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<title>ラ フェニーチェのチューボーから</title>
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<description>LA  FENICEのおたっきーシェフ spock がマニアックに語る、                                                                                                           　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　料理とワイン・音楽・スポーツ・クルマ etc</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Mon, 15 Jan 2007 20:18:00 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Mon, 25 Feb 2008 20:07:48 +0900</lastBuildDate>
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<title>久しぶりに・・・・</title>
<description>Ciao. spockです。４月にジャガーの車検を受けた時、無料オイル交換券を貰ったのですが、期限が迫って来たので、慌ててヤフオクでオイルを落札しました。20W-50の鉱物油が指定されているので、選択肢はあまり無いのだけれど、選んだのはコレ・・・・格安のシェヴロン・モーターオイル・・・・12クォートで4200円！！でも、結果はバッチリ！！　久しぶりのオイル交換で、エンジンの音が軽くなりました。20年目のV12エンジンは絶好調です。（これで、もう少し燃費が良かったらなぁ・・・・）え〜、ブログを更新するのも久しぶりです。　９月からこっち、何かとバタバタしていた所為もあるのですが、気がついてみれば、もう10月も終わりですねぇ。９月はおかげさまで忙しかったし、１０月はヒマだと思っていたら、後半になって急に予約が増えて来て・・・・でもね、忙しい事はいいことですよね。もっとも、９月は忙しかったとは言っても、支払いを全部すませてみたら、通帳の残高は大して増えていなかったんですよ・・・・orzあの忙しさは何だったんでしょうね・・・・って、まぁ、根本的に儲からない店だという事なんでしょうけど・・・・（多分、１０月も同じパターンなんだろうなぁ）時々、常連のお客さんから、料理を出し過ぎじゃないの、って言われる事がありますが、まぁ、それで喜んでもらえればいいかな、って思うんですよ。以前にも書いた事がありますが、やはり料理人だった祖父も、お客さんが驚くほど多くの料理を出したそうですから、オレはその血を受け継いだんでしょう。この前、ある会合で初めてウチに来られたお客さんがえらく気に入って下さって、その場で予約を入れて、次の日に奥様と一緒に来られた事がありましたが、本当にうれしかったですね。お客さんに喜んでもらえる事が一番ですから、そういう時は、儲ける事なんて全く考えなくなってしまいます。まぁね、自分の好きな事をやってカネを貰っているんですから、それで儲けようなんて考えるのはムシが良すぎると思うんですけどね。さて、今回は八幡祭の事を書こうと思っていたのだけれど・・・・って、もう半月も前の事だけど・・・・まぁ、いいか・・・・ウチは飛騨総社の氏子ですから、山王祭の時も八幡祭の時も、たいていヒマです。なので、予約が入っていなければ、夜は店を閉めて、夜祭りを見に行く事にしてますけど・・・・でも、今年の八幡祭は結構忙しかったのですよ。以前書いた事のある、ダイヴィング仲間が来る事になっていたからです。みんな揃って来るという事だったので、半年も前から、たけちくん（やどっち15号）の所へ宿をお願いしていたのですが、仕事の都合やら何やらで人数が減ってしまい、迷惑をかけてしまいました。（たけちくん、ゴメンネ！！）ちなみに、彼女達による宿の評価は「おばあちゃんの家に行ったみたいにくつろげた」との事で、かなり高いものでしたよ。今年の祭は、一般の勤めの人には出掛けにくかっただろうと思います。9日10日と休んだら、必然的にその後の３連休も休むわけですから、５連休を取る事になりますからね。そんな難しい時にもかかわらず出掛けて来てくれた友人達を、夜祭りに連れて行きました。安川通りを歩いて行くと、下二之町の角でそれ以上進めなくなったので、下三之町を下って、細い横道から二之町へ出ると、ちょうど目の前を豊明台が通り過ぎて行くところでした。それを見た友人達は、歓声をあげていましたね。子供の頃から何回も見ているオレでも、見るたびに感動するのですから、初めて見る人の感動の度合いは、はるかに大きいのでしょうね。その後、鳩峰車、大八台と通るのを見たのですが、その時、40年近く前の事を思い出しました。1969年の祭の曳き別れの時、親戚の小父さんに頼んで、大八台に乗せてもらった事があるのですよ。小父さんの家で直衣を着て、小父さんと屋台のところまで行き、屋台に乗り込みました。大八台は他の屋台と違って、御殿造りの中段に乗るのですが、その時乗ったのはオレを含めて４人・・・・本来なら、そこで子供達が『大八曲』（高山の屋台の半数以上は、大八曲を基にした『大八崩し』を屋台囃子として使っている）を演奏するのだそうですが、小さなオープンリールのテープレコーダーから囃子が流れるのを見て、寂しく思った事を憶えています。初めての曳き別れ体験は感動的なもので、今でもハッキリと憶えているのですよ。下二之町（三之町だったかもしれない）を上がって行く時、屋台を曳く人達が、東とか西とか、声をかけながら方向を修正していた事や、８ミリカメラを構えた観光客から「太鼓を叩いてくれ」って言われて一人の子が叩いたのだけれど、あまりにも機械的に叩いたので、もうちょっと何とかできるだろうと思った事、途中で中段の提灯が燃え出して、組の人が慌てて消したけど、金格子の天井にススの黒い跡が残った事、屋台を降りる時、屋台組の人が「はい、○○の代理人」ってキャラメルをくれた事・・・・あれから39年も経ったというのに、あの時の思い出は全く色褪せる事がないですね。屋台のない町で育ったから、余計に強く印象に残っているのかもしれませんが・・・・その後、一之町へ出て、曳き別れを見たのですが、友人達は夜祭を堪能したようです。で、店へ戻って食事をする事に・・・・彼女達がウチの店に来るのは、３年ぶりです。今回はカウンターでコースを食べる事に・・・・話しながら食べるので忙しかったでしょうけど、料理も会話も楽しんでくれたと思います。この日、意外な事に、その後もう一組の予約がありました。曳き別れの屋台を曳いた後に食事をしたいとの事だったので、喜んでお受けしました。後で聞いた話では、その方の屋台組では、曳き別れの後、屋台蔵の前で中華そばを食べるのが習わしなのだそうですが、それを抜け出してウチに来られたそうです。実にシャレた方ですね。ところで、このところ毎年、必ず布袋台のからくり奉納を観に行きます。昼の営業が終わってからしか行けませんから、９日の３時からの奉納を観に行く事にしているのですが、からくりが終わって屋台からからくりの装置が外され、曳き別れの準備のために町内へ戻るまでのしばらくの間、からくりの糸を引いている親友の千葉茂と、その日の出来具合について話すのですよ。千葉はもう長い事やっていますから、出来不出来を気にしながら見るような事はありませんが、唐子の首を動かしている息子の方は、毎年見る毎に動きが良くなっているのが分かります。「今年は、首の動きが音楽にピッタリ合っていたな」って言ったら、「音楽に合うように引いたから・・・・」って、少しはにかんだような顔をして答えました。屋台組の人手不足が問題になる中、こういう後継者がいるのは心強い事ですね。１０日も３時から下一之町でからくりをやると聞いたので、昼の営業を終えてから見に行きました。後で聞いた話では、去年より人は少なかったそうですが、それでも多くの人達がからくりの始まるのを待っていました。いやぁ、何回見ても、このからくりはスゴいと思います。これを操る人達の技術もスゴいのですが、何と言っても、こんなからくりを作った人がスゴい！！千葉は、改良の繰り返しでここまで出来たのだろう、と言います。多分それが正解なのでしょうが、こういう完成した形で残っているという事自体、奇跡的な事なんじゃないかとオレは思いますね。以前、からくりについて調べた時に読んだ本に、布袋台の綾渡りのような所謂『離れからくり』は、名古屋近辺にも多く存在するそうですが、綾を渡り終わった人形を別の人形が受け取るというのは、布袋台のからくり以外には存在しないのだとありました。要するに、世界で唯一のもの、と言う事ですね。からくりが終わった後、なべしま銘茶の前で鍋島さんを見かけたので挨拶すると、お茶を飲んで行って下さいと言われたので、頂く事にしました。鉄瓶でお湯が沸いている火鉢の前に座って待っていると、目の前に置かれたのは・・・・なんと抹茶でした。オレはお茶が大好きで毎日多量に飲むのだけれど、『お茶の作法』は全く知らない無粋者ですから、思わず身構えてしまいましたが、以前テレビで見たのを思い出しながら頂きました。（後で母に聞いてみたら、概ね合っていましたが・・・・）驚いたのは、その抹茶がスゴく甘かった事。抹茶といえば、苦いというイメージしかなかったのですが、この抹茶は全く違う！！挽きたての抹茶は甘いものなのだそうで、それが２日もすると苦みが出てくるのだそうです。今まで苦いものと思っていた抹茶は、挽いてから時間が経ったお茶だったという事なんですね。挽きたての抹茶なら、茶菓子など無くても、いくらでも飲めますね。お茶の事などを聞きながら、抹茶を味わっていると、布袋台組の人達がやって来て、奥から木の箱を運び出してきました。からくり人形をしまう箱のようです。で、しばらくすると、いくつかに分解されたからくりの装置が運び込まれてきました。どうぞ見て下さい、と言われたので、近くへ寄って見せてもらう事に・・・・観光客の人達も入って来て、見物してました。からくりの構造については、以前から千葉にいろいろ聞いていたのですが、実物を間近に見るのは初めてなので、何か興奮しましたねぇ。ちょうど先日手に入れたばかりの、515万画素のカメラ付きケイタイを持っていたので、恐る恐る、写真を撮ってもいいですか、と訊くと、いいですよとの返事・・・・写真を撮りまくりました。千葉もやって来て片付けを始めたので、合間合間に質問をして、いろいろ教えてもらいました。それにしても、よくここまで、と思えるほど緻密に作られていますね。ひたすら、ほーっ、へぇーっ、て言いながら、見せてもらいました。１時間もしないうちに、からくりはすべて箱に納まり、屋台蔵へ運ばれる事に・・・・千葉が、ひとつ持って来て、と言うので、手近にあった道具箱を持って蔵へむかったのですが、その道具箱は、かなり古いもののようで、蓋がすり減っているのですよ。千葉の話では、以前はその箱に座って、からくりの糸を引いていたのだとの事。ずっしりとした重さに、さらに歴史の重さが加わったようで、蔵に着くまで緊張しましたね。からくりの箱は蔵の中に納められました。次は屋台を蔵に入れる番です。布袋台の蔵は、別院の前から下一通りへ抜ける坂道の途中にあるのですが、おそらく、高山の屋台蔵のなかで、一番屋台の出し入れにテクニックを要する蔵だろうと思います。下一通りで向きを変えて、細い横道に入り、その先でさらに向きを変えて坂を上り、坂の途中で屋台が下がらないように止めながら向きを変えて蔵に入れるのです。経験とカンが無ければ出来ない事ですね。屋台が蔵に納まり、他の備品類も納まる所に納まった頃、仕事のある千葉と、夜の準備のあるオレは、一緒に蔵を離れました。今年の八幡祭は、見るだけではなく、体験し、感じる祭でした。本当にいい体験をさせてもらったと思います。布袋台組の皆さんに、感謝感謝です！！で、その次の日、たまたま店に来られた布袋台組の方と話した時、片付けを手伝った事のお礼を言われたので、「こちらこそ貴重な体験をさせてもらって」と答えたのですが、続けて勢いで「来年も手伝いに行こうかな」って言ったのですよ。そしたら「ぜひ来て下さい。千葉さんにも言っておきますから、一緒に屋台を曳いて下さい。」って言われました。ウチは祭の時はヒマですから、オレで良ければ、いくらでも行きますよ。先日新聞に、屋台組の人手不足や後継者不足の事が書かれていましたが、かなり深刻な問題になっているようですね。先日、カウンターに来てくれた某屋台組の同級生と話していて、祭の話が出たら、手伝いに来てよ、って言われましたからね。オレは屋台の無い町で育った人間ですから、実際に歴史の積み重ねの中で続いて来た屋台組の人に、とやかく言える立場ではありませんが、屋台組外の屋台好きとして、考える事はいろいろあります。将来の事を考えるのであれば、屋台の無い町の屋台好きの子供をスカウトするのが一番いいのではないかと思いますね。そういう新風を吹き込む時期に来ているのではないかとオレは思うのですが、さて、屋台組の方々はどう思われるでしょうか。では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<pubDate>Wed, 29 Oct 2008 17:33:17 +0900</pubDate>

