレミの歌も、ファーストヴァイオリンの3度下を弾くと、メロディーが短調になるわけだし、自分が今弾いているのが、何のメロディーなのか分からない事もありますが、オーケストラ全体の響きとして聞くと、あぁ、いいなぁ、って思ってしまいますね。
まぁ、そんなこともあって、セカンドヴァイオリンが主旋律を弾くところでは、ついつい大きめの音を出しそうになって、思いとどまる事もありますけど。

次は、今回のメインとも言える、ヴィヴァルディの『四季』から『冬』です。
ソロを弾くのは、神岡出身で、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団のヴァイオリニスト、村中一夫さんです。
村中さんは、このコンサートのために帰国されたそうで、このソロ以外では、ヴィオラで参加して下さっているのですが、やっぱりプロは違いますね。
調整ができていない安物の楽器でも、いい音を出せるんですから。
もしオレが、ストラディヴァーリやグァルネーリの楽器を弾いても、それ以下の音しか出せないでしょうね。

この曲でのセカンドヴァイオリンは、同じ音を続けて刻むパターンが多いので、オレにとってはありがたいですね・・・・なんて言っているうちに、メチャメチャ速い刻みが出てきて、追いつけなくなったりしますが。
でも、実際に弾いてみて、改めていい曲だと思いますね。
第2楽章の、分散和音のピッツィカートは、指が追いつかなくて、音を出せたのは半分以下でしたが、まぁ、間違った音を出すよりは良かったのではないかと。

次は、アンダーソンの『クリスマス・フェスティヴァル』です。
クリスマスに因んだメロディーをつないで、最後は派手に盛り上がる曲なんですが、目紛しくテンポが変わるので、結構難儀な曲です。
でも、クリスマスコンサートの最後を飾るには、うってつけの曲ですね
ここでも、しっかりと弾けるところは、目一杯弾きましたが・・・・音程は合ってたんだろうな・・・・

コンサートの最後は、『きよしこの夜』・・・・子供たちも加わったオーケストラの伴奏で、お客さんが歌います。
この曲だけは、完全に弾けるのですが、コンサートも終わり、という気持ちと一緒になって、自分の中で、気持ちが盛り上がってくるのを感じましたね。


コンサートは無事終了しましたが、オレは仕事があるので、すぐに帰らなければならないのです。
ひとりバタバタと、譜面台を片付けていたら、takechiくんと奥さんが、花束を持って来てくれました。
今回、団友としてファゴットで参加してくれた上仲貴子さんの送迎で来られたようですが、オレにまで花束を用意してもらえたなんて、感激です。
その花束を持って控え室に戻ったら、ひとりだけ花束を貰ってる、ってみんなに言われましたけど、やっぱり嬉しいものですね。

あわてて着替え、みんなに挨拶して、船津座をあとにしました。
その日は、シェ・ボアさんで打ち上げがあり、オレも本当に行きたかったのだけれど、16人のお客さんが待っていますからね・・・・未練がましい気持ちを振り切って、帰途に着きます。
41号線に入ったら、前を行く積載車がかなりのペースで走ってくれたおかげで、思ったより早く高山に着く事ができました。

takechiくんから貰った花束は、花瓶に生けて、店に飾ってあります。

高山での公演については、後編で。


では、また。
Ciao. Arrivederci!!  

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