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<title>飛騨高山フィル特別演奏会</title>
<description>Ciao. spockです。９月になってから、天気がいまいちパッとしませんね。一日スカっと晴れ上がってくれると気持ちがいいのに・・・・思い出したように熱い日差しが降り注いだ８月最後の日、去年に引き続き、高山室内合奏団の定期演奏会に行って来ました。オープンカーにとっては強い日差しが一番キツいけれど、化け猫を走らせて飛騨芸術堂へ向かいました。今回の演奏会のパンフレットを見ると、『ハイドンの交響曲を聴く会』とタイトルがあり、その横に『飛騨高山フィルハーモニー管弦楽団特別演奏会』と書かれています。飛騨高山フィルという名前を見て、オレはスゴくうれしくなりました。以前このブログに少し書いた事がありますが、もう20年以上も前、将来高山でこんな事が出来たらいいな、という、ある種の夢物語的計画を書き連ねて、親友の千葉茂のところへ送った事がありました。その中のひとつに、高山にオーケストラ・・・・市が主導の『高山交響楽団』ではなく、演奏家が自主的に集まって作る『高山フィルハーモニー管弦楽団』・・・・を作る事、と書いていたのですよ。夢物語として書いた、その『高山フィル』が実際に演奏会を開くのです・・・・感動しましたねぇ・・・・飛騨高山フィルには、これからも活動を続けてほしいと思います。これで、その計画書に書いた事のうち、実現していない事はひとつだけになりましたが、その事・・・・先日、やどっち15号のたけし君も同じような事を書いていましたが、高山にフットボール・ティームを作ってデンヴァーと交流する事・・・・は、何としてでもオレがやらなければ、と思っているのです。さて、では演奏会の事を書きましょう。座った席は、去年と同じ、前から５列目の左側通路のすぐ右の席、E-16。全体の響きを聴くには後ろの方の席がいいのは言うまでもありませんが、演奏者や指揮者の表情を見るのと、細かい音を聴き分けるには、このあたりが一番いい。まぁ、いささか野次馬的ではありますがね・・・・舞台の左奥にはチェンバロが置かれ、その下にスピーカーが見えます。一瞬、？と思ったけれど、曲目を見てハハーンと思いましたね。楽団員が出て来て、それぞれの位置につきます。　あ、チェロのトップは西先生です。編成と配置は、左から1st ヴァイオリンが８人、チェロが７人、ヴィオラが４人、2nd ヴァイオリンが８人、最後列正面にコントラバスが２人です。あと、ヴィオラが２プルトと、コントラバスが１〜２人増えたら、理想的な編成になりますね。最初はヘンリー・パーセルの、ロンド　ニ短調とシャコンヌ　ト短調。パーセルといえば、ベンジャミン・ブリトゥンの『青少年のための管弦楽入門』に使われたテーマの作曲者、くらいしか知りませんが、今回演奏されたロンドが、そのテーマの原型だと解説に書かれていました。弦楽器だけで演奏されたそのロンドは、大編成のオーケストラ用に書かれたブリトゥンの作品とは違い、実に「しっとり」とした曲だと感じました。シャコンヌは初めて聴きましたが、これもいい曲です。今回の演奏会では、1st ヴァイオリン（特に後ろの方の人達）が充実した音を出して引っぱり、その隣のチェロが支えている、という印象を受けました。特に目立っていたのは、1st ヴァイオリンの３番プルトの表の人。途中で気がついたのですが、その人だけは、弓を短く持って弾いているのですよ。普通に持って弾くと、目立ちすぎるんでしょうかね・・・・指揮者がチェロに加わり、代わりにコントラバス奏者が指揮台に上がりました。次の曲は、エリック・サティの『ジムノペディ』の１番の弦楽合奏ヴァージョンです。普段、サティの曲を聴く事はあまり無いけれど、こうして聴くといいですね。オリジナルはピアノ曲ですが、弦楽合奏の方が、この曲の物憂げな雰囲気を、より感じさせます。弦楽合奏による演奏は初めて聴きましたが、この編曲は実に凝っています。ただ、メロディーが楽器を変えて奏されるところでは、どうしても人数の少ないヴィオラが弱くなってしまいますね。サティの曲も、昔に比べるとポピュラーになってきたと思います。オレが初めてサティを聴いたのは、ジャン・ジャック・ベネックスの映画『ディーヴァ』を観た時でしたが、その奇妙だけれど印象的な響きは、その映画のメインテーマとして使われていた『ラ　ヴァリー』のアリア、『それなら遠くへ行きましょう』（ディーヴァと呼ばれる歌手の歌う曲ではないと思うけど）に劣らず印象に残ったくらいですから、やはり、何か人を惹き付けるものがあるんでしょうね。フルート奏者とオーボエ奏者が加わって、次は、マスカーニの出世作にして唯一の成功作『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲です。なるほど、上手い選曲ですね。この曲は、叙情的なメロディーを、伴奏以外の楽器がユニゾンで目一杯歌い上げるので、弦楽合奏とはまた違った響きになるし、オーケストラが燃える曲だろうと思います。この曲の序奏のところで、ソロのオーボエが合いの手を入れるところがあるのですが、驚きましたね・・・・何てきれいな響き・・・・オーボエほど奏者によって音の違いがでる楽器もないと思うのですが、このトップの人の音は本当にいいと思いますね。この曲は、ハープが伴奏で大活躍するのですが、さすがにハープ奏者まで呼んでくる事はできなかったようで、電子的な音で代用していました。（やはりスピーカーはそのためにあったわけです）やはりこの曲では、オーケストラがノッているのが分かります。目一杯楽しんで弾いている・・・・そんな演奏でした。次はまた、弦楽器だけの編成に戻り、『ロンドンデリーの歌（ダニーボーイ）』です。「おぉダニーボーイ、バグパイプが呼んでいるよ」という歌詞で始まるこの曲、高校生の時にシュヴァルツコプフのレコードを聴いて以来、オレの大好きな曲です。そういえは、去年の演奏会のアンコールでも『グリーンスリーヴスの主題による幻想曲』を演奏しましたが、英国のメロディーは常にレパートリーに入れておいてほしいですね。あのメロディーを慈しんで弾いているのが、気持ちをほのぼのとさせてくれましたね。さて次は、レスピーギの『リュートのための古風な舞曲とアリア第３組曲』の『イタリアーナ』と『シチリアーナ』レスピーギって、ローマ三部作くらいしか聴いた事がないのだけれど、有名なシチリアーナは何となく知っている・・・・まぁ、どっちにしろ、暗い曲のイメージが強いんですよね。今回初めて聴いた『イタリアーナ』は、意外にも明るい曲で、いい曲です。でもやはり、哀愁を帯びた『シチリアーナ』に惹かれますね。オーケストラも熱演でしたねぇ。やはり、目の前でオーケストラが演奏しているの見るのは面白い！！録音で聴いているだけでは分からない部分・・・・例えば、チェロが細かい音を弾きながら、一音だけピッツィカートを入れている、なんていうのは初めて知りましたからね。こうして聴いていると、あくまでもオレの素人考えなんですが、弦楽器の配置を変えた方がいいような気がするんですよ。今回のメインの曲がハイドンなので、その時代のオーケストラの配置である、ヴァイオリンを左右に振り分ける配置にしたのだと思うのですが、左から1st ヴァイオリン、2nd ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと並んだ方が、バランス的にも、響きがうまくまとまるような気がしますね。それが正解かどうかは、実際にやってみないと解らないんですけど・・・・休憩をはさんで、今回の演奏会のタイトルにもなっている、ハイドンの交響曲第83番ト短調『めんどり』です。パンフレットの解説の中に、今回この曲が選ばれた理由らしき事が書かれています。第４楽章　フィナーレ　ヴィヴァーチェト長調の急速楽章です。ハイドンは他の誰とも違う活力あふれたフィナーレを書くことで知られていました。この楽章は、彼の有名交響曲の中では、演奏技術面で難しくなりすぎないよう配慮されている、ほぼ唯一のものです。なるほど、なぜ『めんどり』なんだろう、と意外に思っていたのですが、そういう理由があったわけですね。80年代に入った頃から、いわゆる『古楽器』による演奏が増えると共に、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどの交響曲は、小さな編成のオーケストラを使い、早めのテンポで演奏される事が多くなりましたが・・・・オレはそういう演奏が、どうしても好きになれませんね。21世紀に生きている人間に、形式だけ18世紀のものを持って来て聴かせたって、試みとしての面白さはあっても、感動に結びつけるのは難しいとオレは思います。まぁね、オレのハイドンの原体験が、ブルーノ・ワルターがウィーン・フィルを振って1939年に録音した『軍隊』だったこともあるのでしょうけど・・・・耳がとろけてしまいそうなほど典雅なウィーン・フィルの音に、曲想に応じて自在に変化するテンポ・・・・そんな超ロマンティックな演奏でハイドンを知ったオレには、現在主流の演奏は、単調過ぎて面白くも何ともない・・・・今回の演奏会では、今の演奏の主流より、ずっと大きな編成のオーケストラで演奏されますから、そういう意味でもオレは期待していたのですよ。出だしの音から、小編成のオーケストラでは出す事の出来ない厚みを感じて、オレはうれしくなりましたね。もちろん、プロのオーケストラのようなキッチリ揃った音を期待するのは無理ですが、逆に一生懸命さが伝わってきます。よくここまでまとめたものだと感心しました。そりゃね、例えば、トリルの時に音が完全にバラケてしまう、というような弱点をあげるなら、いくつでもあげられますよ。でも、そんな聴き方しかできないのだったら・・・・それは寂しい事ですね。オレは普段、滅多にハイドンを聴く事はないのですが、ハイドンもいいなぁ、って思いました。それは、この演奏が良かったからなんだと思います。今回の演奏では、チェンバロが低音部に加わっていましたが、これはこれで面白い。フィナーレのコーダで、テンポがどんどん上がって行くところは、オーケストラがノリにノッて弾いているのが分かりました。こういうのを聴くと、高山フィルにはアマチュアの強みを生かして、きちんと形式を整えなければならないプロには絶対出来ない・・・・例えば、往年の巨匠達がやったように、曲想に応じて自由自在にテンポが変わるような・・・・演奏を目指してほしいと心底思うのですよ。きちんとまとまった演奏なら、CD等でいくらでも聴けるのですから、今年はどんな事をやってくれるのかな、ってワクワクさせてくれる、そんなオーケストラであってほしいと思いますね。（そういう演奏なら、たとえアンサンブルが崩壊しても、お客さんは喜ぶと思いますよ。）去年はモーツァルトだったし、今年はハイドン・・・・とすると、来年はいよいよベートーヴェン？やるとすれば、交響曲の１番か４番あたり、あるいはピアノ・コンチェルトの２番、（ソリストが揃うなら）意表を突いてトリプル・コンチェルトなんてのもアリですかね。アンコールには、シューベルトのセレナーデ、そして『ふるさと』が弦楽だけで演奏されました。掌が赤くなるまで拍手をして、ホールを後にしました。外へ出ると、強い日差し・・・・去年は演奏会の途中で、ホールの中でも分かるほどの雷雨になったのとはえらい違いです。化け猫のトップを開けて家に向かうと・・・・家に着くまでの間に、顔が日焼けでヒリヒリしてきました。軽自動車でエアコンを効かせて行く方が、よっぽど楽なんですが・・・・でもね、誰でも尊敬する人に会う時には、いい格好をして行くでしょう。だからオレは、飛騨高山フィルに敬意を表して、敢えてジャガーに乗って行ったのですよ。また来年も、いい演奏会になりますように！！では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<category>音楽</category>
<pubDate>Mon, 08 Sep 2008 17:20:00 +0900</pubDate>

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<title>Oさんのトマトとイモ</title>
<description>Ciao. spockです。９月になりましたねぇ。秋らしい、スカっとした天気を期待しているのですが、このところの天候は何なんでしょうね。まだまだ、夏の延長というところでしょうか。食欲の秋・・・・となるには、もう少し時間がかかりそうですね。先日、月刊ブレス編集部のウチの担当の方から、予約をもらいました。前々から、ウチでゆっくりと食事をしたい、と言われていたのですが、やっと時間が取れたそうです。月刊ブレスの創刊の時期がウチのオープンとほぼ同じ頃だった事や、編集者がいいと思う店しか載せない、と言い切るその方針に共感を覚え、以来、同志のように思えて、ウチの広告の大部分を月刊ブレスにお願いしてきました。広告の取材の時には、料理の写真撮影の後、その料理は編集者とカメラマンに食べてもらいます。（その料理について書いてもらうのだから当然ですが・・・・）だから、ブレスのウチの担当の人がウチの料理を一番多く食べている、と言っていいかもしれません。なので、予約をもらった時に、食べたい料理をリストアップしてファックスで送って、と言っておきました。と、来ましたねぇ、ファックスが・・・・で、見てみると、冷たいスパゲッティが書いてある。う〜ん・・・・どうもオレは冷たいスパゲッティというのが邪道に思えて、ウチの店でやった事は過去２〜３回だけなんですよ。でもお望みならやりましょう、というわけで、トマトを仕入れに行ったのですが・・・・オレは『ブランド品』というのがキライです。ただのバッグでも、ブランドが付くとバカみたいに高くなる・・・・（例外もあるんでしょうが）胡散臭さのカタマリだと思うのですよ。もっとも、胡散臭いからこそ、みんな高いカネを払うんでしょうけど・・・・もしオレがブランド品を買うのなら、年月を経て、胡散臭さが抜けたものを買います。例えば、古いルイ・ヴィトンのバッグだったら、欲しいと思います。（ウチのジャガーもそのクチですね。もっとも、新車で買うだけのカネはありませんが）なんかねぇ、野菜にもブランド品が多くなってきたんですよね。○○産○○トマトとか、○○産○○キャベツとかね。使ってみようかな・・・・と思わなくもなかったのですが、野菜の場合、胡散臭さが抜けるまで待っていると腐ってしまうので、手を出さなかったのですけどね・・・・まぁ、基本的に、品種よりも個々の状態を優先するのがオレのやり方なので、例えば、○○産の『フルーツトマト』より、その辺で普通に売っている、完全に熟した『桃太郎』を使っていたわけです。今年の春、母が友人から紹介されたOさんの作るトマトを買ってきたのですが、見た目は何の変哲もない、ただのトマトなのに、その旨味と甘味の強い事・・・・それ以後、手に入る限り、Oさんのトマトを使うようになりました。このトマト、Oさんは普通に売っています。（値段は少し高いですが）特別な名前を付けているわけでもない・・・・オレは気に入りましたね。どうしてOさんのトマトだけ違うのか、理由を訊いて納得しました。水を少ししか与えないで栽培していると言うのです。なるほど、Oさんのトマトを水に入れると、一気に沈んで行きますが、それだけギッチリと旨味が詰まっているわけなんですね。そもそもトマトは南米大陸原産で、本来は痩せて乾いた土地で時間をかけて育つものですから、肥沃で雨の多い日本の畑では、早く育つけれど、どうしても水っぽくなるのだと聞いた事があります。日本でも、南米と同じ条件の温室でトマトを作っている人がいて、そのトマトは高い値段で取引されているとも聞きました。でも、Oさんのトマトは、せいぜい他の同じようなトマトの1.5倍位の値段で売っています。水を少ししか与えずに栽培するのでは、手間も時間もかかるはずです。Oさんは息子さんとふたりで農業をやってみえるので、多量に作る事は難しいでしょう。でもありがたい事に、ウチでトマトを頼むと、他に売るのとは別に、よく熟したものをとっておいてもらえるのですよ。おかげで、いいトマトがある時にしか作らない『トマト入りカルボナーラ』を、いつも出す事ができます。そういえば、オレの料理の師である『ベルゲン』の安田氏は、「料理に使う上で、日本のトマトは、どうしたってイタリアのトマトには敵わない」と、よく言っていましたが、このトマトだったら納得されるんじゃないかと思います。安田氏は「サラダに使うなら、日本のトマトがいい」とも言っていましたが、実際にOさんのトマトをサラダのドレッシングに使うと、甘過ぎてぼやけた味になってしまいますから、そういう意味でも、イタリアのトマトに比肩するトマトだと言っていいと思いますね。さて、冷たいスパゲッティのソースを作るのなら、Oさんのトマトが絶対必要です。朝６時にOさんの家に電話すると、取りに来てもらえるなら畑から取って来る、との返事だったので、母のおぼろげな記憶をたよりに、Oさんの家に向かいました。Oさんの家の庭にクルマを停めると、Oさんが出て来て、作業場を見せてくれました。取れ立てのトマトの中から、店で必要な分と、家で食べる分、そして母の友人の分を袋に詰め、ふと横を見ると、こんなトマトが・・・・（何と言う品種か分からないそうですが）ひとつ摘んで食べてみると、これもまたウマい！！　これも袋に詰めました。で、他に何かないかと作業場の中を見回すと、立派なジャガイモがおいてありました。これでニョッキを作ったらウマいだろうな、と直感的に思ったので、それも袋に詰め、Oさんに品種を訊くと『キタアカリ』だとの事。ウチでは、新ジャガの季節はニョッキを作りません。新ジャガは水分が多過ぎて、ニョッキにすると水っぽくなってしまいます。ウチのニョッキは普通より粉が少なめで、イモっぽいのが特徴なので、その特徴を生かすためにも、新ジャガの水分が落ち着くまでは、ニョッキは中止するのですが、最近、ニョッキ作りを再開したところだったのですよ。Oさんのキタアカリが、きっといいニョッキになるのは間違いないでしょう。Oさんが、キタアカリの横に置いてある、小さな粒のイモを指して、「これはインカの何とかっていうイモなんやけど、煮崩れせんし、栗みたいな味なんやさ」って言うのですよ。これも思わず袋に詰めましたねぇ。これがOさんから買ってきた、小粒のイモ『インカのめざめ』です。うしろのタマネギと比べると、粒の小ささが分かると思います。これだけ買っても、Oさんの言う値段は驚くほど安いものでした。さて、この日のブレスの人達に出した料理に、Oさんのところから買ってきたトマトとイモを使ったわけですが、好評でした。小さなトマトは、前菜としてイタリア産の岩塩を細かくしたものをつけて食べてもらいました。インカのめざめは、にんじん、ブロッコリと一緒にボイルして、パン粉入りの焦がしバターをかけて、温野菜のサラダに。冷たいスパゲッティのソースは、かなり強めに塩味をつけないと、全くぼやけた味になってしまうのですが、Oさんのトマトはそんな場合でも、しっかりと甘味と旨味を感じさせてくれます。オレはプロですから、そこそこの素材でも、きちんとした味を出さなければならないわけですが、いい素材を使う時は本当にラクです。いい素材は、そこそこアバウトに使ってもいい味が出せますから・・・・そういう意味でも、素人の方にこそいい素材を薦めたいのですが、Oさんの事はここでは伏せておきます。何分、生産量が少ないので、みんなが買いに行ったらオレが使えなくなりますから・・・・その後、Oさんのキタアカリでニョッキを作りましたが、予想通り、いいニョッキができました。で、その次の日、インカのめざめを使って、ニョッキを作ってみました。茹でて裏ごしすると、そのままモンブランに使えそうな色です。実にしっかりとしたイモなので、粉の量は、ごく少量で充分です。出来上がったニョッキも、かなり黄色いですね。試食してみると、甘味が強く、弾力もあり、ウマいですよ！！これからもオレは、ブランド物を避けて「名も無く安くウマい」素材を探しますよ。まぁね、もともとがアマノジャクな人間ですから・・・・では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<pubDate>Fri, 05 Sep 2008 17:15:00 +0900</pubDate>

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<title>プチ同窓会</title>
<description>Ciao. spockです。お盆を過ぎたら、急に秋らしい気候になってきましたね。毎週１回、化け猫を走らせて、清見まで花を買いに行っているのですが、先週までのジットリと暑い風とは違い、カラッとした涼しい風が、本当に気持ちいい！！売っている花も、菊を中心にススキやホウズキなどが混じって、秋の雰囲気を感じました。でも、一番ありがたいのは、化け猫をガレージに入れてからの事。V12エンジンの発熱量は半端ではなく、先週まではエンジンを止めても冷却ファンが回り続けたので、バッテリーが心配で、ファンが止まるまでそばについて様子を見ていましたが、涼しくなったおかげで、エンジンを止めると同時にファンも止まるようになりました。これからは、すぐに家に帰れますね。（笑）17日の夜、中山中３年２組の『プチ同窓会』をやりました。急遽決まった上に、お盆休み最終日なので、集まらないのでは・・・・と心配したのですが、６人が参加してくれました。料理を出し終わってからは、オレも加わって思い出話に花を咲かせまくったのですが、７時に始まった会も、終わったのは１２時過ぎ・・・・思い出話は尽きませんね。オレは、このクラスの時の事が一番思い出深いし、一番好きなクラスでもあります。他のクラスの人達から聞いた話と比べても、このクラスの同窓会の出席率はかなり高いようですから、みんなそう思っているのではないかと思いますね。考えてみると、勉強にしてもスポーツや音楽にしても、特別できのいいクラスではなかったけれど、みんなが協力して何かをやる時には、凄い力を発揮するクラスだったと思います。そういう凄さを現しているのが、文化祭の時に作った『あの感動をもう一度』という映画です。有名な映画のサワリを、一部パロディーも加えて再現した、約15分のモノクロの８mm映画なのですが、今観ても、よくこんな映画を作ったものだと、心底感心します。文化祭の後で行われたアンケートでは、95％以上の人の支持を得て、ダントツの１番人気でした。後で聞いた話によると、次の年の文化祭は、映画ばかりになったそうですが・・・・乾杯の後、前菜を食べ始めたところで、あの映画を観ようという事になり、今年の同窓会で配られたDVDをセットしてスクリーンに映し、みんなでワイワイ言いながら観ましたねぇ。こんなスクリーンに映して見たのは、文化祭以来の事なんじゃないかな。結局、続けて２回観ましたが・・・・その中から、一部画像をピックアップしてみます。まずは『００７』完全に、なりきってますねぇ。　衣装や小道具など、よくこれだけ揃えたものだと感心します。次は『シェーン』馬も、ちゃんと作ってあるんですよ。　シェーンの帽子は、００７で使った帽子に、紙の大きなツバを付けて撮影したハズ・・・・『刑事コロンボ』中山中のすぐ下に、こんなシャレた家があったので、テラスを撮影に使わせてもらいました。　撮影後、お礼を言いに行くと、中も撮っていってよ、って言われました。　今はもう、この家は無いそうです。『パピヨン』ゴキブリを食べるシーン・・・・実際は黒豆を食べています。　パピヨンのペイント、すごくキレイにしてあったのに、ピントが合っていない・・・・『大脱走』針金を巻くシーン。　実際は巻くフリをしているだけなのだけれど、本当に巻いているように見えるのは立派。　ドイツ兵の衣装や旗は、誰が持っていたんでしょうね。『小さな恋のメロディー』主役から脇役まで、出演は全員女子。　中山中の校舎からグラウンドまで、目一杯使って撮影しました。『卒業』このシーン、音楽室を使って撮影しました。　最後にオチがついていますからね。『ロミオとジュリエット』バックに木の枝を置いただけのところで撮影しましたが、それらしく見えるでしょ。　ちなみに、２人とも男です。『猿の惑星』学校の裏山で撮影しましたが、山の中を裸足で走り回るのは大変だったと思います。　それらしい雰囲気が出てますよね。『燃えよドラゴン』当時、最高の人気を誇っていたのが、この『燃えよドラゴン』　みんな、ブルース・リーの真似をしてましたからねぇ。　この映画の撮影でも、一番大掛かりだったのがこの作品で、学校の裏山での撮影でした。　いや〜、完全になりきってますねぇ。　この時、崖によじ登ってカメラを回していたのはオレです。CMのシーンでは、1974年当時のCM、エメロン・シャンプーやクイントリックス、ロッテ・ガムにメロディー・チョコレート等が出て来て、あぁ、こんなCMがあったよなぁ、って懐かしく思いますね。この映画を見ながら、当時の思い出を話していると、１つのきっかけから次々と思い出される事があって、ある意味で、この映画は３年２組のタイムカプセルだ、と言ってもいいと思いますね。ところで、この映画は２台のカメラを使って撮影した、５本の８mmフィルムを編集して15分の作品にしてあるのですが、そのうち１本分は、あるトラブルが原因で、二重写しになっているのですよ。幻想的な感じがして面白い、と言ってくれる人もいますが、そのフィルムを撮影したオレにとっては、30年以上経った今でも、何か吹っ切れない思いがあります。まぁ、そのせいで、この映画に対する思い入れが、人一倍大きいのかもしれませんが・・・さて、この日の料理は、こんな内容でした。前菜・・・・生ハム・メロン、サラミ、コッパ、ドライトマトのオイル漬けパスタ・・・ホウレン草入りタリアテッレのボローニャ風ミートソース　　　　　　スパゲッティ　トマト入りカルボナーラ魚料理・・・鮎のグリル肉料理・・・チーズ・ハム入り　モーデナ風子牛のカツ　デザート、エスプレッソ魚料理は、先日、川上君が持って来てくれた鮎を、ハーブの香りをつけたオリーヴオイルに漬けてから焼いた、イタリア風のグリルです。食事が終わってからは、オレも加わって、思い出を語り合ったのですが、みんなで語り合うと、記憶の欠けている部分が補われて、その当時の事がハッキリと思い出されてきます。これまで、正確な事が分からなかったのが、キャンプの事なんですが、今回、ようやく分かってきました。オレが憶えているのは、高校１年の夏休みに、カクレハキャンプ場へ行った事なんですが、次の事をハッキリと憶えているのですよ。　すぐそばを流れている川に小さな滝があり、滝を滑り降りたり、滝壺で泳いで遊んだ事。　夕方、急に大雨が降って来て、一部のグループが、テントから管理棟へ避難した事。　明け方、大声で歌う『ラジオ体操の歌』で起こされた事。　近くに牧場があったので、アブが多く、よく刺された事。これらの事は、みんなも憶えていたのですが、話しているうちに、オレの記憶に全くない、肝試しの話が出て来たのですよ。で、話をいろいろしているうちに、キャンプは中学の時と高校の時の２回あり、１回目のキャンプの時に、肝試しをしたことが分かってきました。１回目のキャンプは、男子の参加者がかなり少なかったそうなので、オレは参加していなかったのだと思います。そういえば、中学の夏休みに、かなり長い間親戚へ泊まりに行った事がありましたから、きっとその時にキャンプがあったのでしょうね。これでまた、欠けた記憶を補う事ができました。思い出話だけではなく、現在の事も話しましたが、行き着くところ「歳を取ったよなぁ」って話になってしまいますね。まぁ、50歳に手が届くところまで来てしまったのだから、当然といえば当然の事なんですが・・・・誰かが「気持ちは33才で止まっているのに、身体がついていかない・・・・」って言ってましたが、オレもまったく同感ですね。「朝早く目が覚めるようになった」という意見もありましたが、そういえば・・・・今回は『プチ同窓会』という事で、集まった人も少なかったけれど、こういう集まりもいいものですね。でも、本番の同窓会では、多くの人が集まってくれる事を期待していますよ。では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<pubDate>Sat, 23 Aug 2008 22:03:53 +0900</pubDate>

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<title>私的エコ論？　Rollerbradingの話！！（その１）</title>
<description>Ciao. spockです。久しぶりの更新です。前回アップしたのは７月の初めだったけれど、気がついてみれば、もう８月も終わりかぁ・・・夏大好き人間としては、夏の終わりが一番寂しいですね。まぁ、２週間後にはNFLが開幕しますから、秋はそれを楽しみにしているのですけど・・・先日、TVの取材を受けました。ウチもやっと、取材を受けれるようになったかぁ・・・・と、しばし感慨に耽る事はさておき、準備から、調理、説明、撮影後のスタッフ9人の食事まで、全部一人でやったので、大忙しでした。あらかじめ台本は貰っていたのですが、そんなのは無視してアドリブで喋りまくり・・・・主役の高山厳さんより多く喋ったのではないかと・・・・まぁ、大部分はカットされるんでしょうけど・・・・23日の14：00から、岐阜放送の『第１１回飛騨高山高根歌謡祭』という番組の中で放送されます。さて、本題に入りましょう。この前、32年ぶりに白川郷へ行ってきました。行きは156号線を通り、帰りは先日開通した道を通ったのですが、大喰らいのウチの化け猫も、信号や渋滞の無い道を走ると燃費はかなり良くなり、ガソリン消費量は街中を這いずり回っている時の約半分になります。とは言っても、燃費の悪い事には変わりがないわけですが・・・・このところ、原油価格は暴落しているのに、ガゾリンの値段は高いまま・・・・以前のような値段に戻る事はないのでしょうかね。とにかくガソリンの消費量を抑える事、要するにクルマに頼り切らないことが必要ですよね。まぁ、オレはもともと自転車乗りですから、荷物を運ぶのでなければ、自転車だけでも事足りるのですけど・・・・今から２ヵ月ほど前の事、クルマに頼らず自分の足で移動するなら、自転車の他に『アレ』もあったよなぁ・・・・って考えていた時に、TVを見ていて、あるCMに思わず見入ってしまいました。それは、キリンのSONiQのCFです。（わりと短い期間だけ放映されて終わりましたが、近々復活するそうです）ちょうどその時考えていた『アレ』というのが『ローラー・ブレイド』の事だったせいもあって、そのCFに思わず見入ってしまったのですが、それと同時に、いくつもの意味で『なつかしさ』のようなものを感じた・・・・というか、いろいろ思い出させられましたねぇ。まぁ、そんなふうに感じるのは、オレだけなんでしょうけど・・・・(注・ウィールが一列に並んだ『インライン・スケート』の中で、ローラー・ブレイド社製のものが『ローラー・ブレイド』と呼ばれるのですが、「インライン・スケートをする事」は メーカーに関係なく "Rollerbrading"『ローラーブレイディング』で通用するようです。)あの螺旋状の駐車場（だそうです）の雰囲気は『ブレイド ランナー』を思い出させられますねぇ。20年以上も前、LDを発売と同時に手に入れて、毎晩のように観てましたから、何となく、なつかしい気がしたのかもしれません。そんな場所をインライン・スケートでボディー・チェックしながら駆け下りて行くのを見て、オレが中学生の頃に一世を風靡した『ローラーゲーム』を思い出しました。あの頃はみんな、毎週TVの前にかじり付いて『東京ボンバーズ』を応援してましたねぇ。特に、スレンダーな身体でストレートのロングヘアーをなびかせながら果敢に戦っていた、佐々木ヨーコがカッコよかった。後に『ローラーボール』なんて映画もできましたね。実を言うとですねぇ・・・・10数年前、オレはローラー・ブレイドに入れ込んでいた事があるんですよ。とは言っても、ローラー・ブレイドを、スポーティング・ギアとは考えずに使っていたわけなんですが・・・・ローラー・ブレイドが正式に輸入されたのは92年の春で、最初に輸入されたのは２種類だけだったし、情報誌等での扱いも大きいものではなかったので、あんまり売れなかったんだろうなぁ、とは思っていましたが、オレは興味を持って見ていたのですよ。東京に限らず大都市はみんなそうだと思うのですが、地下鉄やバスに乗れば、だいたい行きたいところへは行けるのだけれど、駅から目的地までが遠い場合が多いんですよね。そういう時に使える移動手段はないものか、と考えていたのですが、自転車じゃ電車の中に持ち込むわけにはいかないし・・・・で、簡単に持ち運びのできるローラー・ブレイドなら、移動手段として使えるんじゃないかと考えたわけです。でも、よく考えてみると、階段の昇り降りや、乗り物に乗る時なんかは脱着が大変なんですよ。あぁ、これもダメかぁ、って思っていたのですが、翌93年の春、アメリカ本国で発売されている殆どの機種が輸入されることになり、その中に『メトロ・ブレイド』を見つけたのです。文字通り、メトロ（地下鉄）にも乗れるローラー・ブレイド、という事からつけた名前なんでしょう、本体からシューズが取り外せる構造になっていて、必要のない時は本体を外して歩けるようになっているんですよ。カタログには車よりも自転車よりも速く　とか新たなライフスタイルを志向した都市型トランスポーテーションギア　って書いてありました。オレが求めていたのはこれだ、と思って、すぐにその当時ローラー・ブレイドを一番多く扱っていた新宿の『フィールド』へ行って予約しました。値段は結構高かった事を憶えているのですが、当時のカタログで調べてみると、なんと55000円！！　こんな高い物を買ってたんだなぁ、と、しばし考え込みました。メトロ・ブレイドが発売されたのは、93年と94年だけでしたから、ある意味『レア・アイテム』ではありますが、96年頃、１万円位で投げ売りされていたようですから、よっぽど売れなかったんでしょう。ちょうどこの頃、コカ・コーラのCFで、近未来の都市を謎のローラー・ブレイド集団が駆け巡る、というのがありましたが、ローラー・ブレイドの発売に合わせて作られたCFだったのかもしれませんね。発売日の休憩時間に受け取りにいき、予想外に大きな箱を抱えて戻って来たのですが、実はそれ以上に大きな問題を抱えていたのですよ。オレはスケートというものを、生まれてから一度もやった事がない・・・・ズーッと昔、TVでプロのスケーターが、スケート靴を履いて歩く事ができればスグに滑れるようになる、って言ってましたから、何とかなるだろうと思ってはいたものの、本当にできるのだろうか・・・・その日、部屋に帰って早速装着し、とりあえず立って歩いてみると、ちゃんと歩けたのですよ・・・・いつだったか伯母が「雪の積もるところで育った人は、自然にバランス感覚が身に付いているんだから、スケートができない筈がない」って言ってましたが、納得しましたね。次の日の休憩時間に、スケートの得意な後輩に見てもらってアドヴァイスを受け、タベルナ・デル・コッレオーニがあった赤坂ツインタワーの裏口横の空地（ローラー・ブレイドをやるには打ってつけのスゴくなめらかなコンクリートの空地でした。でも何のための空地だったんでしょうね）で練習していたら、３日目位には「昔からスケートやってました」みたいな顔をして滑れるようになったのですよ。で、実際に移動手段として使えるか、という事になると・・・・やはり問題がありますね。アメリカのように、広い道が延々と続くところならいいのでしょうけど・・・・日本の場合、車道を走るのは無理なので、歩道を走るしかないのですが、狭くて段差ばかりの上、当然の事ながら歩行者が優先ですから、駆け抜けるというわけにはいきません。慣れていないうちは咄嗟のブレーキングが難しい、という事もあります。まぁね、道路交通法から見れば、かなりグレーな部分に入る事も確かなので、控えめな存在でいる事も必要なんですね。それから、オレがその当時住んでいた赤坂もそうでしたが、東京には結構坂が多いので、登り坂は体力が続く限り登ればいいのですが、急な下り坂では制御できない事があり、ハッキリ言って怖い！！その当時オレの部屋は、結構急な『南部坂』のちょうど真ん中にありましたから、前の道に出ると、すぐ上に向かって登り、遠回りしながら、ゆるやかな坂を下るという方法を選択するしかなかったですね。あと、本当に怖かったのは、ある朝、ローラー・ブレイドで仕事場へ向かっている途中に、急に雨が降って来た時の事です。ザラっぽい舗装道路ならいいのですが、表面が滑らかな場所だと、雨で濡れ始めた途端、ローラー・ブレイドのウィールは、グリップする事を放棄してしまう・・・・要するに、止まろうとしても動こうとしても、スリップするんですよ。仕方なく、転ばないようにバランスをとりながら、縁石に擦り付けるようにして止まりましたが・・・・ローラー・ブレイドを移動手段として使うのには、難しい点も結構あるけれど、うまく条件が合えば意外と使える、というのが、最終的な結論でした。まぁ、なんだかんだ言いながら、それでも結構、移動手段として使いましたから、充分楽しませてもらった事は確かなんですが・・・・丁度その頃は、スクーバ・ダイヴィングにもハマり込んでいたのですが、他のみんなは金曜日の晩に出かけるのに、オレは仕事があったので、ダイヴィング機材だけ預けて運んでもらい、土曜日の朝イチの電車で、みんなを追いかけた事がありました。で、その時、赤坂から新橋の駅までローラー・ブレイドで走ったのですよ。早朝で、歩行者がいなかったとはいえ、歩道の段差や、いきなり横道から顔を出すクルマに阻まれて、あまりスピードは出せなかったのですが、当然、歩くよりかなり早く駅に着きました。でも、電車に乗ってから点検してみると、ウィールは傷だらけだし、ベアリングに（微かではありますが）ガタが出ているような・・・・やはり、段差の多い歩道を走るのは、かなりハードな事なんでしょうね。その日、海に潜った後、宿泊した富戸の『シーフロント』のそばにある、いつもガラガラに空いている広大な駐車場へ行って、みんなで交代しながら滑ったのですが、みんな大喜びでしたね。この日は海が荒れて、みんなが期待していた伊豆海洋公園の『２番の根』に潜れなかった所為もあってか、ログブックには、海の事よりローラー・ブレイドの事が多く書かれていました。その後も、ダイヴィングに限らず、人の集まる時にローラー・ブレイドで行くと、盛り上がりましたねぇ・・・・やはり、一度やってみたいと思っている人が多いんでしょうね。そんなに入れ込んでいたローラーブレイドなんですが、いつの間にか疎遠になってしまった理由は、移動手段として期待していた程使えなかった事の他に、もう１つあるのです。一言で言えば、スタイルの問題、という事でしょうか。当時のスケーター達は、例外無くダブダブのウェアを着て滑っていました。下にプロテクターを着ける必要があったから、という理由もあったのでしょうけど、片方に脚が３本位入りそうなパンツに、２サイズくらい大きめのTシャツ・・・・そんな格好が普通だったのですが、オレはダブダブのウェアというのが生理的にダメなんですよ。端から見れは、実にたわいない理由なんでしょうけど、そんなわけでローラーブレイドから遠ざかってしまったわけです。（同じ理由で、以前はよく見ていたバスケットボールも、全然見なくなりました）ところが、最近見たいくつかのVTRの中で、ストリート／パーク系のアグレッシヴ・スケーター達が、タイトなウェアを身に着けて滑っているのを見て、最近の流れが、ルーズ系からタイト系に変わって来た事を知ったのですよ。（いつかそうなるだろう、という確信は持っていましたが）タイトなウェアを通して見る、彼らの身体の躍動感と、スタイリッシュなスケーティングに、思わず感嘆の声をあげてしまいましたね。タイトなウェアでアグレッシヴ・スケーティングをするためには、プロテクターを着ける必要が無いだけのスケーティング・テクニックと、ダメージの小さい転び方のテクニックを持っている事が最低条件ではありますが、そのあまりのカッコよさに、オレもアグレッシヴ・スケーティングの練習を始めました。とりあえず、バックスケーティングとジャンプから・・・・HOW TO AGGRESSIVE INLINE SKATE というDVDも手に入れて見てますけど・・・・VTR等で、高度なテクニックを持ったスケーター達が、あらゆる場所を自由自在に走り回っているのを見るにつけ、それなりのテクニックを身に付ければ、街中の移動手段として、インライン・スケートってスゴくいいんじゃないかって思うようになったのですよ。というか、今の時代こそ、こういう考え方があってもいいのではないかと思うのです。もちろん「周りに迷惑をかけない事」や「すべて自己責任で行動する事」という最低限のルールを守る事が前提なんですが・・・・自分自身のバランス感覚の上で成り立つローラーブレイディングでは、常に周りの状況を見ながら、少し先を予測していなければ、まともに滑る事はできません。そう考えると、少なくとも、周りの状況を全く考えないで走っている自転車（一時停止する事なく交差点に突っ込んで行ったり、右側を逆走したり、携帯電話を見ながら走ったり）よりは安全だと、オレは断言します。荷物がある時は別ですが、例えばウチから雷鳥屋さんへ行く位の距離だったら、駐車・駐輪スペースも要らないし、ちょうどいいのではないでしょうかね。駐車・駐輪スペースが必要ないというメリットの他、身体のためにも、エコの面からも、いいと思うのですけどね。まぁ、どこまでできるかは、やってみないと分かりませんが・・・・さて、まだまだ長くなりそうなので、続きは（その２）で・・・・次回は、インライン・スケートをハード面から書いてみます。では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<category>スポーツ</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 17:05:00 +0900</pubDate>

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<title>３周年パーティー</title>
<description>Ciao. spockです。LA FENICE がオープンしたのは、2005年の7月1日でしたから、早いもので丸３年経ちました。なんとかここまでやって来れたのも、店に来て頂いたお客様のおかげです。ありがとうございました。今年も去年に続き、29日にパーティーをやりました。常連のお客さんや劇団関係の人、30人くらいに声をかけたのですが、その殆どの方が来て下さるという事で、ブレスを見て問い合わせの電話を下さったお客さんには、残念ながらお断りする事になりました。（電話を下さったお客様、ごめんなさい）パーティーは18：30に始まり、最後のお客さんが帰られたのが1：30・・・・皆さんに楽しんで頂けたようで、本当にうれしく思っています。また、洗い物の山を見かねて洗ってくれた、今井ちゃん、優子さん、黒雷鳥さん、キンちゃんには、本当に感謝しています。ありがとうございました。花やお酒を持って来て下さった方にも感謝しております。下の酒は、非売品の『久寿玉』で、特別な時にだけ出される、貴重なものだそうです。パーティーにお出しした料理やワイン等は次のとおりです。　生ハムとサラミの盛り合わせ海の幸のサラダ　ニース風サーモンのマリネキノコ入り田舎風オムレツグリーン・アスパラのミラノ風ほうれん草入り自家製タリアテッレのボローニャ風ミートソーススパゲッティ　トマト入りカルボナーラ手作りマカロニ　ソーセージ入り辛口トマトソースポルチーニ入り　パルマ風リゾット青じそ風味のソテーオニオン入り　鱸のフライ　鯛のモンテカルロ風バターソース鱸の岩塩包み焼鶏胸肉のヴァッレダオスタ風チーズ焼鶏ささみのグラティナータ子牛のミラノ風カツレツ　ケッパー・レモン添えサラダ、ロゼッタ（パン）アーモンドとカラメルのジェラートクルミのジェラートブラッディ・オレンジのジェラートカボチャのプリンパンナコッタエスプレッソコンチェルト　ランブルスコカヴィッキオーリ　マルヴァズィーア　セッコオスコ　ビアンコオスコ　ロッソアルトス　ラス　オルミガス　マルベックヴィッラ　ヨランダ　バルバレスコ 2003ブラウマイスター料理が一通り終わったところで、劇団無尽舎がウチで撮影した映画『黄金の印』を上映し、その後は、ワインやビールを飲みながら歓談。初対面のお客さん同士が会話で盛り上がっているのを見るのは、店としてはうれしいものですね。まぁ、マニアックな店に集まるお客さんは、やはりマニアックなんでしょうかね。同級生だったテノール歌手の水口　聡にも声をかけたのですが、29日は日帰りで東京へ行くので、戻って来たら顔を出す、との事。10：00を過ぎた頃、駅に着いたその足で、荷物を抱えたまま来てくれました。しばらく、ワインを飲みながら話をしていましたが、興に乗ってきたところで『アンドレア・シェニエ』のアリアの触りをフルヴォイスで歌い始めたのですよ。その後、カンツォーネの触りを何曲かと、『めでた』に郡上踊り、春駒の一節まで歌ってくれました。みんな大喜び・・・・水口は以前から、ウチで『声と料理を楽しむ会』をやりたいと言っていたのですが、今年中に第１回をやりたいと言っていますから、何とか実現させたいと思っています。パーティーも終わりに近づいた頃、カウンターに置いてあるVHDプレイヤーが話題に上がり、少しだけ映画を観る事になりました。その時選んだディスクは『ショウほど素敵な商売はない』・・・・この映画を観ながら、いろいろ思う事がありました。こういう商売をしていると、水商売とはうまく言ったものだと思う事がよくあります。昼はカウンターまでいっぱいになり、夜は予約のお客さんの準備をしていると「予約がないとだめですか」と言って入って来られるお客さんが何人もあったり（残念ですがお断りします）・・・・で、次の日は一日通してゼロ、なんて事もよくあります。客商売の宿命ですから、いちいち落ち込んでいるわけにはいきませんが、時々、大丈夫なのかなぁ・・・・って考え込む事もあります。まあね、元来が能天気な人間なので、立ち直るのは早いんですけど・・・・でもそんな時、ふと思い出して元気づけられるのが、アーヴィング・バーリン Irving Berlin の『ショウほど素敵な商売はない』There's no business like show business です。同名の映画は、『雨に唄えば』『ウェストサイド・ストーリー』とならんで、ミュージカル映画の最高傑作だと思っているのですが、映画の最後の方でエセル・マーマンが歌う There's no business like show business は、マーマンの歌い方が大袈裟過ぎると言う人もいますが、オレは本当にいいと思いますね。まぁ、ショウビジネスも客商売という意味では食べ物商売と同じようなものなんでしょう、マーマンが The closing, and the customers don't come. ・・・客の来ない千秋楽・・・と歌うところ（バーリンのオリジナルにはない歌詞なんですが）で、来てほしい時に客の来ない寂しさは一緒だな、と思うのですよ。この曲の歌詞の一番最後はこんなふうになっています。Yesterday they told you you would not go far, that night you open and there you are,Next day on your dressing room they've hung a star, let's go on with the show!!昨日みんなに貶されても、今夜はまた舞台に立ち、次の日にはスター、さあ　ショウを続けよう！！まぁ、オレの商売では一晩でスターになる事はありませんが、いつかは、毎日お客さんが来るようになる時が来るんだろうな、と思いながら店を続けているんですよ。まぁ、そんな事を思いながら、丸３年が過ぎましたけど・・・・でも、また来年、４周年パーティーができるように、頑張ってやっていきますよ。これからも、LA FENICE をよろしくお願いします。では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<category></category>
<pubDate>Tue, 01 Jul 2008 17:35:00 +0900</pubDate>

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<title>バカじゃねーの！！</title>
<description>Ciao. spockです。７日（土曜日）の朝刊に、一面全部を使った広告が出ていましたが、気が付きましたか？こんな広告です。その翌日に、TVで一日中エコ番組をやっていましたから（全く非エコな内容だったので，途中で見るのを止めましたが）それと関係あるのかもしれませんが・・・・その広告には，こんな事が書かれています。これを見て，どう思いますか？オレは思わず「バカじゃねーの」って言ってしまいましたね。この広告は、世界一の自動車メーカーの広告としては、あまりにもお粗末すぎる。自動車メーカーである以上、クルマを売らなければならないわけですから、広告を出すのは当然ですが、人間の使う道具の中で一番『非エコ』な自動車を製造するメーカーの『エコ広告』なら、もっと真面目に考えた広告を出すべきだと、オレは思います。何故そんな事を思ったのかというと、先日読んだ記事に、イギリスのある研究所の試算によると、プリウスを１台製造するのに必要なエネルギーをガソリンに換算すると約1000ガロンになる、と書かれていた事を思い出したのですよ。おそらく，今世界で一番燃費のいいクルマは、トヨタのプリウスでしょう。プリウスに限らず、トヨタのハイブリッド技術は、間違いなく世界一だと思います。いや、普通のガソリン・エンジン車でも、トヨタの燃費の良さは認められている事です。でもね、『燃費の良さ』と『製造に必要なエネルギー』を比べて考えた場合、どっちがエコなんでしょうね？で、検索してみると・・・・ありました。アメリカのワイヤード（Wired）という雑誌が、この事について書いているのです。　　プリウス製造に必要なエネルギー 11万3000 BTU　（イギリス熱単位、1BTU=約251.996カロリー）　　11万3000 BTUをガソリンに置き換えると 1000ガロン　（3785リットル）　　製造コストに追いつくのに必要な走行距離　　4万6000マイル　（7万4029.824km）まぁ、非常に解りにくい訳し方ですが、要するに、プリウスを１台製造した時点でガソリン3785リットル分のエネルギーが使われており、新車がショールームに置かれた時点で、既に74000km走ったのと同じだけのエネルギーが使われているのだという事です。これだけでは解りにくいので、実際に数値を入れて計算してみるとどうなるのか、やってみました。上の試算でのプリウスの燃費は46000mile/1000gal として計算されていますから、日本式に換算すれば、約19.56km/ℓ になります。その数値を使って、燃費が10km/ℓのクルマからプリウスに乗り換えた場合、その燃費の差で3785リットル分を償却するには、どれだけ走らなければならないのかというと・・・・走行距離(km)を x とした場合　　　x÷19.56+3785 ＜ x÷10　　　　　　が成り立つ x の最小値を求めると77443になりました。燃費が10km/ℓのクルマからプリウスに乗り換えた場合、77443km 走らないと『エコ』にはならないという事です。という事は、プリウスに乗り換えて、77443kmまで乗らずに手放したら、エコどころかムダという事になりますね。じゃぁ、もっと燃費の悪いクルマの場合はどうなるか、自分のクルマ（『化け猫』こと、50万円で手に入れた ジャガー XJ-S コンヴァーティブル ）で計算してみました。ジャガーのV12エンジンは、燃費の悪い事で有名な『非エコ』エンジンなのですが、その燃費は街中を這いずり回って約4km/ℓ、高速道路で約9km/ℓですから、街乗り主体という事で、平均5km/ℓとして計算してみると・・・・　　　x÷19.56+3785 ＜ x÷5　　　　　　が成り立つ x の最小値は25425になりました。XJ-Sからプリウスに乗り換えた場合、25425km走ればエコになるわけなんですが、『非エコ』なウチのジャガーは、年に1000km走らせるかどうかというところですから、それでいくと、エコになるまでに25年以上かかりますね。そもそも、プリウスを製造するのに必要な3785リットルを使うだけでも19年かかるんですから・・・・それに、もしジャガーからプリウスに乗り換えたら、その燃費の良さに、思わずムダ乗りしてしまうような気がするんですが・・・・オレに限らず、人間の心理として、燃費のいいクルマに乗ると、その分乗る距離が増えてしまう事は避けられないのではないでしょうかね。上で引用したワイヤード誌には、「エコなのは中古車かもよ？」と書かれた上、さらにガソリン高騰で「(売れない)SUVは下取りお断り」のディーラーもちらほら出ている今のアメリカで、最近見直されてるのが90年代のシンプルな中古車なんです。調べてみるとこれが軽装備な分、意外と燃費が良い。ハイブリッド普及前だから目立たなかっただけでしょうか？と書かれています。　　そういう事をあれこれ考えると、トヨタがこの『エコ替え』という広告を出した真意というものが、全く解らないのですよ。トヨタはこの広告を作るとき、どんな人達をターゲットにしたのでしょうね。まぁ，何年か毎に新車に買い替える、という人になら説得力はあるんでしょうが・・・・オレはこの広告を、物事を深く考える事を放棄してしまった人達に対する姑息な見せかけだけの広告、だと思っていますがね・・・・日本がバブル景気の余波で『高級車ブーム』に沸いていた1991年、ダイムラー・ベンツは、メルセデスの新型Sクラスを発表した際に、エコロジーについて言及し、排気ガスの浄化、資源のリサイクル、使用素材及び生産方式のクリーン化に特に力を入れている事を、キャタライザーの改良、100g以上の全てのプラスティック部品の素材名マーキング、特定フロンや重金属の使用をほぼゼロにした事、というように、具体的に発表してみせたのですよ。オレはメルセデスというクルマに，全く惹かれるものを感じません。例えば、ウチのXJ-SのライヴァルともいえるメルセデスSLは、性能も、オープンカーとしての安全性も、XJ-Sよりずっと上ですが、オレはSLに惹かれたことはないですね。（もっとも、もしオレにSLに乗っている金持ちの伯父さんがいて、「お前にやるよ」って言われたら、喜んで乗りますけど・・・・）でも、メーカーの志の点では、ジャガーよりダイムラー・ベンツの方が、遥かに高いところを見てますね。ほぼ同時に、BMWも同じような事を発表しましたが、オレはそういう事を世界に先駆けて実施した両社を、尊敬の目で見ましたね。あれから17年、トヨタは世界一のメーカーになりましたが、そのトヨタがこんな広告を出した事を、オレはすごく残念に思いますね。　もし、トヨタが本当に『エコ』に対して真剣に取り組むのであれば，こんな十把一絡げの姑息な広告を出すのではなく、正確な燃費や製造に必要なエネルギー量を公表した上で、ユーザーの使い方や走行距離によって、どのクルマを選ぶのがエコなのかを提案すればいいと思うのですよ。広告の一番下に、小さな字で『貴重な資源をリサイクルしていく活動にも取り組んでいます。』と書いてあるけれど、どういう活動をやっているのか、という事こそ書くべきだと思いますね。広告の中の、関根さんの顔が引き攣っているように見えるのは、オレだけでしょうか・・・おそらく、クルマ好きの人達の多くは、この広告を見て，大なり小なり違和感を感じただろうと思います。もっとも、そういう人達の中に、トヨタのユーザーはあまりいないのでしょうけど・・・・オレはクルマが好きです。ウチのXJ-Sは『非エコ』なクルマですが、ずーっと憧れ続けて、やっと手に入れたクルマですから、いつまでも乗り続けたいと思っています。そのために、「ムダに乗らない」「アイドリング・ストップ」「エコ・ドライヴィング」という３つの事を常に心がけるようにしているのですよ。『エコ』なクルマを乗り回すよりも、『非エコ』なクルマを必要最小限だけ乗る方が、ガソリンの使用量は少なくてすむのですから。オレは思うのですが・・・・炎天下の駐車場で、エアコンをつけてアイドリングしたまま駐車しているクルマを良く見かけますが、そういう事に全く疑問を持たない人達と、この広告を見て『エコ替え』に走る人達って、結構重なっているんじゃないのかなぁ・・・・では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<category>クルマ</category>
<pubDate>Fri, 13 Jun 2008 10:05:00 +0900</pubDate>

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<title>スピリチュアルな香りの話</title>
<description>Ciao. spockです。さっき投稿したら、なぜか『Spockのネタ帳』の方に投稿されてしまったので、改めて投稿し直しました。５月も終わりましたねぇ。ゴールデン・ウィークは、ありがたい事に、意外なくらい予約が入っていましたが、その後は反動でしょうか、全くヒマでした。もっとも、配達に来た業者の人に訊いても、知り合いの同業者に訊いても、みんな同じようにヒマだと言いますから、ウチだけではないんでしょうけど・・・・世の中が動き出してくれるといいんですけどね。そういえば、先日、オレの背中に翼が生える夢を見ました。どういう意味なんだろうと考える事数日・・・・今は勝手に「飛躍の前兆だ」と思う事にしてますけど・・・・さて、この前『Spockのネタ帳』に、「去年、香りに関するスピリチュアルな体験をしたのですが・・・・それを書き始めると長くなりそうなので、近いうちに『ラ　フェニーチェのチューボーから』に書く事にしましょう。」と書いたので、今回はその事を書きます。では・・・・去年の１月から２月にかけて、ある講座を受講するために、東京へ出かけました。その事については、このブログにも何回か書いたのですが、何の講座かという事までは書かなかったのですよ。まぁ、丁度その頃、その事がブームになっていた時期だった事もあって、あまり大っぴらに書きたくなかったのですけどね。で、その頃のブログの中に、オレはこんな事を書いています。今回東京に行った目的は、ある講座を受講するためでした。事前に来た文書に『１日やっただけでフラフラになりますから、覚悟して来て下さい。』という講師からのメッセージが書かれていましたが、本当に疲れました。あと何回か受講しながら、自分自身の技術を磨かなければならないのですが、最終試験に合格すれば、認定証を貰えるわけです。認定されたら、（ありきたりな言い回しですが）世のため人の為に、その仕事をしたいと思っているのです。勿論、店の空き時間に行う副業としてですよ。ただ、どんな事であっても、技術を磨くには経験が必要です。（例えば、調理師学校を卒業したからといって、すぐにお客さんに出せる料理ができるわけではありませんからね）初めのうちは、実験台（？）になって頂くクライアントが必要なんですよね。またこの仕事は、人によってはスゴく胡散臭く見えると思います。だから、どのように始めるかも考えなければいけないのですよ。まぁ、あくまでも認定されてからの話なんですけどね。その時オレが受講して身に付けた技術というのは『スピリチュアル・カウンセリング』なんですよ。講座では、スピリチュアル・カウンセリングの初歩から、プロとしての営業の仕方までを学びました。講師はスピリチュアル・カウンセリング研究の第一人者M先生で、実際に受講してみると、本当に１日でフラフラになるくらい疲れましたね。本当の事を言えば、ズブの素人がスピリチュアル・カウンセリングをできるものなのか半信半疑で行ったのです（受講者の大部分はそう思っていたようです）が、できたのですよね。おそらく、こういう事に集まる人達は、大なり小なりそういう波動を持っているのでしょうね・・・・その波動が共鳴して増幅され、感覚を掴む事ができたのだろうと思うのです。全部の回を受講して修了を認定されているのは（オレも含めて）２６人で、そのうちの約半分の人がプロとして活動を始めているようです。ただ、こういう仕事って、技術もさることながら、資質も大切なんですよね。はたしてオレには、そういう資質があるのか・・・・考える程わからなくなります。いきなりプロを名乗るのも、勇気がいりますね。もっとも、先生の話によると、駆出しのカウンセラーには、それに合ったレヴェルの問題を抱えたクライアントが来るものなのだそうですけど・・・・講座の後半では、４〜６人のグループに分かれて、実際にカウンセリングの練習をしたのですが、オレは結構ムラっ気があるせいか、初めの２人には答えがポンポンと出て、まわりの人達から「すぐにプロでいけるよ」なんて言われていたのですが、３人目になったとたん、全く答えが出なくなって焦りまくったり・・・・先生の解説によると、その３人目の人の問題と、オレが潜在的に抱えている問題が、非常に強い関連を持っているので、ある種の拒絶反応が起こったのだとか・・・・そういう場合の対処法を身に付けないといけないのでしょうね。講座の内容や、そこで起こった出来事などは、そういう事を信じない人にとっては全く下らない話だと思うので、ここには書きませんが（興味のある方には、直接来てもらえばお話ししますけど）、オレ自身が実際に体験した事だけを書く事にします。スピリチュアル・カウンセリングの場合、カウンセラーが答えに自分の考えや観念を加える事は、絶対に避けなければなりません。（それをやってしまうと『スピリチュアル』ではなく、単なるカウンセリングになってしまいますからね）そのためには、感情をクリアにしておかなければいけないのですが、M先生の話によると、感情をクリアにするには、アロマが有効なのだそうです。講習では、実際に１２種類のアロマオイルを使って、目的や使い方を習ったのですが、その時に不思議な体験をしました。この時に使われたのは、Young Living というアメリカのメーカーのエッセンシャルオイルで、非常に純度が高いので、直接身体に塗る事ができるオイルなのだそうです。順番にオイルを手に取って、身体に塗る位置や塗り方、塗る時の意識の持ち方などを習ったのですが、ホワイト・アンジェリカというオイルを使った時に、それは起こりました。このホワイト・アンジェリカ White Angelica は、感情を安定させるために使うオイルで、掌に数滴取って両手でのばし、両腕と首の後ろから頭の前までを、身体から約１５cm離して、オーラをマッサージするように使います。右手の掌を、左腕の肩の方から手先に向かって動かしていた時、手首に、弱い電流が流れたようなビリビリッと痺れる感じがしたのです。他のところでは全く何も感じないのに、左の手首だけ、何回やっても感じるのですよ。後で先生に質問しようと思っていたのですが、何故か質問する気になれなくて、煮え切らない気持ちのまま、その日の講習は終わりました。講習が終わったところで、地方から出てきている人だけ集まって、先生を囲んで食事会をする事になり、近所の居酒屋へ行ったのですが、たまたまオレは先生の隣に座る事になったのですよ。で、食事が一段落したところで、先生に、左手首の事を訊いてみたのです。と、先生はしばらくハイアーセルフ（上位自我）と交信してから、こんな事を言われました。「こんな事を言うと、嫌な思いをするかもしれないけれど、実はあなたは、前世のどこかでリストカットをしているのですよ。」前世がどうなっているのかは解りませんが、例えば、戦国時代に生きていたなら、人を何人か殺していたとしても不思議はないわけですよ。そんな心構えはあったのですが、自殺を図っていた、と聞かされると、やはりショックです。で、さらに訊いてみました、「じゃあ、その時、リストカットをして死んだわけですね？」先生は、しばらく交信してから、こう言われました。「はい、死んでますね。でもね、今回こういう事が解ったのは、あなたにとって、すごくいい事なんですよ。あなたは、諦めがよすぎて後悔した事が何回もあるはずです。そういう行動を良く考えるように、という指示が来ているのですよ。」驚きました。全くそのとおりなんです。物事をやっている途中で、勢いで止めてしまって後悔した事が何回あったことか・・・・でもこの時、スピリチュアル・カウンセリングとはこういう事なんだな、と頭と身体の両方で理解する事ができましたね。それと、みんなの前で質問する気になれなかった理由も、何となく解ったような気がしました。この体験をしただけでも、この講座を受講した価値があったというものです。（M先生にタダでカウンセリングしてもらった人は、他にはあまりいないでしょうね）７月の１日で、ウチの店がオープンしてから丸３年になりますが、実際のところ、思うように行かず「もう止めるっ」て思った事が少なからずありましたが、その体験以降は「うまくいくまで諦めない」って思い直すようになりましたね。このホワイト・アンジェリカというオイル、ググってみると、結構多くの人が使っているようで、中には、お守り代わりに持ち歩いている、という人もいました。オレも手に入れようかと思ったのですが、このメーカーの販売方法が、マルチ商法(?)みたいでイヤなんですよね・・・・普通に売ればいいのに・・・・まぁ、本当に必要になった時には、むこうから近づいて来るはずですから、その時に手に入れればいいと思ってますけど・・・・M先生が言われるには、この仕事を始める時には、必ず何かの『きっかけ』があるのだそうです。今回、こんな事を書く気になったのが、その『きっかけ』なのかもしれません。まぁ、あくまでも「求められて」成り立つ事なんですけどね・・・・って、どんな仕事でもそうなんですけど・・・・では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
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<pubDate>Tue, 03 Jun 2008 09:24:01 +0900</pubDate>

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<title>ご質問の料理は・・・・</title>
<description>Ciao. spockです。久しぶりの更新です。前回のブログ『曳き別れを観に・・・』に、次回は麒麟台について、オレの思っている事を書くつもりです、と書いたのですが、今回は違う話を書きます。麒麟台の話は書き上がっているのですが、必要な画像の手持ちがないので、画像を探しているところなんですよ。画像が見つかったら、すぐにアップしますね。で、今回は、このブログには珍しく、料理の話です。最新号のブレスに載っている料理について、問い合わせを結構頂いているのですが、口だけで説明するのがむつかしい料理なので、画像を使って説明する事にします。では、早速始めましょう。この料理の名前はSformato di funghi alla maggiorana（スフォルマート　ディ　フンギ　アラ　マッジョラーナ）といいます。日本語に訳せばキノコのスフォルマート　マジョラム風味　といったところでしょうかSformato を料理用語辞典で見てみるとこんなふうに載っています。名前だけ見ると、キノコの料理みたいですが仔牛の料理です。仔牛の他に使う材料は、フンギポルチーニ（左上）モッツァレッラ（下）マジョラム（右上）薄く叩いてのばした仔牛肉に塩・コショーし刻んだマジョラムをのせて良くなじませます粉をつけて焼きますポルチーニをスライスし、トリフォラート（ニンニクとオイルで炒める）にします食感を良くするために、エリンギを３分の１位混ぜていますポルチーニのトリフォラートを、焼いた肉の上に広げますそれを３枚ずつ重ねモッツァレッラとトマトソースをのせて、オーヴンで焼きます皿に盛りつけ、焦がしバターをかけますとまぁ、こんな料理なんですが、料理の構造上、食べるのにコツがいります。肉とポルチーニが積み重ねてありますから、ヘタに切ろうとするとバラバラになります。フォークでしっかりとおさえ、ナイフをあまり大きく動かさないように使うと、うまく切れます。さて、この料理に合わせるなら・・・・重めの赤ワインが良く合うと思います。ただ、この『重めの』というのもいろいろあるのですが、オレの感覚では、フルボディの中でも比較的軽めの物、といったところでしょうか。ウチの料理は全般的にコッテリとしていますが、決してクドくはないので、重すぎるワインは却って合わないと思います。で、お薦めするなら、これらのワインがいいですね。右からVilla Jolanda BARBARESCO 2003     ヴィッラ　ヨランダ　バルバレスコ 2003　 ￥6000　Villa Jolanda BAROLO 2003     ヴィッラ　ヨランダ　バローロ 2003　 ￥6500 LE CUPOLE di Trinoro 2005     レ　クーポレ　ディ　トリノーロ 2005　 ￥7500値段もそれなりですが、きっと満足してもらえると思いますよ。ところで、最近おもしろいワインが入りました。今までウチでは、イタリアのワイン以外は置いていなかったのですが、今回初めて、アルゼンチンのワインを入れました。とは言っても、このワイン、イタリア・ワインだと言ってもいいと思います。アルベルト・アントニーニとアッティリオ・パーリという、イタリアの凄腕醸造家２人が共同で造り出したワインで、価格が信じられない、フルボディのワインです。ALTOS Las Hormigas Malbec 2006アルトス　ラス　オルミガス　マルベック 2006　　　　　　　　　　　　　　　　　　　￥3500アルトス　ラス　オルミガスは、1995年に『テスタマッタ』で有名なトスカーナの著名な醸造家アルベルト・アントニーニ氏と若き実業家アントニオ・モレスカルキ氏がアルゼンチンを訪問し、メンドーサのポテンシャルに感銘を受けて設立したワイナリーで、彼らに賛同したアッティリオ・パーリ氏、マルク・デ・グラツィア氏、アントニオ・テルニ氏といったイタリア・ワイン界のスター達もプロジェクトに参加、アントニーニ氏とパーリ氏が醸造を担当しています。ワインの楽しみ方のひとつに「安くて旨いワインを見つける」事がありますが、そういう意味でこのワインは「大当たり」でした。一度お試しください。では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
<link>http://lafenice.hida-ch.com/e54814.html</link>
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<category></category>
<pubDate>Fri, 30 May 2008 10:20:45 +0900</pubDate>

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<title>曳き別れを観に・・・・</title>
<description>Ciao. spockです。このところ少し調子の悪かったiBook G4が、起動できなくなりました。そんな時に限って、ハードウェア診断ソフトが行方不明だったりして・・・・サブのiMacを使っていますが、違うキーボードは使いにくいものですね。さて、ひだっちブログでも春祭の話が出尽くしたようなので、そろそろ祭の話をアップすることにしましょうか。（笑）14日の夜は、予約が入ってなかったので、曳き別れを観に行きました。まぁ、祭の日は、たいていヒマですからね・・・・今まで、観たいと思いながら観れなかった事を、今年こそ観てやろうと思うのですが、今年の道順だと、観れるのは1回だけですから、見逃さないようにタイミングを見計らなければ・・・・とっぷりと暗くなった7:30に家を出て、まずは本町通りを南へ向かいます。丁度、大黒台が筏橋へ向けて向きを変えるところでしたが、それ以上進めそうにないので、少し戻って柳橋を渡り、上三之町を通ってさんまち通りへ出ると、目の前を麒麟台が通ります。でも、何かおかしい・・・・よく見ると、瓔珞がひとつ余分についています。そういえば、どこかで見た画像にも、そういうのがありましたが、あれは何なんでしょうね。でも、麒麟台はいつ見てもきれいです。オレは、麒麟台についていつも思う事があるのですが、ここに書くと長くなるので、次回に書く事にしましょう。最終的には、順道場の前で観るつもりですが、まだまだ時間がかかりそうなので、上二之町を通って安川通りへ出てみると、一之町の交差点で獅子舞をやっていました。獅子舞が終わって神楽台が動き出すのを見て、順道場へ向かいます。順道場の前には、すでに何人かの人達が待っていました。宮本のテントの中も、まだのんびりした雰囲気で、結構酔っぱらっている人もみえます。でも、神楽台が二之町へ入った、と声がかかると、緊張した空気が走り、宮本の人達が所定の位置に着きます。あ、一番前に座っているのは、ウチの料理を気に入って、いつも来て下さるHさんです。声をかけて挨拶し、屋台が見やすそうな場所に立って待ちます。太鼓の音を響かせながら、神楽台が近づいてくると、慌ただしく順道場の前が広く開けられ、照明が点灯されて、獅子舞が始まりました。群衆の拍手の中、神楽台が動き出すと、次に来たのは三番叟です。前日の火事には驚きましたが、無事だったのが何よりです・・・・今年の祭の報道の主役、と言ったら大袈裟でしょうか。屋台組の人が、宮本の前で押印し、挨拶の言葉を交わし、酒を受け取ると、屋台は囃子を『高い山から』に変えて出発です。次に来たのは龍神台です。からくり奉納の時と同じように、からくり樋を突き出し、先端に龍神が立っています。龍神台が動き出す時に、龍神が足を踏み鳴らして舞い始めると、観衆がどよめきました。次に見えて来たのは、大きな鳳凰と反りの大きい屋根・・・・石橋台です。前の龍神台がからくりを動かしてくれたのを見ると、石橋台や三番叟も何かやってほしいと思ってしまうのは、欲というものでしょうか。去年の秋祭りの曳き別れでも、向きを変える時に、わざわざ１回転して観客を沸かせた組がありましたが、祭の進行には関係なくても、そういうサーヴィスがあるとうれしいですよね。さて、しばらく間を空けて（後に聞いた話では、二之町入り口の提灯のところで、石橋台が提灯を引っかけて壊したからだとか）見えて来たのは金色の三本幣、崑崗台です。囃子の生演奏というのはいいですね。(組によっては出来ないところもあるのでしょうけど)たまに笛がずれたりしても、それがまた良かったりして・・・・続いて、五台山がやって来ました。組の人が挨拶の中で、新調した幕の事を言ってみえましたが、その幕が提灯に隠れて見えないのは、仕方がないところですね。つづいて、やって来たのは恵比須台です。子供が多く乗っているようですが、囃子を演奏している人も多いのでしょう、一際囃子を大きく響かせています。やはり、生演奏の囃子と、子供たちの歌声があってこそ、曳き別れの雰囲気が出るんでしょうね。次に来たのは琴高台です。この屋台の中段欄間の鯉の彫刻は、いつ見ても、そのリアルさに感心してしまいます。さて、琴高台が動き始めたところで、その先をみると、恵比須台が向きを変えるところだったので、オレは順道場の前を離れ、恵比寿台を追いかけました。最初の方に『今年こそ観てやろう』と書いたのは、上三之町のさんまち通りより上を屋台が通るところを観る事なんですよ。あの、低い庇が両側から出ている狭い道を通る時、屋台が一番美しく見えるとオレは思います。（屋台は、そういうふうに設計されているはずですから）でも、オレは長い間高山を離れていましたから、30年以上も見ていないのですよ。ただ、今年の曳き別れの道順では、ここを通るのは恵比須台だけですから、恵比須台の動きを気にしていたわけです。先回りして三之町へ入り、一番狭いのは原田酒造と船坂酒造の間のようなので、船坂酒造の前で待つ事にしました。通りには、オレの他に殆ど人がいません、たまに観光客が通るくらいです。折角これから最高のショーが始まるというのに・・・・やがて、恵比須台がさんまち通りの角から現れました。向きを変える時、少し廻しすぎたようで、向きを修正して、三之町に入って来ました。軒との間10cm、みたいなところを、恵比須台は進みます。今にもぶつかりそうで、ハラハラしながら観ていると恵比須台は、前を通り過ぎて行きました。本当にぶつかりそうです。でも、この美しさを何と表現すればいいのでしょう。誤解を恐れず、敢えて言います。屋台そのものの美しさなら、麒麟台の妖しいまでの美しさが一番だと誰もが認めるでしょう。それに比べると恵比須台は、渋い美しさというか、いささか地味に思えます。でも、この古い町並みを通る時の美しさ（町並みとの調和）では、間違いなく恵比須台が一番だと思います。通り過ぎた恵比須台を追って歩き始めると、すぐ横からオレを呼ぶ声がしたので、見ると、良く知っているMさんでした。Mさんを良く見ると、陣笠に腹掛けで・・・・えっ、大梃子ですか・・・・並んで歩きながら、この狭い町並みの中で見る屋台が一番きれいだろうと思って待っていた事を話し、ここを通るのは大変なんでしょう、と訊くと、意外な事を言われました。確かにここを通るのは大変だが、もっと大変なのが二之町の提灯だ、と言うのです。道幅の狭い三之町は、軒下に提灯を吊るしてありますが、道幅の広い二之町は、棹を立てて提灯を吊るし、さらに花飾りのついた傘をさしてあります。そういえば順道場の前で観ていた時、屋台の曳子が、提灯の棹を押し広げながら曳いていました。意外な敵(?)があるものですね。恵比須台は、屋台蔵の前を通り過ぎて通りの端まで行き、その後、屋台蔵の前まで戻って来ました。屋台から、子供たちが降りてきましたが、やはりかなりの人数ですね。笛を持った子も何人かいました。子供達は、お菓子と飲み物をもらい、集まった屋台組の人達や家族に、興奮した様子で話しています。さっきMさんに「オレは屋台のない町で育ったから、屋台のある町の人が羨ましくてしょうがない」と話したのですが、こういうところを見ると、さらに痛切にその事を思いますね。もう40年近く前、親戚の小父さんに頼んで曳き別れの屋台に乗せてもらった時、降りてからキャラメルをもらった事を、ふと思い出しました。屋台のない町で育った屋台好きの少年は、大人になっても屋台を追いかけてしまうのです。オレと同様に屋台とアメフトが大好きな　たけち君（やどっち15号）も、どこかで屋台を曳いているはずです。今年の秋祭りには、東京からダイヴィング仲間達が来る事になっているのですが、ウチでのディナーを早めに済ませて、一緒に曳き別れを観に行こうと思っているのです。今から楽しみにしているんですよ。次回は上にも書いたように、麒麟台について、オレの思っている事を書くつもりです。では、また。　Ciao. Arrivederci!!</description>
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<pubDate>Sat, 19 Apr 2008 10:24:20 +0900</pubDate>

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<title>車検が近づいて・・・・</title>
<description>Ciao. spockです。４月になったとはいえ、朝晩の寒さは何なんだろうと思っていたら、やっと、この２〜３日は春らしい暖かさになってきましたね。早いもので、ウチの化け猫を高山に連れて来てから、もう２年経ちました。また、車検を通さなければなりません。で、前から気になっていた、クーラントとホースの交換をする事にしました。と言っても、いつも見てもらっているKさんにお願いしたのですけど・・・・去年の時点で、クーラントに錆が混じっているのが分かっていた上、エンジンからラジエーターへ繋がるアッパーホースを摘むと、パリパリと音がするので、クーラントと同時に、ホースも交換しようと思っていたのです。ヘインズのマニュアルによると、このV12エンジンには21ℓ の冷却水が必要なので、18ℓ 缶入りのクーラントを用意しました。（半分の9ℓ を使うと、約43％の濃度になるので、ちょうどいいのです）ホースは、新品のホースキットをイギリスから取り寄せる事も考えましたが、部品取り用のクーペについていたのが新しそうだったので、取り外して洗っておきました。このクルマを見てもらっているKさんは、「趣味でやっているのだから」と言って、お礼を受け取ってくれないので、その代わりにワインを２本選んで持って行く事にしました。Kさんがいなかったら、絶対にこんなクルマを持つ事はできなかったでしょうね。6日の朝9時、Kさんのガレージで、作業開始です。ジャッキアップしてウマをかませ、Kさんが潜り込んで、ロアーホースのホースバンドのネジを緩めます。横から作業を見ていると、完全に『知恵の輪』状態です。パイプやホースの隙間から手を入れ、ホースの通るところを探しながら、ラジエーターの下側からホースを抜くと錆で茶色くなった冷却水が流れ出しました。茶色い水が出てしまったところで、アッパーホース２本とロアーホースを交換します。取り外したロアーホースの中を見ると、錆が固まっているようなので、逆さにして叩くと、錆がこんなに出てきました。きれいな水を注入し、エンジンを回して、減った分を足しながら、サーモスタットが開くのを待ち、ロアーホースを外して中の水を流します。それを3回繰り返しましたが、なかなか水がきれいになりません。で、ロアーホースを外したまま、ホースを突っ込んで水を流してみると・・・・初めは濁っていた水も、すぐにきれいになりました。このやり方が正解だったようです。リザーヴァータンクにもホースを突っ込んでみると、錆色の水が噴き出してきました。まわりに飛び散って、茶色い痕が残っています。錆の一番の原因は、ここにあったようです。いつも見ているウェブサイトの『ジャガーメンテナンスコーナー』というBBSでも、タンクの錆について書かれていた事がありましたから、このタンクが錆の原因である事は間違いないようです。流れ出す水がきれいになったところで、ロアーホースを取り付け、９ℓ のクーラントを注入し、その後、いっぱいになるまで水を入れます。エンジンを回して、エアー抜きをしながら減った分を足し、リザーヴァータンクを満タンにして終了です。しばらくは、乗った後に水の量を点検しなければいけませんね。今回、こうして手を入れた事で、以前にこのクルマに手を入れた人が、かなり手の込んだ事をやっている事が分かりました。ホースも交換したもののようで、熱の当たる部分には、古いホースを切り裂いたものが、タイラップで巻き付けてありました。オレもこのクルマを大切に扱ってやらなければ・・・・少し前から、ブレーキをかけた時、左前輪から微かな異音がする事が気になっていたので、それも見てもらったのですが・・・・原因は、全く意外な事でした。何と、ホイールナットが緩んでいたのですよ。以前、カーメンテナンスの本に、ホイールナットにはテーパーがついているので、体重をかけた程度に締めれば充分で、締め過ぎは良くない、と書かれていたのを読んで、その通りにしていたのですが、Kさんの話では、ジャガーのホイールナットはテーパーがついていないタイプなので、目一杯締めておかないと緩みやすいのだそうです。ここは、完全に間違えていました。まぁ、何分古いクルマですから、いつも音には注意しているのですが、そのおかげで早く気が付く事ができたと思います。ところで、以前読んだ本によると、クルマの一年は、人間の2.5才にあたるのだそうです。それが本当なら、ウチの化け猫とオレは、ちょうど今、ほぼ同じ年齢だという事になります。で、来年からは、化け猫の方が早く歳をとる事になるわけです。大切に、労ってやらなければいけませんね。後は、夏までに、ガスが抜けてしまって、全く効かないエアコンの修理をする予定です。高圧ホースを修理して付け替え、ドライヤーを新品に交換し、ガスを入れてやれば復活するはずです。近いうちに、イギリスから部品を取り寄せる予定でいます。イギリスのクルマの部品は、それがどんなに古いクルマの部品であっても、大抵手に入ります。それに、値段も意外なほど安いのですよ。それに対し、日本のクルマは、製造終了後8年経つと、部品の供給が止まります。全く、考え方が違うのですね。いつも思うのですが、こういう燃費の良くないクルマに手を入れながら長く乗るのと、もっと燃費がいいクルマを数年毎に買い替えながら乗るのでは、本当の意味で『エコ』なのはどっちなんでしょうね？では、また。Ciao. Arrivederci!!</description>
<link>http://lafenice.hida-ch.com/e47475.html</link>
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<category>クルマ</category>
<pubDate>Thu, 10 Apr 2008 09:37:07 +0900</pubDate>

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<title>ristoranteの矜持　その２</title>
<description>Ciao. spockです。先日、パーティーが終わって後片付けをしている時、裏口から呼ぶ声がしたので覗いてみると、同級生のテノール歌手、水口　聡でした。水口はいつも、高山へ帰ってくると、まずウチへ寄って、カウンターでワインを飲んでから家に帰るんですよ。その時もカウンターでワインを飲みながら、一時間ほど話していたのですが、その時にウチの化け猫の写真を見せたら、ひと目で気に入ったようなんです。で、オレがよく見るウェブサイトに出ている、92年式の後期型を薦めておきましたが、もし水口が本当にXJ-Sを買ったら、屋根無しクラブに入る事を勧めるつもりです。水口が、3月27日のサッカーの試合の前に『君が代』を歌ったのをテレビで見ましたが、あんなところで独唱するのは、劇場で歌うより緊張するでしょうね。でも、すごい事ですよね。（その後の試合は全くしょーもなかったそうですが・・・・）さて、前回は『ristorante を名乗る以上は絶対外せないと思う事』２つのうちの１つ『非日常的空間である事』について書きました。今回は、残りのもう１つ『コース料理だけを提供するために予約制にする事』について書きます。前回、イタリアの飲食店には明確な区分があるという事を書きましたが、初めて知ったと言われる方も多いと思いますイタリア語の辞書の ristorante のところをスキャニングしてみました。これで、大体の区分が解ると思います。前回のブログのぷーさんのコメントに「多分、東京でも区分わけが明確にわからない方のほうが多いかもしれませんね。」とありますが、それは本当の事だと思います。ただ、問題なのは、店側にもそういう事が解っていないところが多い事ですね。ristorante でググって見ると、多くの店が出てきますが、ピッツァを出している店がいかに多いか・・・・実際のところ、ristorante というのは、あまり儲かる営業形態ではないのですよ。原価率は高いし、回転率は低いし、人件費はかかるし・・・・だから、ランチに限ってピッツァを出してお客さんを呼ぶ、というやり方は許されると思います。（背に腹は代えられませんからね）でも、ディナーで、ましてや、コースの中にピッツァを入れるのは、イタリアの伝統をバカにしているとしか思えません。それなら ristorante を名乗るなよ！！何を考えているんでしょうね・・・・いや、何も考えてないか・・・・さて、これはオレの料理の原点とも言える、ベルガモの Taverna del Colleoni のメニューです。Taverna del Colleoni は、誰もが ristorante と認める店でしたが、由緒ある名前ということで、taverna を名乗っていたわけです。古くからある店の場合、こういう事は結構あるようです。（ただし、この逆、営業形態が trattoria や taverna の店が ristorante を名乗る事はありませんよ）中を見るとgli Antipasti (前菜)、i Primi piatti (パスタ、スープ、リゾットなど)、le Carni (肉料理)、i Pesci (魚料理)とあって、それぞれ８〜９種の料理が並び、最後にチーズの盛り合わせが出ています。店によっては、他に卵料理やサラダを書いているところもあります。前回書いたように、ristorante では、前菜、プリーモピアット、セコンドピアット、ドルチェとオーダーするのが基本ですから、この中から料理を選んでオーダーし、自分のコースを作るわけです。その時の体調によっては、前菜の後、肉料理で終りというのもアリですが・・・・数年前に流行った『プリフィクス』というコースは、それを手軽にできるようにしたもので、それなりに意義はあったと思うのですが、また別の問題があるのですよ。プリフィクスは、ある程度料理が解っている人には歓迎されましたが、料理に詳しくない人の場合、逆に戸惑ってしまってパニックに陥ったり、最初から最後まで似たような味付けの料理が並んでしまう事がありがちなんですよ。選び方は『自己責任』と言ってしまえばそれまでですが、やはりそれは良くないですね。それなら、予約の時に、お客さんの好みや希望を聞いた上で、きちんとしたコースを考えてお出しするのが最良の方法だと、オレは思ったのです。で、オレ一人でそれをやり、きちんとした料理をお出しするには、予約制にするしか選択肢はなかったのですよ。でも、実際にやってみた結果、LA FENICE のやり方として正解だったと思っています。その事については、ちょうど１年前に、『ムダの美学』というタイトルで詳しく書いた事があるので、少し長くなりますが、その部分を再掲してみます。でも、オレは今のやり方を変えるつもりはありません。なぜなら、この店を始める時に決めた方針のうちの、一番大切な部分をなくしてしまう事になるからです。その方針とは1　食材の仕入れは必要最小限にする事。2　自分で出来る事は自分でやる事。3　お客さんに楽しんでもらうために必要なムダをなくさない事。の3つなのですが、この3番目にある『必要なムダ』というのが LA FENICE の存在価値を生み出しているのだと思っているわけで、そのために、やり繰りと言うか努力をしているのです。1に関しては、店を予約制にした事で食材の仕入れは必要最小限で済むわけで、他の店に比べれば、かなりムダを少なくする事ができていると思います。2について、『自分で出来る事』はいろいろあります。まず、料理に関しては、前菜からデザートまで、すべて『手作り』にする事。（手作りでないのは、イタリアから輸入している、乾燥トマトのオイル漬とロゼッタ（パン）とグリッシーニくらいでしょうか）それから、上に書いたとおり確定申告も自分でやったし、機械類のメンテナンスもできるところは自分でやりますね。店の看板やパンフレットも自分で作ったし、120インチのスクリーンも自分で天井に取り付けたし・・・・あと、ウェブサイトを作らなければいけないのだけれど、それはなかなか進みませんねぇ。（ドメインは2年前に取得済なんですけどね・・・・）まぁ、料理については当然の事ですが、それ以外の事では、かなり経費の節約ができていると思います。『食材のムダをなくす事』と『自分で出来る事は自分でやる事』で、料理の価格設定をかなり下げる事ができていると思うのです。自分で言うのもなんですが、これ程良心的な値段の店は、そんなにはないと思いますよ。ランチが950円というのも内容を考えればスゴく安いと思うし、5000円でお出ししているディナーのコースは、赤坂の店で10000円だったコースより品数が多いですから、場所代などを差し引いて考えたとしてもメチャメチャ安いと思います。ムダを切り詰めて安価で提供するのは、商売をする上ではあたりまえのことなのでしょうが、LA FENICE の場合は、そこから先が違うのです。まぁ、何事によらず『ムダが多いもの（効率の悪いもの）程楽しい』というのは事実だと思います。サーヴィスする側から言い換えれば『楽しんでもらうためには、出来る限りムダを残す』と言う事になると思います。ですから LA FENICE では、見えないところで切り詰めたムダを、見えるところで大放出しているんですよ。ウチの店のオープン当初は、予約制にこだわっている事もあって『お高く留まっている』と思われていたようですが、だんだん理由を理解して下さる方が増えてきました。オレが予約制にこだわった理由は、『一人で料理を作る以上、きちんとした料理を作るためには二組以上の料理を同時進行で作るのは絶対に避けるべきだ』と考えたからです。ですから、一晩に二組以上の予約の申込みがあった場合は、一時間半以上間をあける事ができなければ、後のお客さんはお断りするのです。せっかく電話して下さったのに、お断りするのは心苦しく思いますが、いい料理を出すためにはそうするしかないですからね。　　まぁ、早い話が、LA FENICE では『予約＝貸切り』だと思ってもらえばいいわけです。で、その時間は、オレはお客さんの『専属料理人』というわけですから、お客さんの希望に出来る限り添った料理を作ります。お客さんの人数が何人であろうとこのスタンスは変えませんから、二人でも、貸切りで希望の料理を味わえるわけです。これがオレの考える『お客さんに楽しんでもらうために必要なムダ』なんですよ。『利益の追求こそ経営の王道』と思っている人から見れば、狂気の沙汰としか思えないでしょうけどね・・・・・こんな事を言っても、単なる自己満足だったらどうしようかと思っていたのですが、ウチに来てくれたお客さんの中で、この業界に詳しい人達・・・同業者や日本中を食べ歩いている人・・・から、「安過ぎるだろう」とか「儲けるつもりがあるのか」とか言われたところをみると、自己満足ではないんだろうな、と思います。まぁ、言うならば、ristorante の料理を trattoria の値段で食べてもらえるのが LA FENICE だ、という事ですかね。もう20年以上も前、その頃働いていた『ベルゲン』のオーナーの安田氏が、こんな事を話してくれました。儲けるつもりなら ristorante はやるな、とイタリアでは言われている。実際、パスタだけを出す方が、原価も安いし、回転もいいし、人を使わなくてもいいから、儲けが出る。でも、この仕事をやる者ならだれもが、儲けは少なくても、いつかは ristorante をやりたい、と思うもの。だから、独立する時は、まずパスタハウスをやって、カネを貯めてから、次に ristorante を始める事が多い。オレは、カネも無いのに、いきなり ristorante を始めたわけですが、確かに全然儲けが出ないので、毎月やりくりに苦労しています。まぁ、そんな事